第10話 補正値

「うーん……なるほど補正値が……だとすると……」


 ミオは熱心に手元の手帳に書き込んでいる。


「ミオ、まだ続ける?」


 僕はそろそろ疲れが溜まって来た頃だ。

 

「もうちょっと解析させて。もう少しでパラメータの計算ができそうなんだから」


 僕とミオは、あれからずっとモンスターと戦っている。


「それって重要?」


 ミオは、一戦ごとに僕にかける強化魔法を調整している。

 そして、戦闘の結果を手帳に書いて、一生懸命なにかを計算して分析していた。

 

「もちろんよ。詳しい事は街に戻ってから話すから、今は私の言うとおりにしてくれない?」


 敵モンスターは弱いし、僕はなぜか妙に強くなっているので、敵の強さに困るという事はないけど、意味がわからないままミオがやっている謎の実験に付き合わされているのは、なんだかモヤモヤする。


「わかったけど……いつまでつづけるんだろうね……」


 徐々に日が落ちて、辺りは夕日が真っ赤に照らしてきている。


「なんか言った?」


「いや……なんでもない」


「わかったわ。次で終わりにしましょ。終わったらギルドに向かうわね」


 どうやら、ようやくこの謎の作業から解放される時がやってきたようだ。

 僕は張り切って戦闘に臨んだ。

 

 

 冒険者ギルドは、このファレユーロ大陸全土に支部を持つ、巨大な組織だ。


 支部の大きさは街によってまちまちだけど、マナ通信の技術を使って支部はネットワークを形成していて、全ての支部は繋がっていてデータが共有されているらしい。


 そのため、冒険者タグから送信される冒険者のデータは、どこの支部に行ってもリアルタイムで最新の情報を閲覧する事ができる。

 

 もちろん、ブラックリストも共有されているので、犯罪を犯したり、ギルドに刃向ったりした冒険者のデータも全支部に共有されていて、大陸のどこに逃げても追っ手がやって来るらしい。

 

 リトルテルースの街に戻った僕とミオは、その足で街の冒険者ギルドに向かった。

 

 ミオはギルドのカウンターで、受付の女性となにやら話し込んでいた。

 

「ハル、データ書き換えるから、ちょっとその冒険者タグを貸して」


「いいけど……書き換え?」


 ミオは僕から受け取った冒険者タグと、さっきまで熱心に書き込んでいた手帳をギルドの女性に見せながら、熱心に説明している。

 

 ギルドの女性は、ミオの話を聞きながら、魔道端末に僕のタグを差し込んで、魔晶板の画面を見ながら操作していた。

 

「確かに、ミオさんの言う通りのデータが上がっていますね。わかりました。ハルさんのデータは修正させていただきます」


「お願いします。よかったね、ハル」

 

 ミオは僕に冒険者タグを返しながら屈託のない笑みを見せる。

 僕はただ、戸惑うしかなかった。

 


 その日の夜。

 僕たちはバー『トレボーン』に戻って来た。

 今日は臨時休業なので、お客さんは誰もいない。

 

 つかれたーといいながら客席のソファに横になるミオに、僕は昼からずっと気になっていた事を聞いた。


「で、結局、どう言う事なの?」


 ミオは、寝転んだまま顔だけこちらに向ける。


「ハルはね、他の冒険者と違うんだよ。特異体質みたいね」


「違う……僕が?」


「そう。強化魔法バフのかかり方が、他の人よりずっと強いの。なぜかはわからないけど、ハルは他の人より、身体にマナを取り込む効率がよいみたいね。その為、普段の強さは他の人と変わらないけど、強化魔法バフを掛けた時には、他の人の何倍もの強さになるのよ」


「そう……なのかな……」


「思い返してみて、今まで、魔法を使った時に魔力が暴走したり、強化魔法バフを与えられた時に普通じゃない力が湧いて来たりした覚えはない?」


 そういえば、思い当たることがある。

 

 あれは冒険者ライセンスの試験での事だった。

 アンスールに貰った魔法結晶アイテムを使った時、初級魔法が封じられているだけのはずなのに、すごい火力の魔法が出て来たことがあったっけ。

 

 それと、フェオに強化魔法バフを掛けて貰った時も、あっさりとモンスターを倒せてしまった。

 

 あの時はまだ、バフがどんなものなのかよく分かっていなかったけど、あの時から既に、僕は特異体質だったんだ。

 

 ミオは、そんな僕の状態を理解して、僕の強化魔法バフ効果が他の人よりどの程度高くなるのかを実験して計算してくれていたんだ。

 

「そうだったんだ。ありがとうミオ」


「いいって。私も知りたかったし。ギルドには、昼に実験して算出した計算結果を報告しておいたから、次にハルが強化魔法バフで強くなった時には、おそらく正確な値がステータスとして反映されるはずよ。どんな値が出るか、楽しみね」


 ミオはそう言って、にっこりと笑った。

 

 ミオは疲れていたのか、その後そのまま客席のソファで寝てしまった。

 起こすのはかわいそうだし、僕はそのまま戸締りをして、明かりを消して、店に鍵を掛けて家に帰った。

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