第23話 ただいま
ハガルの体が霧となって消えた。
ハガルは、魔剣に取り込まれてしまった。
「素晴らしい……さあ、次はあなたの番ですよ」
嬉しそうに拍手をするウル。
「そうね……ハガル、今、あなたの元に行くわ」
私は、魔剣を大きく振り上げる。
そのまま、ウルに向かって切りつけた。
「油断しすぎよ、ウル……この魔剣は、あなたの血も欲しがってるみたい」
「が……クソぅ……」
ウルは不意を突かれた。
魔剣は深々とウルの体を貫いていた。
ウルの体もまた、霧のように拡散して、消えた。
数日が過ぎた。
島にゲートが開き、魔族達が現れた。
この島に派遣されて来たのは、エオーの魔導科学部隊達だった。
彼らは、島に居た住人達を一掃した。
「これでもう大丈夫です。姫さま、この島にもう姫さまを襲う人間はいません」
白衣を血に染めながら、無邪気な笑顔でエオーは言う。
エオー、魔族特有の紅い髪を肩まで伸ばし、眼鏡の奥には純粋に輝く緋色の瞳。
彼女は、若くして魔導科学部隊に上り詰めた才女であり、私にとっては、かつて魔導学校で魔導科学を専攻していた時からの仲間だった。
私は、島の奥に洞窟がある事を発見した。
私たちは洞窟を拡充し、魔導科学装置を運び込んでいった。
洞窟の中にはゲートから転送された、大型の魔導装置が轟々と唸り声をあげている。
「ふふ、姫さまとこうしていると、なんだか昔を思い出しますね」
洞窟の奥に作った研究施設の奥、一際大きめの部屋の中央に設置した大型のシリンダーの中には、魔剣を入れている。
シリンダーには計測器を設置して、魔剣のデータを解析していく。
「そうね。戦争が始まる前は二人でよくこうして、研究所で夜を明かしたわ」
私は、魔導科学部門を任されていた。
エオーと二人で数々の魔導兵器も開発した。
魔剣の解析くらい、やってみせる。
「エオー。これあげるわ」
私は、手のひらサイズの赤く輝く魔晶石をエオーに手渡した。
「なんですか?これ」
「この魔剣から抽出したウルの魂よ」
「え!いらないです」
「まあ、なんて事言うの、参謀さまなのよ……ふふ」
私はわざとらしく大袈裟に言う。
エオーがウルの事を嫌いなのを知っているから、揶揄ってみた。
「それに、こいつが居なくなってから魔王さま、人が変わったみたいに穏やかになったんですよ。もし今のままだったらきっと、戦争なんて起こってなかったかも」
お父様にもウルは何かしていたのか……今となってはどうでもいいことだけど。
「そうね、どこかに適当に埋めておいて」
「りょうかいでーす」
エオーは生ゴミでも扱うかのように、鼻をつまみながらウルの魔晶石をどこかに持っていった。
それから何日が過ぎたのか、何ヶ月が過ぎたのか、もう忘れてしまった。
私は長い時間、魔剣の研究に明け暮れた。
「姫、お別れに参りました」
エオーは、いつも通りの明るい笑顔で言った。
エオーの後ろには、魔導科学部隊の兵士達が敬礼している。
「そう、あなた達も行くのね」
戦争は終結に向かっていた。
当初は優勢に見えた魔族の軍勢だったが、人間達もまた戦争を機に国を超えて結束し、徐々に形勢は逆転していった。
決定的だったのは、私たちが開発した大陸を瞬時に移動できるゲートが、ルクネリア教会の魔導士部隊によって解析され、封鎖された事にある。
退路も補給路も立たれた魔族達は、各個撃破されていった。
「この島も、既に人間達に囲まれています。私たちがおそらく、ウィザリス侵攻部隊の最後の生き残りでしょう」
「そうなのね」
私にはもう、どうでもいい事だった。
「これから、我が部隊は特攻を仕掛けます。あ、姫さまはこのまま研究を続けて下さい。完成するといいですね」
エオーは部屋の中央で今も解析されている魔剣を見つめた。
「ルクス・リアよ。この剣にはそう名付けたわ」
「ルクス・リア……古の言葉で、愛しい人……ですね。素敵な名前だと思います。ちょっと……妬いちゃいますけどね」
そう言ってエオーは笑った。
「この島には私たちの開発した魔導兵器がありますから、人間達に簡単には突破されないはずです」
「ありがとうエオー」
エオーは死にに行くつもりだった。
これが最後の別れ。
「姫さま、この部屋には番犬として、このサーペントちゃんの卵を置いていきますね。姫さまに何かあったら、きっと守ってくれます」
「頼もしいわ……エオー、こっちに来て」
エオーはそっと私の元に歩みよる。
私は、エオーを抱きしめた。
「楽しかったわ。あなたと一緒に研究ができて」
「私も……です」
こうして、島には誰もいなくなった。
忘れられた島にはもう、誰も訪れる事はなくなった。
私は、それからも研究を続けた。
そして、ようやく魔法を完成させた。
魔剣に取り込まれるのではなく、一体になって新たな生命に生まれ変われる魔法。
ハガル……待たせてしまったわね。
私たちは、やっと一つになれるわ。
魔法が発動する。
私の体が徐々に消えていく。
ルクス・リアの中で、私とハガルは一体になれる。
そして、生まれ変わる。
ずっと会いたかった。
ハガル……私たち、これでもう離れ離れにはならないわ。
——ただいま、ハガル。
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