第22話 ハガル

 ハガルと私は、将来を誓い合っていた。

 

 だけど、悲劇は起きた。

 

 ルクネリア神域五国連合と、魔族との戦争が始まってしまった。

 

 連合に加盟するウィザリス王国は、戦争に参加せざるを得なくなった。

 

「逃げよう、二人で遠くに」


 ハガルは言った。

 

「できる訳ないでしょ。あなたはこの国の王子なのよ」


「構うものか、君と一緒なら」


「駄目よ。この戦争を止めなきゃ。なんとしても」


「そうか……そうだね」


 私たちの思いとは裏腹に、戦火は次々に拡大していった。

 

 ついに、ウィザリスにもゲートが開き、魔族が押し寄せて来た。

 

 人々は魔族に親類を殺され、恨みはさらなる恨みを呼んだ。

 

 もはや誰にも止める事はできなかった。

 

 城にいる魔族ウィルドを殺せ。

 

 そう叫ぶ者も出てきた。

 

 ハガルは私を庇い続けてくれた。

 

 そして、乱心した。

 

 私が駆けつけた時には、ハガルの刃が国民に向けられた後だった。

 

「ハガル!何をしているの!」


 ハガルは返り血で血まみれになったまま、呆然と立ち尽くしていた。

 

「ウィルド……?ウィルド……見てくれよ。僕に逆うからこうなるんだ。……なあ、いい気味だ。そう思わないか」


「ハガル……どうしてしまったの……」


「ククク……ハハハハッ……ほらほら、どうした、さっきまでの勢いは?」


 人々はハガルの前から逃げていった。

 

「お願い、やめてハガル……なぜこんな事を……」


 尚も剣を振り回すハガルを止めようと、抱きついた時、視界の端に目に留まった。

 

 逃げ惑う人々の中、こちらの様子を伺うように見ている、一人の人物。

 

 フードを目深に被っているが、その姿に見覚えがある。

 

「ウル……あなたなのね!」


 フードを外したその姿は、紛れもなく魔王の参謀、ウルだった。

 

「だから言いましたでしょ……後悔する事になりますよ……って」


「王子に何をしたの!答えなさい!」


「別に……ちょっと操作しただけですよ……心を」


 言うだけ言うと、ウルは踵を返して去っていく。

 

 ウルを追いたかったが、今は王子を何とかしないと……。

 

「僕は……僕は何て事をしてしまったんだ……」


 血に染まった自らの手を、呆然と見つめるハガル。

 

「逃げましょう。二人で……」


「どこへ……どこへ行くっていうんだ……」


「どこでもいいわ。あなたと一緒なら」


 私は、王子の手から剣を取り上げると、捨て去った。


 王子の手をとる。

 

 私たちは、その場から逃げ出した。


 幸い、私は移動の魔法を使う事ができる。

 

 私は、転送テレポーで身を隠せる場所に飛んだ。

 

 

 私たちは、しばらくその島で暮らした。

 

 だけど、島にも直ぐに噂が広まった。

 

 見つかるのは、時間の問題だった。

 

 もう、この国に私たちの居場所はない。

 

「私の国、魔族国リンボレードに行きましょう。しばらくお父様に匿ってもらうように頼んでみる」


「……」


「ほとぼりが冷めたら、改めてちゃんと説明しに戻ってこればいいわ」


「……」


「きっとわかってくれる。だって、あなたはこれまで、この国のために尽くしてきたじゃない」


「……」


「ね。お願い……もう、あまり時間は残されていないわ。ここにも、もうすぐ追手が来る。そうしたら、私たち、二度と会えなくなる」


「……」


「お願いハガル、何とか言って」


「……」


 ハガルは、空を見つめたまま言葉を失ったかのように動かない。

 

 私の声は、ハガルに届かなくなってしまった。


「ハガル……私、どうしたらいいの……教えて……ハガル……」


 私は、何も言わないハガルの胸に顔を埋めて、泣いた。

 

「……教えて、差し上げましょう」


 いつ間にそこにいたのか。

 

 目の前に、ウルが立っていた。

 

 手には、黒く光る大ぶりの剣を手にしていた。

 

「ウル!あんた……」


 私はウルにつかみかかった。

 

 軽やかに、ひらりと身を躱すウル。

 

 魔族の中でも特に戦闘の苦手な私には、その実力だけで参謀まで上り詰めたウルを捉えるのは不可能だった。

 

 ウルは、手にした剣を私の足元に放り投げた。


「その剣には、まだ名前はありません。創られたばかりで、なんの力もありません。その剣に命を吹き込んであげてください」


「なんでそんな事しなきゃいけないの……」


「それが、二人が助かる唯一の道だからですよ」


「私の血と、ウィザリス王家のハガルの血、二つを取り込んで魔剣を作るつもりなのね……」


「そうです……いい考えでしょう。私のために二人とも、犠牲になって下さい」


「わかったわ……さよなら、ハガル」


 私は剣を拾い上げる。

 

 ハガルの胸に剣を突き刺す。

 

 ハガルは、私を見て、軽く微笑んだようだった。

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