反撃

 ここは、どこだ。

 

 気がついたら当たり一面が真っ白い場所にいた。


 目の前に、赤いショートボブの髪をした、人が立っている。

 男なのか女なのか分からない、


「お目覚めですか、ロゼルス卿。ここはあなたの心の中。体の方は私が頂きました」


 瞳は左右の色が違うオッドアイで、右目が緋色、左目は碧。

 中性的な見た目と声。

 若そうに見えるが、言葉の響きにはどことなく、熟練した将軍に特有の威圧感に似た物をも感じさせる。

 

「どういう事だ。お前は誰だ」


「申し遅れました。私の名はウル。人は魔女と呼びますがね」


 魔女ウル……千年前の魔大戦を引き起こしたと言われるあの魔女と同じ名だ。

 なんのつもりでそんな名前を名乗っているのかわからないが、少なくともまともな人間ではなさそうだな。

 

「あなたはもう、ここから出られません。ここから、この世界が混沌に堕ちる様を眺めると良いでしょう……ふふふ……」


「待てウル!貴様は何を言っているのだ!」


 ウルは言いたい事だけを言うと、さっさと消えてしまった。

 ……どういう事だ。

 混沌だと……

 

 ウルが消えると目の前に、小さな小窓が開いている事に気がついた。

 先程までウルの後ろに隠れて見えなかったのだ。

 

 真っ白い部屋に、小さな小窓だけがポツンとある。

 小窓に近づいて、外を覗いてみた。

 

 ……これは。

 

 そこは、飛空艇の中だった。

 

 目の前にミオが倒れていた。

 ミオは後ろでに両手を縛られているようだ。

 

 そうだ、僕はウィザリスに挨拶回りでやって来ていたのだ。


 この国に着いて大使館で一息吐いていた所に、あのウルと名乗る者が現れた。

 その後の記憶は定かではない。

 

 ミオを連れて来たのは僕なのか……


 飛空艇の周りには、紅い花びらが大量に舞っている。

 ミオに貰った指輪を外してしまったがために、僕の体から大量に魅力チャームが溢れ出ているのか。


 それにしても、こんな紅い色は見た事がない。

 魅力チャームに触れたせいか、飛空艇の乗組員たちは全員、正気を失っている。

 しかし、いつもの感じとは違い、生きた屍ゾンビのように呻きながら彷徨っているではないか。

 これも僕の力のせいなのか。

 この紅い花びらのせいだというのか。

 

 ミオは床に倒れたまま、動かない。

 ミオの隣には両手剣が転がっている。

 剣には職種がびっしりと絡まっていて、職種の先端はべっとりと粘着質の物質で床に固定されている。

 あの職種は……感じる……あれは聖剣アルビ・リリィなのか……

 聖剣とは思えない、禍々しい姿だ。

 

「ウル!答えろ……ミオに何をした!」


 叫ぶと、頭の中で声が響いた。


「なにも、ただ、少々煩かったものですから眠ってもらいましたがね」


「聖剣アルビ・リリィをあんな風にしたのもお前か!」


「御名答。今はアテル・リリィと呼んであげて下さいな。聖剣も魔剣も、実体は似たような物。元は魔界の住人ですから、操るのは難しくないのです」


 ウル……何者かは知らないが、このままで済むと思うなよ……

 

 なんとかして、この白い部屋から出なければ……ミオ……待っていてくれ、直ぐに助ける。

 だが、どう足掻いてもこの白い部屋から出る事は叶わなかった。

 

 僕の実体はウルとやらが完全に支配しているらしい。

 そして、僕の精神はこの白い部屋に閉じ込められたまま、どうすることもできないでいた。

 

 なすすべがないまま、飛空挺は飛び去ってしまった。

 どうやらウィザリスを出て、ルクネリアに戻るつもりらしい。

 

 ミオとの再開がこんな最悪な形になるとは……

 

 だが、このまま実体がウルに支配されたままルクネリアに帰れば、このウルはもっと酷い事をしでかすに違いない。

 ウルをなんとかして止めなければ……

 

 だが、どうやって……

 

 なす術がないまま、この白いへやに閉じこもる事しかできない自分が不甲斐ない……

 せめてこの部屋から出る事さえできれば、なんとしてでも実体を取り戻すのだが。

 

「おや、追手が来たようですね……ふふ、無駄な事を……」


 頭の中でウルの声が響いた。


 追手だと……誰でもいい。

 誰かこの僕を止めてくれ……。

 

 目の前の小窓から外をみる。

 ウルに支配された僕は、部屋をでて、飛空艇の甲板に移動して来た。

 

 追手の様子を確かめるためだろう。

 飛空艇の甲板、その空中に、突如、穴が開いた。

 穴はやがて大きくなって、黒い大きな泡がその穴の中から出てきた。

 なんだ、あれは……

 

「この魔術……ほおう、フェオか……まだ生きていたとはね……私を止めに来るか。面白い……」

 

 頭に響く声には、微かにウルの同様が垣間見える。

 誰かは知らないが、ありがたい。

 

 泡の中から出て来た者達は皆、泡から出ると直ぐに行動に移った。

 男女二人の冒険者は素早く乗組員を拘束していく。

 

 若い男は、どうやらこの僕の方に向かって真っ直ぐやって来ているようだ。

 あの男には、見覚えがある。

 ウルに支配されたまま訪れた、ミオの店にいたバーの店員バーテンだった。

 

 

 ウルの体に支配された僕は、そのバーテンと対峙した。

 僕は聖剣の一部を戻し、剣の姿に変えた。


 元は大きな両手剣だったアテル・リリィは、今は細身のレイピアほどの大きさに変わっていた。

 僕の体を乗っ取ったウルは、レイピアを素早く繰り出し若い男に切り掛かる。

 

 バーテンは器用に躱しながら、ナイフで応戦している。

 だが、彼のナイフでは僕の所まで攻撃が届かない。

 

 バーテンはジリジリと押されていった。

 

 すまない。

 君の動きは悪くないが、武器がナイフでは勝ち目がなさすぎる。

 ウルに乗っ取られた僕の攻撃が、徐々にバーテンを傷つけていく。

 

 このままでは、バーテンが負けるのは時間の問題だろう。

 

 そう思った時だった。

 

 ウルに支配された僕の体が、急に動きを止めた。

 みると、バーテンの後ろにいた少女が、何かの呪文を唱えていた。

 

「フェオ……私の邪魔をする気か……なぜこんな者達の味方をする……」


 頭に響くウルの声は、明らかに動揺していた。

 

「なかま……だもの……」


 フェオと呼ばれた少女の放つ魔法によって、僕の体は動きを止めた。


「ハル……いま。あまり長くうごきを止めてられないからいそいで!」


 少女が叫んだ。

 

「ありがとうフェオ!」


 バーテンはここぞとばかりに跳躍し、一気に僕との距離を詰めた。

 ポケットから何かを取り出し、僕の手を取り、指にはめた。

 

 これは、ミオの指輪……

 

 その時、僕を閉じ込めていた真っ白い部屋が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 

 崩れ落ちた壁の向こうから聖剣アルビ・リリィがやってくるのが見える。


「ロゼルス様!やっとお会いできました!」


「リリィ、助けに来てくれたのか!」


「はい。早く……元の体にお戻り下さい!」


「恩に切る……さあ、戻ろう!」


 ウルはまだ頭の中で何かをごちゃごちゃ言っていたが、もうその声はたいした問題ではなかった。

 体は返してもらうぞ、ウル。

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