アテル・リリィ

「ミオ……久しぶりだね」


 お客さんはミオを見るなり、嬉しそうに立ち上がった。


「ロ……ロゼルス……んな……なんでここに……」


 ロゼルスだって?

 このお客さんが、あの噂のルクネリア皇国から来ているって偉い騎士さんだったのか。


「ミオ、会いたかったよ」


 だけど、何かがおかしい……

 

「ロゼルス……どうしたのその目……真っ赤じゃない……」


 ミオは心配そうにロゼルスの顔を覗き込もうとした。

 その時だった。


「ミオ、もう離さないよ。永遠に……黒百合!」

「はっ!」


 ロゼルスが叫ぶと空中に突然、頭身が真っ黒い両手剣が出現した。

 両手剣はすぐに形を変え、緩やかにウェイブがかかった腰まである長く艶っぽい黒い髪をした女性の姿に変化した。

 女性は黒いワンピースを着込んでいる。


 彼女もルクス・リアと同じ魔剣だろうか……。

 

「ロゼルス、どうしたのロゼルスっ待って何を」


 ロゼルスはミオの腕を掴んで離さない。

 ミオの手から、市場で買って来た調味料が床に落ち、瓶が割れた。

 

「ミオに何を!」


 僕は思わず叫んでミオの元に駆け出そうとした。

 僕の前に、黒百合と呼ばれた女性が立ちはだかった。

 

 ロゼルスは素早く紐を取り出すと、ミオの腕を後ろ手に縛り上げ、抱き抱えていた。

 

「どうしちゃったのロゼルス……いつものあなたらしくない……」


 ミオは不安そうに縛られた腕の紐を解こうと足掻いている……が、徒労に終わっていた。


 僕は覚悟を決めた。

 ロゼルスと呼ばれた男が何者なのか、僕は知らない。

 

 ミオの様子を見る限りでは、ミオの知り合いらしいけど、明らかに今の彼はミオの知る彼ではなくなっているように思う。

 ロゼルスに何があったのかはわからないけど、今はミオの事を守るのが最優先だ。

 僕は大声でリアを呼んだ。

 

 リアは僕の声に応えてすぐに駆けつけてくれた。


「ハル……あいつ、あやつられてる」


 リアがそう言ってロゼルスの顔を指差した。

 ロゼルスの目は真っ赤に光っている。

 魔族の特徴である赤い目よりももっと赤い、不吉な色をした目だった。

 

 なるほど。

 どうやら今のロゼルスは、本来の彼ではなくなっているらしい。

 だが、だからと言ってミオをこのまま連れ去らせるわけにはいかない。

 

「ロゼルスさん、悪いけど、その人は僕の大事な人なんです。離してくれませんか……さもないと」


 ロゼルスは顔を歪ませ、口角を上げて笑う。


「ははは、さもないとどうするのかな……貴公の実力で僕を止めるとでもいうのか」


「その通りです。覚悟してください、リア!」


 僕の言葉に反応してリアは幼女の姿から魔剣の形に変わる。


 ミオがロゼルスの手に落ちている今は、強化魔法バフの恩恵がないので苦戦は免れないだろう。

 でも、リアはアーティファクトなんだ。

 強化魔法バフがなくっても、そんじょそこらのモンスターに負けないくらいの実力はある。

 

 だけど、それは甘い考えだった。

 

「はははっ、ついに姿を現したな魔剣ルクス・リア!この時を待っていたぞ!聖剣アテル・リリィよ!今だ!」


「承知!」


 ロゼルスの声に、アテル・リリィと呼ばれた黒髪ワンピース姿の女性が、その姿を変えた。

 僕はてっきり、彼女も剣の形に変わるのだと思っていた。

 けど、実際は違った。

 アテル・リリィはまるで蛸の様なグネグネとした触手を何本も生やした軟体のモンスターの様な歪な形に変形した。

 そして僕に絡まって来た。

 

 僕の体はアテル・リリィの一部に絡まれて、腕と足を拘束されてしまった。

 さらにアテル・リリィは二つに分割してルクス・リアにも絡まって行く。

 

 ルクス・リアを捉えた触手は、僕の手から強引に魔剣を引き剥がし、そのままロゼルスの方に移動して行った。

 

「くそっ!待て!」

 ロゼルスはミオを軽々と持ち上げると、片手で悠々と肩に担いだ。

 もう片方の手は、僕から奪ったルクス・リアを掴んでいる。

 しかもルクス・リアにはまだアテル・リリィが絡みついたままだ。


 僕の体にもまだ、アテル・リリィの職種は絡みついたままで、僕の体をしっかりと床に固定している。

 僕は、なすすべなく、ミオとルクス・リアをロゼルスに奪われてしまった。

 

「ハル!大丈夫?」


 ミオはロゼルスに担がれたまま、なんとか逃げ出そうともがいているけど、ロゼルスは全くぶれる事なくミオをしっかりと持ち上げたまま、離さない。


「僕は大丈夫だ……ごめんミオ……くそっ、ロゼルス!ミオをどこに連れて行く気だ!」


「貴公には関係のない事だ……だが、これまでミオを預かってもらった礼として、特別に教えてやろう。ミオはルクネリア皇国に連れて帰る。そして、僕の子を産むのだ……はっはは」


「ちょっとロゼルス……なに言ってるの……ほんとにどうしちゃったのよ。ロゼルスっ」


「では少年、もう会うことはないだろう。さらばだ」


 ミオの叫びも虚しく、ロゼルスは悠々と店から出て行った。

 僕はその間、何も出来なかった。

 ロゼルスが出て行った後の店内は静まり返っていた。


 僕は、無力感に押しつぶされ、一人項垂れていた。


 何て事だ……目の前でただミオとリアが連れ去られるのを、ただ眺める事しかできないなんて……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る