逢瀬

「ああ、良かった。ここにいたのか」


 ロゼルスは私を見つけると、にっこりと満面の笑みで走って来た。

 

「な、なんなんですかあなた……」


「ああ、これを届けたくてね。ミオさん、さっき会った時に落として行ったのではないかと思って」


 ロゼルスが差し出したのは、聖女科の寮、アクリフィラ学寮の鍵だった。

 慌てて制服のポケットを探ると、確かに鍵がなかった。無造作に突っ込んでいたから、落ちたらしい、

 なるほど、確かに私が落とした物に違いなかった。

 

「これを届ける為に、わざわざここまで……」


「ああ。鍵がないと寮に入れなくて困るだろうと思って。それに無くすと学長レクトルに大目玉だからね。急いで追いかけて来たんだが、無事に届けられてよかったよ」


「あ、ありがとうございます」


 鍵を受け取ってふと周りを見ると、周りの視線が私達に釘付けになっている事には気が付いた。

 

 今なお、ロゼルスの体から撒き散らされる花びらは、聖女科の女生徒達を虜にし続けていた。

 

 ありがたいのは、魅力チャームの魔法に掛かると意識がぼーっとするらしく、皆一様に夢うつつな表情でロゼルスの方を見つめるだけで、私に対しては誰も関心を持たれない事だった。

 もし意識がはっきりしたままだったら、今頃は聖女科の全員に敵意を向けられていてもおかしくなさそうな気がする。

 

 一方、こんな事態を引き起こしている当の本人であるロゼルスの方は、この事にはまるで関心がなさそうだ。

 

「あの、届けて貰って言うのは何なんですが……この魅力チャームの魔法、何とかならないんですか?」


「そうなんだ。僕も困っているんだけど、自分ではどうしようもないんだ。なにしろ、生まれた時からずっと、僕はこの魔法を放出し続けていて、自分で制御できないからね」


「魅力がありすぎると言うのも色々大変なんですね」


「僕の魔法に少しは耐性がある女性も少しはいたけど、ここまで全く無反応なのは君が初めてだよ。驚いたな」


「そうなんですか……」

 

「そんな人は初めてなんだ……その、もしよければ、また会う事はできないだろうか。ぜひ君とゆっくり話をしてみたいんだ」


「それは……まあ、いいですけど……流石にここでは……」


 ロゼルスが来るたびに女生徒が全員こうなってしまうのでは、落ち着いて話なんてできそうにない。


「そうだな、ではこうしよう。君がまた戦闘訓練で戦闘修道女バトルシスター科の校舎に行く事があれば、その帰りに少し時間を作ってもらう事はできないだろうか」


「それなら大丈夫です。えっと……確か次にあっちに行く日は……」

 

 鞄からカリキュラムを取り出して確認し、二人で落ち合う日を決めた。

 場所は賢者科の校舎から少し離れた丘の上にある大きな木の麓。

 そこなら周りに人がいないし、場所もそんなに離れてないので、授業の合間に立ち寄るにはちょうど良かった。


 そうして、私とロゼルスは二人で会う事になった。

 

 ロゼルス同様、私も自分だけがなぜロゼルスが放つ魅力チャームの影響を受けないのか、自分でもわからない。

 教授に聞きたいところだけど、その教授も魅力チャームに掛かっていて記憶が無くなっていたので、答えようがないらしかった。

 

 ロゼルスと私は、それから何度か二人で会って、話をした。


 話してみると、意外と良い人だという事に気がついた。

 ロゼルスも私も、ルクネリアの公爵家の家系だった。

 

