白薔薇

「それにしても、ミオさんがいてくれて助かりましたわ。ミオさんの強化魔法バフのおかげで、わたくしの魔法もウミの剣の動きも格段に上がりますのよ」


「そうなんだ。役に立ってちょっと嬉しいな」


「ミオちゃんの魔法はとっても凄いよっ。もっと自信持ってよっ」


 私たちは戦闘訓練のある日は、戦闘修道女バトルシスター科の食堂で一緒にごはんを食べる様になっていた。

 どうやら私の戦闘訓練は、いつもこのメンバーでの固定パーティになるらしい。

 

 あれから何度かの戦闘訓練を経て、私たちはすっかり仲良しになっていた。

 

 戦闘訓練で戦うモンスターも徐々に強くなって行ったけど、私たちはまだまだ負ける気がしない。

 お昼を食べ終わると、私は一人、午後の授業に備えて聖女科の校舎に戻らなければ行けなかった。

 

「ごちそうさま。じゃあ私は戻るね」

 

「ミオさん、いつもあっち行ったりこっち行ったりと、大変ですわね」

 

「ミオちゃん、無理しないでねっ」


「ありがとう、全然大丈夫だから気にしないで」


 二人に挨拶をして、私は席を立った。

 

 

 戦闘修道女バトルシスター科の校舎から聖女科の校舎の間には、賢者科の敷地があるので、いつも賢者科の敷地を跨ぐ様に歩いて移動していた。

 

 賢者科は全員男子で構成されていて、聖女科と違って戦闘訓練もカリキュラムに入っている。

 賢者科の敷地内を歩いていると、訓練中の男子達の張りのある声が聞こえてくることがある。

 時折、派手な魔法の炸裂音や剣と剣がぶつかる音なども聞こえてくる。

 

 音だけ聞いていても、やっぱり男の子達の戦闘は迫力あるな……ちょっと覗いて行こうかな……でも教授に見つかると、怒られるかな……そんな事を思いながら、聖女科の敷地に向かって歩いていた。


 突如、空から大量の白い花びらが降って来た。

 

 「え……なにコレ……花?……バラの花びらみたいに見えるけど……」

 

 辺りを見回しても、バラはもとより、花が咲いている草木は見当たらない。

 どこから飛んできたんだろう……


 空から降ってきた花びらをひと摘み、掴んでみた。

 

 あ、これ花びらじゃない。

 魔法の結晶だ。

 魔法の結晶が、白い花びらの形に見えたんだ。

 

「君、危ない!それに触れてはダメだ!」


 誰か男の人の大声が聞こえた。


「え……っと、何ですか?」


 花びら形状の魔法の結晶を手に持ったまま、私は声のした方を振り向いた。

 

 そこに立っていたのは、私より二つくらい上の年齢と思われる男子だった。

 

 賢者科の刺繍が入ったゆったりしたローブを着ていて、右手の薬指には私と同じ銀の指輪をしていたので、生徒……だと思う。

 ショートだけど、長めの前髪はゆるいウェーブがかかった金色の髪ブロンド

 蒼く澄んだ瞳。

 背が高くてすごく美形な整った顔立ちをしていた。

 

「あの、危ないって、何がでしょうか?」


 私は言葉の意味がわからなくて、その美形男子に聞いてみた。

 

「何が……って、君は……それに触れても何も感じないのかい?」


「特に何も……」


 魔法の結晶だけど、私には普通の花びらとどう違うのかよくわからない。

 何か危険な魔法でも掛かっていたのだろうか。

 

「そうか……確かに、君には効果は見られないようだ。信じられないが……君は一体……」


「何か、魔法でも掛かっているのでしょうか」


「いや、いいんだ、魔法の結晶は僕が生み出した物には違いないのだけど。それは元々、人に害をなす様なものではないから、心配しなくていいんだ。いや、無用な心配をかけてしまったね。すまない」


「は、はあ」


 結局なんなんだろうこの花びら。


「ああ、その制服は聖女科の……もしや君は……ミオさん……かな」


「そうですけど」


 急に名前を呼ばれて、私はびっくりした。

 いや、ここに来てから、こういう事は何度もあった。

 

 私の事を知っている人が意外に多い事には、そろそろ慣れなければとは思う。


「君の噂は、賢者科でもよく聞いていたからね。失礼した。僕の名前はロゼルス。ロゼルス・ド・テトラネストだ。呼び止めてしまってすまなかったね」


「いえ、大丈夫ですけど、午後の授業もあるので行きますね」


 新手のナンパなのだろうか、この人。

 結局私は、ロゼルスと名乗った男子の事はよくわからないまま、その場を後にした。

 

 それが、ロゼルスとの出会いだった。

 

 あの花びらみたいな魔法結晶は一体なんだったんだろう……とちょっと考えていたけど、考えても分からないのですぐに忘れてしまった。

 

 

 でも、割とすぐにその謎が判明する時がやって来た。

 

 聖女科の敷地内に、あの白い花びらが大量に舞ったのだ。

 その花びらを見た聖女科の女子達は皆、歓声を上げていた。

 

「ロゼルス様よ!」


「ロゼルス様がこの聖女科にお越しになられたんだわ。きゃあ、なんて素敵……」


 ねえ、ロゼルスって誰?と聞いたのだけれど、花びらに触れた女子達は皆、一様に恍惚な表情を浮かべてぼーっとしてしまい、私の呼びかけに耳を傾けてくれなくなった。

 

 かろうじて校舎内で、まだ花びらに触れていない女子を発見した私は、急いで聞いた。


「ねえ、ロゼルスって何者なの?」


「あのロゼルス様を知らないのですか? ……ルクネリアの十ある公爵家の一つ、テトラネスト家のロゼルス様。お生まれになられた時、女神ルクナ様の加護が常人を遥かに凌ぐ量で注がれた為、その体からは常に魅力チャームの魔法が放たれているのです。あまりに魅力チャームの魔法が強すぎて、その結晶が白いバラの花びらの様に見える事から〝白薔薇〟の異名を持つお方なので……ああっロゼルス様ぁ……」


 花びらは校舎の中にも降ってきて、その女子も花びらに触れた途端に恍惚の表情に変わってしまった。

 

 なんなの……こわ……

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