第4話 バフ

 僕はやっと、念願の冒険者ライセンスを手に入れる事ができた。


 ライセンスを手に僕は、街に戻ってきた。



 ——ウィザリス郊外の街、リトルテルース。



 地球テルースから転生した人が多く集まる街。


 この街のバー『トレボーン』で、僕は働いている。

 

「ハル、おめでとう。ハルもこれで一人前の冒険者だな。どうだ、この週末俺とモンスター出没エリアに行かないか。俺も冒険者の先輩として、ハルに教えたい事があるんだ」

 

「マスター、はい、ぜひお願いします!」


 僕は、マスターの言葉に即答した。

 

 そして今日、念願の週末がやって来た。

 

 

 ライセンスがなかった頃は、街の中か、安全な街の周辺しか行く事ができず、モンスター出没エリアに行くのはこの世界に転生して初めてだ。

 

 モンスター出没エリアに近づくと、既に冒険者と思われる人たちが何人かいた。

 

 ここにいる人たちは皆、冒険者ライセンスを所持している人たちばかりなのだろう。

 僕もようやく、この人たちの仲間入りができたんだ。 


「あ、来たな。ハルこっちだ!」


 人だかりの向こうに、四十代位の背の高い黒髪長髪の男の人が手を振っている。


 マスターが先に着いて、僕を待っていてくれたらしい。

 

 僕は慌ててマスターの元に走って行った。

 

「すみません。僕の方が遅くなってしまって」


「いや、まだ待ち合わせ時間前だ。俺が早く着き過ぎただけだ。それにな……」


 マスターは、僕をじっと見つめる。

 

「ハル、ここからはマスターって呼び名は無しにしようぜ。リュウと呼んでくれ」


「リュ……リュウさんですか……なんだか変な感じです」


「ははは!まあ、急に言われても困るよな。だが、ここから先は俺も一人の冒険者だ。店のマスターじゃなく、同じ冒険者の仲間として接して欲しいんだ。だから、名前で呼んでくれ」


「わかりました。冒険者としての先輩、リュウさん……頼りにしてます」


「そうだ、その調子。共に異世界を冒険しようじゃないか。……そういえばハル、冒険者タグはちゃんと持ってきているか?」


「はい、持ってます」


 冒険者タグとは、ライセンスに合格した者達がもらえる身分証だ。

 

 小さな魔晶石の板に穴が空いていて、そこに鎖が通してあり、ネックレスとして首に掛ける事ができる。


 このタグ自体にデータが埋め込まれていて、冒険者としての登録情報、レベルやステータス、スキルなどの情報が全て記録されている……らしい。


 身分証やパスポートとしての役目も兼ねているので、絶対に無くしてはいけないと言われていた。


「ハル、いよいよ冒険者ライセンスを獲得して初めての冒険だな。どんな気持ちだ?」


「ドキドキします」


「良いぜ。昔を思い出すな。俺も最初の冒険の時は、緊張したものだ。さあハル、まずは弱い敵と戦ってみようか」


 リュウさんと僕は、町外れの草原にやって来た。

 

「この世界は、俺たちがいた地球テルースとは色々と違いがあるんだ。その一つが、マナ・バッファー効果だ」


「はい。冒険者ライセンスの講習で少し習いました」


「そうか。では、まずここで試してみるとするか」


 この異世界では、魔法の力で身体能力を強化する事ができる。


 これを、マナ・バッファー効果、略してバフというらしい。

 

 マナ・バッファー効果は、地球から転生した者に、より強く効果が現れるらしい。


 なぜなのかはよくわかっていないみたいだ。



 ——第二次、魔大戦。


 この世界の人類は、魔族と、その使い魔であるデーモン、そしてモンスターによって、滅亡の危機に瀕していた。

 

 しかし突如、地球テルースから転生した者達が現れた。


 マナ・バッファー効果により強化された転生者たちは、次々と魔物を駆逐していった。

 滅亡寸前だった異世界は、地球テルースからの転生者たちによって救われた。


 僕たち転生者はこのバフの力により、レベルが上がれば上がるほど、マナの影響をより多く受ける事ができるようになり、地球テルースではあり得ない超常的な異能を使えるようになる。

 


 リュウさんは手を合わせて、呪文を唱えた。

 リュウさんの掌から、仄かな明かりが生まれている。


 リュウさんはその明かりを、僕の方に向けた。

 僕の体が、一瞬明かりに包まれて、そして消えた。


「今、ハルの体にバフを付与した。さあ、剣を抜いてみてくれ」


 僕は、剣を抜いた。


 軽い。


 鋼の様な金属で出来た長身の剣なのに、片手で易々と持ち上げられる。

 

 革鎧プレートメイルも装備しているけど、全然重さを感じない。

 講習で習ってから何度か体験しているけど、やっぱり凄い。

 

「ではハル、俺に切り掛かって来るんだ」


「え、リュウさん、良いんですか?」


「ああ、もちろんだ。俺の冒険者レベルは10で、ハルは1だ。このレベルの差が、どれだけのバフとなっているのか、それを体感させてやる。さあ、いつでも来い」


 僕は遠慮がちに、リュウさんに切り掛かった。

 リュウさんは避けようとも、剣を抜こうともせず、僕の剣をまともにその体に受けた。

 

 だが、リュウさんの体に触れる前に、僕の剣はあっさりと弾かれてしまった。

 まるで、見えない空気の膜か何かが、リュウさんの体を包み込んでいるみたいだった。

 

 「なっ……何もしていないのに弾かれました……」


「ああ。これがレベルによるバフ差だ。レベル10の冒険者には最低限、このレベルのバフが付く。弱いモンスターでは、そもそも触れる事すらできないさ」


 ……凄い。


 僕も、いつかこんな風になれるんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る