追撃
「フェオ、今のどうやって……君はいったい……」
「ハル、そんなことはどうでもいい。ウルがふっかつした。ミオとウィルドおねーさま、ウルにつれさられた」
「どうしてそれを……」
「わたしも、つれてって。今、ハルに
たしかに、そうだった。
「それに、ウルを止められるのもわたしだけ。ハル、おねがい」
「わかったよ。フェオ。一緒にミオとリアを助けに行こう」
「うれしい……」
アンスールとワタルさん、カエデさんにフェオまで来てくれる事になった。
僕はもう、負ける気はしなかった。
「よし、みんな。ありがとう。急いで向かおう……ロゼルスが飛空艇がこの国を飛び立ってしまう前に!」
僕たちはアンスール王子の案内で、ウィザリス王宮にやって来た。
ウィザリス王宮の中は蜂の巣をひっくり返した様な騒ぎになっていた。
兵士の一人がアンスール王子に駆け寄ってきて、敬礼をする。
「王子、ロゼルス卿の飛空挺はたった今飛び立った所だと報告がありました」
「そうか。報告ご苦労さん。こっちの飛空艇は?」
「準備できております。いつでも飛び立てます」
「よし。みんな、僕について来てくれ。僕のプライベート飛空艇に案内するよ」
同盟国とはいえ、他国の領内で堂々とウィザリスの公爵令嬢をさらって逃走を図るロゼルス卿の行いは到底許容できるものではない。
本来ならウィザリス兵総出で出撃する非常事態だが、そうなったらルクネリア本国も黙ってはいない。
同盟破棄、最悪戦争に発展する可能性だってある。
だが、今回の事態はロゼルス卿の意思ではなく、魔女ウルの仕業であると確信したアンスールの進言によって、ウィザリスは、あくまで秘密裏に限られたメンバーだけでロゼルスを追撃する道を選んだ。
つまり、僕たちだ。
僕たちが失敗すれば、ミオとリアだけでなく、もっと大勢の人の命に関わる事になるかもしれない。
そう思うと、ちょっとだけ不安になる。
だけど、もう引き返すわけには行かないんだ。
ウィザリス王宮の地下には広々としたドッグがあって、そこでは、たくさんの飛空艇が整備されていた。
ドッグの中飛空艇の整備をするエンジニア達が大慌てで作業していた。
戦闘用の軍艦ではなく、王族専用の煌びやかな装飾を纏った、遊覧船だ。
その中の一つ、アンスール王子の所有する飛空艇に僕たちはやって来た。
「王子、簡易砲台はありますが、攻撃力は期待しないで下さい。その代わりエンジン魔晶石には
整備の一人がアンスールに報告している。
「うむ。それで十分だ。皆、急いで乗り込んでくれ。ロゼルスの飛空艇がウィザリス国境を越える前に捉えないと、手遅れになってしまう。すぐに出発するよ」
僕たちは大急ぎで飛空艇に乗り込んだ。
飛空艇のプロペラがゆっくりと回転を始めて、徐々に回転が速くなっていく。
お腹に響く大きな音を立てながら、宙に浮いた飛空挺はそろそろと地下ドックの中を進んで行った。
地下ドックからは地上に向けて斜めに穴が空いていて、穴を真っ直ぐ進んで行くだけでそのまま地上に出られるようになっている。
穴から地上に出た飛空艇がそのまま飛び立つ場所は、観光地として一般の人も見られる様に整備されていて、飛空艇マニアや王族の人を一目見たいという人たちで賑わっている。
僕たちは大勢の人たちに見送られながら、空へ旅立った。
見送りの人たちに爽やかな笑顔を振り撒きながら手を振るアンスールを見ていると、王族も大変なんだなって思う。
「なに、こういう事もロイヤルファミリーに生まれた宿命だと思っているよ」
僕はふと、冒険者ライセンスの試験での事を思い出していた。
アンスールは王族なのだ。
だったら、冒険者ライセンスの試験なんて出る必要はなかったんじゃないか?
