第21話 ウィルド

 大蛇サーペンスを倒した僕たちは、いよいよ魔剣ルクス・リアの元までやってきた。

 

「ハル君、ではロットするとしようか」


 ワタルさんは、手のひらを差し出して上に向ける。

 手のひらの上に、半透明な四角いサイコロが出現した。

 

「はい、お願いします」


「繰り返すが、『ロット』で出た結果は即座にマナ通信で冒険者ギルドに通知され、結果を覆す事はできない。ハル君はそんな事をするような人ではない事は知っているが、もしロットで手に入れられなかったからと言って、力ずくで奪って逃げた時には、ギルドの裁定者ジャッジメントに、地の果てまで追われる事になる。覚えておくと良いぞ」


 ひえぇ……絶対ギルドには逆らわないようにしよう。

 

「さあハル君、きすうを選ぶかぐうすうにするか、決めてくれ」


「……ねえ、なにそれ?」


 横でミオが僕に呟く。

 

地球テルースの専門用語なんだ。じゃあ、丁にします」


「では俺は半だな。では、いくぞ」


 ワタルさんは手のひらの上に現れていたサイコロを放り投げる。

 

 サイコロは放物線を描いて地面に落ち、コロコロと転がって行く。

 

『なにがでるかな……なにがでるかな……』


 僕たちは思わず節をつけて、転がるサイコロに合わせて輪唱していた。

 

 地球テルースの記憶を失っているカエデさんも、思わず一緒に口ずさんでいた。


 無意識レベルでメロディが刻み込まれていたのだろう。

 

 ミオだけが、何?何の歌?と不思議そうに僕たちを見ている。

 

 転がったサイコロはやがて失速し、やがて一つの面を表にして止まった。

 

 6だった。

 

 僕の勝ちだ。

 

「やった!」


 僕とミオは思わずハイタッチした。

 

「おめでとう。魔剣は君の物だ」


 ワタルさんとカエデさんは僕たちに拍手を向ける。

 

「でも、すみません。ワタルさんも長年アーティファクトを探しているのに」


「なに、気にする事はないさ。アーティファクトはこれで最後じゃない。また探しに行くだけさ」


 魔剣ルクス・リアは、艶っぽい漆黒の闇を纏ったまま、地面に刃を突き立てて、その姿を僕たちの前に晒している。

 

「さあ、ハルくん、魔剣を手にするんだ」

 

 僕は頷いて、魔剣の元に歩み寄る。

 

 ルクス・リアの柄を握りしめ、力を込めて地面から引き抜いた。

 

 その瞬間、ルクス・リアが黒く光った……ような気がした。


 ルクス・リアの刀身から黒い霧のような物が立ち昇り、僕の体に纏わりついてくる。


 唐突に目眩がして、足元がフラついた。

 

「な……なんだこれ……」


「どうした?ハル君!」


「ハル?どうしたの?ハ……」


 ワタルさんとミオの心配そうな声が聞こえたような気がしたけど、その声はどんどん遠くに霞んで行く。

 

 代わりに、何か別の声が聞こえる気がした。

 

 何かが僕の中に流れ込んでくる。

 

 これは何だ……

 

 知らない景色。

 

 知らない声。

 

 知らない場所。

 

 知らない感情。

 

 知らない人たち……

 

 突然、僕は理解した。

 

 ——そうか、これは記憶だ。

 

 僕の中に、誰かの記憶が流れてきているんだ。

 

 君なのか

 

 ——魔剣、ルクス・リア

 

 今、僕の中に入ってくるこの記憶の奔流は、魔剣の記憶なのか。

 

 今から千年前……

 

 第一次魔大戦の頃。

 

 ルクス・リアは創られた。

 

「ハガル……ずっと一緒にいたい……」


 ハガルと呼ばれたその男は、この国の王子だった。


 金色の髪ブロンドに碧の瞳をした、青年だった。

 

「僕もだよ、ウィルド……僕たちが出会ったのは運命だ。僕たちは、この国の未来を象徴しているんだ」


 ウィルドと呼ばれたその女は、魔族の国リンボレードの王女だった。

 

 魔族の特徴である、腰まで伸びた長く艶やかな紅い髪に、緋色の瞳。


 二人は、将来を誓い合っていた。


「ウィルド様、ウィザリスに向かう事は許されません。これは魔王様のご命令でもあるのです」


「止めても無駄ですウル。私は、決めました。例え勘当されようと、私は行きます」


 ウル……と呼ばれたその魔人は、魔族の特徴である赤い髪をショートボブにしている。


 瞳は左右の色が違うオッドアイで、右目が緋色、左目は碧。


 男なのか女なのか分からない、中性的な見た目と声。


 若そうに見えるが、実年齢は誰もしらない。

 

 ただ言えるのは、ウルは魔王が最も信頼する参謀である。

 

「ウィルド様、行けば、必ず後悔することになります」


 ウルの声を無視して荷物を纏め、ゲートに向かうウィルド。

 

「おねーさま……行っちゃうの?」


 その声にウィルドは、はたと立ち止まる。

 

 ウィルドと同じ、紅い髪と緋色の瞳を持つ少女、フェオ。

 

 振り返ると、サメのようなモンスターのぬいぐるみを抱えたフェオが、目を潤ませながら立っていた。

 

「フェオ……私は行く。後の事は頼んだわ」


「おねーさま……また会える……よね」


 フェオの前にしゃがみ込み、微笑みかける。

 

「ええ。もちろんよ。その時はリンボレードとウィザリス、二つの国がきっと仲良くなっているわ。少しの間だけ、まっていてね、フェオ」


「うん。待ってる」


 ウィルドは魔族国リンボレードを去った。

 

 そして、戻ってくる事はなかった。

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