紅茶
ナレジャーラ遺跡を攻略した僕たちは、店に戻った。
次の冒険までの間、再び店を再開する事になった。
しばらく店を開けていなかったから、きちんと掃除をして、食材が悪くなっていないか確かめて、お酒のストックを確認したりして、ようやくバー『トレボーン』は再開した。
元々少ないお客さんは、さらに少なくはなっていたけど、何人かはたまに店にやって来てくれた。
僕たちは冒険者としても稼げる様になってきたから、店の方は無理に開けてなくても、生活していけそうではあった。
でも、僕もミオも、リュウさんから受け継いだこの店を、開けれる日は開けておきたいと思った。
「そういえばさ、前にギルドで聞いたんだけど、なんかルクネリア皇国のすごい人がこの国に来たらしいよ」
バー『トレボーン』店内で、洗い終わったグラスを拭きながら僕はミオに話しかけた。
ミオは帳簿と睨めっこしている最中だった。
「へー、そーなんだ」
ミオは、僕の話にあまり興味がなさそうだった。
帳簿の方に気が入っていて、あまりちゃんと僕の話を聞いていないのかもしれない。
「ミオはさ、ルクネリアの学校に行ってたんでしょ。懐かしく無いの?」
「んー、まだそこまで懐かしいとか思わないかな」
「そうなんだ」
「で、誰来るの?って言ってもあまり私は詳しくないから、聞いても分からないと思うけど」
「えーっとね、確か、ロ……なんだっけな……ロザ……なんとか……」
「ろぜるすだよ」
僕が思い出すのに時間がかかっていると、リアが助け舟を出してくれた。
「そうそう。リアよく覚えていたね。ロゼルスって名前だっ……み、ミオ?」
ロゼルスという名前を聞いた途端に、ミオは頭を抱えてうずくまった。
「ロ……ロゼルス来るの……マジで……どうしよう……」
「み……ミオ?」
「だ、大丈夫だよね。ロゼルスえらい人だから、王宮とかにしか用がないんだよね。こんな場末のバーなんか来ないよね……」
「場末だけどさ……言い方……ていうか、ミオ知り合いなの?」
「ち……ちょっとね……」
どんな……と聞こうしたけど、ミオが速攻で手をばたばたして聞かないでという仕草をしていた。
さすがにそれを見たら、それ以上聞くのはやめておこうと思った。
けど、逆にそこまであからさまな拒否反応を見てしまうと、むしろ興味が湧いても来る。
でも、本人が嫌がっているのに、僕があまり詮索するのは良くない。
それ以来ミオとはロゼルスという人の話をするのはやめておいた。
それに、所詮は雲の上の存在の人だ。
何日かしたら、僕はすっかりロゼルスという人の事は忘れてしまっていた。
そう、完全に忘れていたんだ。
ついこの時まで。
僕はいつも通り、店のカウンターに立ち、カクテルグラスをランプの灯りにかざしながら、グラスを丁寧に磨いていた。
お客さんがいない間は、とても暇なんだ。
カラン……と扉に付けた鈴が鳴り、一人の男性が店に入ってきた。
銀の色をした鎧と、銀のマントを背負った、金色の髪をした、物凄い美形の男の人だった。
「いらっしゃいませ」
僕は男の人に挨拶をして、水を汲んだ。
男の人は、席に座る様子がなく、辺りを見回している。
「あの、どうしました?何か気になる事でも……?」
「ああ、すまない。この店のオーナーさんは、今日は不在かな?」
ミオはちょうど買い物に出かけている所だった。
調味料が切れてしまったので、近所の市場まで買い出しに出掛けている所だ。
「すいません。オーナーの知り合いでしたか。今ちょっと出掛けているんです。すぐ戻って来ると思います」
「そうか、それなら、待たせてもらおうか」
「あの、注文はどうしますか?」
「そうだな……今は服務中故に、お酒を飲む訳にはいかないのだ。代わりに紅茶を頂けないだろうか」
紅茶!
バーで紅茶頼む人を、僕は始めて見た。
いや、見た目立派そうな騎士さんだから、確かに紅茶って感じではある。
「どれにしましょうか」
僕はメニューをお客さんに差し出した。
「ほう、なかなか種類揃っているではないか」
「ここはバーですが、昼はたまにカフェも営業しているんです。なので紅茶の品揃えもいいんですよ」
「そうか。いい店だな。ではこのルフナール・ティーを貰おうか」
「砂糖とミルクはどうしますか」
「つけて貰えるだろうか」
「畏まりました」
僕は紅茶を入れ、砂糖とミルクを添えてお客さんのテーブルに提供した。
「ほう……なかなか良い香り、そして味。貴公、ここはいい店だな……」
「ありがとうございます」
お客さんは美味しそうに紅茶を口にしていた。
改めて近くで見ると、すごい美形だ……
僕はその時、気がつくべきだった。
そのお客さんの容姿は、どう見ても、ウィザリスの騎士のそれではなかった。
加えて、紅茶を頼む騎士……といえば、彼の国の騎士の特徴なのだった。
そこから、このお客さんが誰なのか、考えればすぐに分かったはずだった。
だけど、その時の僕はそこまで頭が回らなかったんだ。
入り口の扉が開いたその時、初めてその事に気がついた。
このお客さんは誰なのか。
「ハルー、帰ったよー」
元気よく扉を開いて調味料を見せびらかしながら店の中に入ってこようとしたミオだったが、中にいたお客さんの顔を一目見て、その場に凍りついた様に動かなくなった。
「ミオ……久しぶりだね」
「ロ……ロゼルス……んな……なんでここに……」
そう、このお客さんこそ、ルクネリア皇国から今この国に来ていると噂の白薔薇公爵、かのロゼルス卿だったんだ。
ロゼルスは紅茶をテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ミオの元に歩いて行った。
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