 生まれながらに魅力チャームの魔法を放ち続けるロゼルスは常に女性から隔離された建屋で、専用の男性メイドに育てられ、寂しい思いをしていた。

 母や姉達と話しても、会いに行くといつも相手は魔法に掛かってしまい、まともな会話にならなくなってしまった。

 結果、母や姉達との会話は、メイドが渡す手紙を通じてしかできなかった。


 聖者科を選んだもの、校舎と学寮が完全に男女で分けられているからに他ならなかった。


 何度か会っているうちに、私は自分がロゼルスに惹かれている事に気がついた。

 魅力チャームの魔法ではなく、ロゼルス自身を好きになっていた。

 ロゼルスも、私の事を特別に扱ってくれていた。

 そして、私たちは本格的に付き合い始めた。

 

 付き合い始めたとはいえ、やる事はあまり変わらない。

 いつも通り、あの場所で二人で会うくらいしかできなかった。

 二人で街へデートなんてしに行こう物なら、街中がロゼルスの魔法でパニックになってしまうのだから。

 

 私は、なんとかロゼルスの魅力チャームを押さえ込む事ができないかと考えていた。

 ある日の事、私達はいつも通り、校舎から離れた丘の上で二人で話をしていた。


「ミオ、今は何の訓練をしているんだい?」


「んーとね。最近は闇属性の魔獣と戦う訓練が主かな……」


「相変わらず、危ない授業をしているな……教授がそばについているとはいえ、本物の魔獣相手に戦闘訓練なんて、一歩間違えば命を落としかねないのだが」


「仕方ないよ。実際、戦闘修道女バトルシスター科は卒業したら即実践に投入されるから、ちゃんと戦えないとすぐ死んじゃうんだから。私も冒険者を目指すなら、戦闘訓練はちゃんとできないといけないし……ね」


「ミオは逞しいな」


「そういう賢者科も人の事言えないでしょ」


「ああ。なにしろ賢者科の卒業生は聖ルクネリア騎士修道団ルクネリアス・オルドに入って、教皇様や枢機卿を守る大事な任務に就く者達ばかりだからな」


「ロゼルスも、これで胸張ってお父さんに誇れるね」


「そうだな……そういうえば、ミオ、この前言ってた新たな強化魔法バフはもう習得できたのかい?」


「うん。魔法陣の組成をやっと解析できたから、いまなら何とか実践で使える様になったと思う。ちょっと試してみて良い?」


「ぜひとも、見せてくれないか」


 私は腰に挿していた杖を取り出し、空中に輪を描きながら呪文を唱える。

 半円形の透明なドームが現れ、私の周囲を覆った。

 

「この中に入っていれば、今までよりも魔力が強化されるし、敵の魔法も軽減されるんだ」


 新しく習得した魔法は、今まで使っていた強化魔法バフを自分なりにアレンジして組み上げたオリジナルの魔法だった。

 まだ自信はなかったけど、ロゼルスに見てもらえて少し自信が湧いて来た。

 

「ロゼルス……どう……かな?」


 深い意味はないけど、くるっと一回りしてみせる。


「ああ。見事な魔法だ。組成に乱れがないし、強化バフに特化したミオらしい魔法だ。教授もこれなら納得するだろ……ん?」


 ロゼルスは何かに気がついて、顔をしかめる。

 何かまずい事でもやっちゃったかな……

 

「ミオ……これは……凄いぞ」


 ロゼルスが上を差したので、私も見上げた。

 私の作り出した魔法のドームの上に、ロゼルスの花びらが降り注いでいる。

 

 ロゼルスの花びらは、ドームの上で一旦留まり、その後ドームの外周に沿って落下していた。

 ドームの中には、花びらは入ってこれなかった。


 いままで、ロゼルスの花びらは物理法則を無視してどこにでも降り注いでいたのだけど、私の作り出したこの強化魔法は、意図しない形でロゼルスの魅力チャームを防ぐ結界としての機能を果たしていたのだ。


「ロゼルス……これ……もしかして……この魔法を応用すれば……」


 私たちは、まだ誰も編み出した事のない、とんでもない魔法を生み出したかも知れなかった。

 

「ああ。今までどんな魔法でも封じる事ができなかった僕の魅力チャームを……抑えられるかもしない……」


 ロゼルスと私は震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る