なぜ、試験なんて受けていたんだろう。
「ああ、それはね。僕は王宮の外に出て市井の人たちと触れ合いたいと思っていたけど、この身分だからなかなか上手くいかなくてね。こっそり新しく開発した
なるほど、アンスールにとってはライセンス事態はどうでもよくて、試験に出ていたのはあくまで王子のお戯れだったのか。
言われてみると、あの時は気月泣かなかったけど、アンスールの周りには怖そうな人が何人かアンスールを守る様に護衛していた気がする。
飛空挺はすごい速さで空を飛んでいた。飛空艇の中は王族の人たちが来客をもてなす事ができる様に豪華な茶室や遊覧席が設けられていたけど、僕たちは甲板に出て、辺りの様子を伺っていた。
どうやら、敵襲はない。
ロゼルスの他に、ウルに操られた人はいないようだ。
「見てごらん、前方の空にロゼルスの飛空艇が見えてきたよ」
アンスールはそう言って、空の一点を指差した。
遠くに小さな船が見えた。
僕たちの乗った飛空艇の方が速度が上だったから、ロゼルスの船はどんどん近づいて来る。
あれはなんだろう。
ロゼルスの船からは、何かが舞っていた。
その何かは、小さな細かいもので、ロゼルスの船を覆う様に大量に当たりに撒き散らされていた。
「花弁だ。真っ赤な花弁がロゼルスの船から大量に吹き出して、船の周りを取り囲むように舞い踊っている……」
王速仕様の派手な装飾のついた双眼鏡を覗き込みながら、アンスールは呟いた。
「真っ赤な花びら……か。あれに当たるのはまずそうだね……」
「ああ。とはいえ、あの花弁は飛空艇の周りをびっしりと覆い尽くしているね……触れずに中に入るのは難しそうだが……どうしたものか」
「魔法で攻撃してみようか?」
「いや、なんの意味もなく出しているとは思えないから、迂闊に攻撃するのは危険すぎる……それに、みてごらん」
アンスールは僕に双眼鏡を手渡してくれた。
僕は、それを覗き込む。ロゼルスの船の従業員たちの様子がおかしい。
皆、何かに取り憑かれたようにフラフラと彷徨っている。誰もが、目の焦点があっていないし、動きに規則性がない。
まるで、
「おそらく、原因はあの紅い花弁だね……あれに触れると皆、ああなってしまうと考えた方がいいだろう」
「なんて恐ろしい……どうすれば……」
その時、指輪の姿に変わって僕のポケットに入っていたアルビ・リリィが人の姿に戻った。
「ハル様、私にはロゼルス様のあの異能を封じる能力があります。この指輪は元々、そのために作られました。指輪の力を借りて、あの異能を封じて見せます」
「本当かい?」
「ええ。ですが、今の私では、あまり効果範囲を広くできません。できるのは皆さんの周りにだけ、あのバラの花びらが入ってこれないように結界を施す事だけです。この飛空艇全てを覆うことまでは……」
「そうか。こうなったら、一気に敵艦に乗り込んで早めに
「それなら、まかせて」
今まで僕の後ろに隠れて黙っていたフェオが、おずおずと前に出て来た。
「あのふねの近くまでいったら、
「ありがとうフェオ、助かるよ」
「では、俺とカエデは乗組員たちを捕獲しよう。あの動きなら簡単に倒せるだろうが、ただ操られているだけなら、殺してしまうわけにはいかないんだろう?僕たちで乗組員を拘束しておくから、ハル君は真っ直ぐロゼルス卿の元に向かってくれ」
「ありがとう、ワタルさん、カエデさん」
「よし、段取りは決まったね。僕も手伝いたい所だけど、あいにくと戦闘は得意ではなくてね……」
申し訳なさそうに、それでいて飄々とアンスールは両手をあげる。
「いえ、大丈夫です。アンスール王子はこの飛空艇で待っていて下さい。そしてもし、僕たちが失敗したら……」
「ああ、その時は僕の出番だ。得意の外交でなんとかするよ」
「では行ってきます。フェオ、頼めるかい?」
「まかせて……▀▊▋▃▟▍▞▖▄▘▟▐▆▔▛▙▘▙▬▚」
フェオは僕らに聞き取れない言語で呪文を唱えた。
僕とフェオ、聖剣アルビ・リリィ、そしてワタルさん、カエデさんの体が黒い色をした泡に包まれ、宙に浮いた。
その直後、僕の視界は真っ暗になった。
そして、ロゼルスの飛空艇に乗り込んだ。
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