想い出

 ロゼルスと私の蜜月は、あまり長くは続かなかった。

 いや、続いた方なのかもしれない。

 

 だけど、卒業する頃には、私たちは決定的に意見を違えていた。


 私たちは最初から、同じ道を歩く事は出来なかった。

 それに気がついただけだった。

 

 ロゼルスはすでに学内でも評価を買われ、教皇様と何度も面会をしていた。

 聖ルクネリア騎士修道団ルクネリアス・オルドに入ったら、騎士団の中でも特に教皇の近衛騎士達〝教皇のお茶汲み番〟と呼ばれる役職に就くのではないかと、誰もが噂をしていた。

 

 私とロゼルスの関係は、まだ人々には知られていなかった。


 家からの荷物を届けにやって来たラチュアが、こっそり耳打ちして教えてくれた情報によると、新聞にはとっくに、私たちの逢瀬は当たり前のように撮られていたらしい。

 

 テトラネスト家とサフィラファクト家双方は、大金を払って記事をださないように口止めしていたけど、いつもだったらそのくらいで引き下がるルクネリア新聞ではない。

 こっそりどこからかリーク記事を出してしまうのが彼らのやり口だった。


 でも今回は、教皇庁からの圧力もあったらしい。


 それで、私たちの記事は表に出る事はなかった。

 私としては、際どいやつ以外は出ても構わないけど。

 

 私たちは、最後の時もいつもの場所で、いつもと同じ様に二人で会った。


「はいこれ、サフィラファクト家御用達の錬金術師に頼んで、私の体から抽出した魔力を込めて作った指輪。この指輪を嵌めている間は、魅力チャームの魔法が暴走する心配はないわ」

 

 私は別れ際、指輪をロゼルスにプレゼントした。

 

 二人で編み出した魔法を元に、何年も掛けて開発した魔法の指輪だった。


 これだけはなんとか、別れる前に渡したかったから、卒業前に間に合って良かったと思う。


「これさえあれば、私がいなくても大丈夫。あなたは普通に女性と接する事ができるわ」


「ミオ、考え直してはくれないのか……僕は今でも、君と一緒に生きたいと思う気持ちは変わらないんだ」


「その話はもう何度もしたでしょ。私は卒業したらママと同じ道を歩んで、サフィラファクト家を出て冒険者になる。あなたはテトラネスト家を継いで、ロゼルス卿となり、聖ルクネリア騎士修道団ルクネリアス・オルドに入る。それだけよ」

 


「分かっている。だが、もし気が変わったら連絡してくれないか。僕はいつまでも君を待ち続けるから」


「いや、そういうのいいから。待たなくていいから、さっさと他に良い人見つけて、お父さんを安心させてあげなさい」


「ミオ……寂しくなるな」


「じゃ、さよなら」

 

 そして、私とロゼルスは別れた。

 

 

 無事に聖ルクネリア神学院を卒業した私は、ママと同じ様にサフィラファクト家を出て、冒険者になった。

 ルクネリア皇国を出た私はしばらく、自由気ままに冒険者として各国を飛び回っていたんだけど、ある時パパから連絡があって、家に帰る事になった。


 私が無事に卒業できたから、パパももう一度、冒険者としてママの元へ向かいたくなったらしい。

 パパの頼みとあれば、帰るのも悪くないかな。

 私はまだレベル5だから、パパの様に前線に行かないといけないほどではなくて、パパの店を継ぎながらでも十分冒険ができる。

 

 そこで私は、ウィザリスに戻る事にした。

 そして私は、ハルと出会って今に至る。


 サフィラファクトの家からは時々手紙が来る。

 手紙の内容は、だいたいラチュアのぼやきだった。

 新しく入った若いメイドが使えないとか、良い男がいないとか、お祖父ちゃんが今朝食べた物を覚えていないとか、そんな事。


 ラチュアは今では、サフィラファクト家のメイド長になっていた。

 

 戦闘訓練で一緒に戦った戦闘修道女バトルシスター科のシエルとウミは、卒業後にちゃんと戦闘修道女バトルシスターとなり、今ではルクネリア皇国を守る要職についているらしい。

 

 二人からは時々手紙が来て、ルクネリアに戻ってきたらいつか会いたいと書かれていた。

 私も二人とはまた会ってゆっくり話をしてみたいけど、二人とも公務で忙しいから、行ってもなかなか会えないかもしれない。

 


 ロゼルスとはあれから会っていない。

 

 どうやらテトラネスト家の跡を継ぎ、テトラネスト公爵となったらしいとか、皆の予想通り教皇のお茶汲み番に任命されたらしいとか、まだ結婚はしていないらしい……というくらいの噂は耳にしたけど、実際に今どうしてるかは知らないし、あまり興味はない。

 

 ロゼルスとの事は、私にはもう終わった過去の青春の一ページでしかなかった。

 

 ……なかったんだよ。

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