来訪

 ハル達が、ナレジャーラ遺跡を攻略していたその頃——



 飛空艇カルペ・ディエム号は、ウィザリス王国に向けて順調に飛行を続けていた。


 辺りには、青々とした海と、抜ける様な青空、心が洗われる様な白い雲が、見渡す限り延々と広がっている。

 飛空艇の船首には、一人の男が腕を組んでいた。

 男は、前方に広がる空と海を、じっと眺めている。


 男の名は、ロゼルス・ド・テトラネスト。

 

 神々しく輝く銀の鎧を身に纏い、派手な刺繍の入った銀色のマントが威厳を讃え、蒼い瞳に金の髪ブロンドが正当なるルクネリアの血筋の証を示している。


 誰もが見惚れる整った顔立ちと背の高さで、毎年行われる皇国一の美男子を決めるルクネリア新聞発行のイケメンランキングでは常にトップを独走している美男子。

 

 生まれながらに特殊な異能を持ち合わせている為、その特性から白薔薇公爵と呼ばれているその男は、今ではルクネリア正教の近衞騎士修道団の中でも、特に教皇直属の精鋭部隊〝教皇のお茶汲み番〟と呼ばれる部隊に所属していた。

 

 ロゼルスは今回、その就任の挨拶回りの為に飛空艇を駆り、ルクネリア皇国を出発した。

 同盟各国を順に巡った挨拶巡りは順調に終えており、最後にやって来たのがウィザリス王国である。

 

 ウィザリス王国は、ロゼルスにとって特別な地であった。

 否、ウィザリス王国そのものはどうでも良かった。

 そこにいる、ある女性にどうしても会いたいと思っていた。

 

 ロゼルスは右手を上げ、薬指に嵌めた銀の指輪をふと眺める。

 そこにはかつて、聖ルクネリア神学院で学んでいた時に学生証となる指輪が嵌められていた。

 卒業した今、その指輪は無用となり、代わりに別の指輪が嵌められている。

 

 その指輪は、ロゼルスの長年の苦悩を解決してくれる物だった。

 指輪をくれた女性は今、これから向かう地——ウィザリス王国にいる。

 ロゼルスはその女性に、どうしても会いに行きたかった。

 

「ミオ、もうすぐ会えるだろうか……貴女は今、どうしているのだろう……元気でやっているだろうか……それとも、苦労をしているのだろうか……」


 僕は、会ってどうしたいのだろう。

 ルクネリア皇国に一緒に行くよう、説得したいのだろうか。

 

 だが、彼女ミオが素直に応じてくれるはずはないとも、僕は知っている。

 もしかしたら、今はもう僕のことはすっかり忘れているかもしれない。

 新しい恋人ができているかもしれない、

 

 それでも会いに行くというのか、僕は——

 

 ロゼルスは飛空艇の船首に立って流れゆく空を見つめながら、複雑な想いを抱いていた。

 

 

 そんなロゼルスを、後ろからじっと見守る女性の姿がある。


 緩やかにウエィブの掛かった腰まである真っ白な長い髪と、黄金色ブロンドの瞳、透き通る様な白い肌、白一色のワンピースを着込んだ、艶やかな女性。


 その女性は、黙ってロゼルスを見つめていた。

 その女性は、見た目は人間そのものだった。

 しかし、正確にはそれは人ではなかった。

 

 ——聖剣アルビ・リリィ。

 

 その女性は、聖剣アルビ・リリィの人間形態の姿である。

 ロゼルスが教皇から賜ったアーティファクトであった。

 

 聖剣は、持ち主であるロゼルスに忠誠を尽くす。

 ロゼルスとは、出会ってからまだそれほど間は無いものの、その忠誠は絶対であった。

 

 ロゼルスは考えに耽っていたが、ふと思い出して振り返ると、そこにはアルビ・リリィが立っていた。

 

「リリィか……いつからそこにいた」


「私はいつでも、ロゼルス様のお側にいます」


「そうか……そうだったな。もうすぐウィザリス王国が見えてくるだろう。ウィザリスは自然が豊かで景色がとても綺麗だ。ここで見ておくと良いだろう」


「ロゼルス様の、仰せのままに……」


 ロゼルスの元に、一人の騎士が走って来る。

 部下の一人だ。

 

「報告します。間もなく、ウィザリス国境に差し掛かります」


「そうか。いよいよだな……」


 ロゼルスは再び前方の景色を見やった。

 

 水平線の彼方に、地平線が徐々に見え始めた。

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