第19話 プニーレ・リング
私たちは森の中で
カエデさんとワタルさんは森の中でモンスターを狩ってきて、焚き火を起こしてそのお肉を焼いて食べさせてくれた。
食後にワタルさんは、小瓶に入ったお酒を
『ういすきー』というお酒で、グラウレーベンという異国の蒸留所で作られた、『ヘイズルーン』という名前なんだって。
お肉を食べてお酒を飲んだら、私たちはすっかり眠くなってしまった。
私たちは、ワタルさんとカエデさんに見張をお願いして、先に寝させてもらえる事になった。
ハルはひとつしかないブランケットを私に使わせてくれた。
ブランケットを巻いて横になったら、疲れていたのか、すぐに意識が落ちるように眠ってしまった。
夜中にふと目が覚めた。
私は起き上がって、辺りを見回した。
ハルの方を見ると、寝息を立てていた。
ワタルさんも木にもたれかかったまま、眠っているようだった。
私は、少し歩いてみた。
少し離れたところに、見張りを続けているカエデさんを見つけた。
カエデさんは、見張りをしながら、手にういすきーの瓶を持って、空を見上げていたけど、私の足音に気がついて振り向いた。
カエデさんは口元を黒い布で覆っているので、表情は分かりにくいけど、目はこわばっているように見えた。
「ミオさん……?」
私の姿に気がつくと、カエデさんの表情は、少し穏やかになった気がした。
「すみません。なんだか、起きてしまって」
「……少し、お話でもする?」
私は頷いて、カエデさんの隣に腰を下ろした。
カエデさんは黒装束に身を包んで、顔も半分隠しているから分かりにくいけど、近くで見ると私より一回りほど歳の離れた、大人のお姉さんって感じがする。
「そういえば、カエデさんとちゃんとお話できてなかったですね」
「ごめんなさい……わたし、口下手で」
「あ、いえ……そういうつもりじゃ……」
カエデさんは、小瓶を渡してくれた。
ヘイズルーン。
「飲む?」
「あ、いただきます」
私は、小瓶に口をつけてお酒を少し、口に入れる。
苦い。
大人の味かな。
「にがいですね」
「ふふっ……ミオさんには、まだ早かったかな」
楓さんの表情が和らいだ気がした。
「カエデさん、ワタルさんとは長いんですか?」
カエデさんは、そうね……と言ってから少し考え込んで、それからゆっくりと話し始めた。
——わたしは……この世界に転生した時、あまり治安の良いとは言えない場所に転生してしまった。
右も左も分からないまま人攫いに遭って、奴隷商人の手に渡った。
手足を拘束されて奴隷商人のキャラバンに砂漠を引き摺られていた時だった。
奴隷商人は、突然現れたアサシン集団の襲撃にあって全滅した。
それから、わたしはアサシンの集団に拾われて、育てられた。
彼らアサシンは、暗殺を生業とする暗殺集団だった。
来る日も来る日も戦闘訓練に明け暮れて、気が付いたら、わたしは一人前のアサシンに育てられていた。
アサシンは、独自に編み出した
わたしは転生者としての適正で、
暗殺の依頼主が誰かは、いつも分からない。
アサシンにいる時は、ただ上からの指令を受けて、任務を遂行する事だけを求められる。
ある時、わたしはルクネリア皇国の要人を暗殺する任務を受けた。
そして、暗殺に失敗した私は、ルクネリア皇国に捕まった。
アサシンの集団は、捕まった仲間を決して助けに来ない。
それが彼らの流儀。
わたしはその時、死を覚悟した。
その時助けてくれたのが、ワタルだった。
ワタルは、たまたまルクネリア教会の依頼を終えて、報奨金を貰いにきていたらしい。
報奨金の代わりに私の釈放を求めてくれた。
理由はワタルにもよく分からないらしい。
なぜかその時、そうしなければいけない気がしただけだって言っていた。
おかげで、わたしの命は助かった。
もちろん、教会が手放しでわたしを無罪放免にしてくれた訳ではない。
——そう言って、カエデさんは首元からデコルテまで覆うように巻いていた布を取った。
カエデさんの首には、細い銀色の金属で出来た首輪が嵌っていた。
首輪はカエデさんの首にぴったり吸い付くように嵌っていて、中央には緑色に輝く宝石が埋め込まれている。
プニーレ・リング。
ルクネリアに留学していた時、先生に聞いた事がある。
教会が自分たちに刃向かうかもしれない人に付ける首輪。
冒険者タグと同じマナ通信を用いていて、リアルタイムで教会に位置を知らせ続けているという。
リングからの通信が途絶えた時と、教会が危険と判断した場合は、教会から遠隔魔法がこのリングに向けて飛ばされる。
リングに埋め込まれた宝石は大陸のどこにいても遠隔魔法に反応して割れる。
中に入った毒液が皮膚に触れると、即座にリングの持ち主を死に至らしめる。
カエデさんは、そんな恐ろしい首輪を、教会によってつけさせられている。
——ミオさんなら、このリングの意味、分かるよね。
でもわたしはそれでも、今がいちばん幸せ。
ワタルと一緒にいられるから。
わたしは、わたしを助けてくれたあの人を、命を賭して守るって決めた。
そういう人がいるってだけで、わたしの人生にも意味があるんだって思える。
ねえミオさん、あなたにとってハルくんはどんな存在なのか、わたしにはわからない。
けど、大事だと思うのなら、絶対、離してはだめ。
——私は、カエデさんの話をじっと聞いていた。
カエデさんは、私が思っていたよりずっと強くて、かっこよくて、素敵なアサシンの女性だった。
私にとってのハル……か。
離してはだめ……か。
私はカエデさんの元を離れて、ハルの所に戻ってきた。
纏っていたブランケットを、ハルにそっと被せた。
そっとハルに寄り添って目を閉じた。
再び眠気が襲ってきて、気が付いたら私は寝てしまった。
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