3話
それから約2年、付き合った私たちは無事に高校を卒業した。
もちろんクラス替えが行われるまでの間は有象無象がチクチクとしてきたけれど、
唯一の存在という認識がそうさせてくれたのかもしれない。
3年時にはそういう声自体なくなって平穏な日々が保たれていたと思う。それも結局、君萱くんが私を守ってくれていた証拠。
そうして同じ大学には行かず、同棲する選択肢を取った。
「「これからも、よろしくお願いします」」
なんてやり取りをここに引っ越してきたときにしたのを今でも覚えている。
それに私は意気込んでいた。ようやく私が貴方を支えることで、守ってあげられるって。料理も家事もそれなりに出来る。だから、大丈夫。
そう思っていたのに……。
「美味しい!」
「本当? 嬉しいよ。ほらっ、ほっぺにソースついてる」
「あ、ありがとう」
レシピ通りの料理より、理解したアレンジを加えている貴方の方が優れてる。
レシピ通りの本物より、ただ模造するだけの私はどこかで微かに加減を間違えてる。
「やっぱり美味しいなぁ。
それでもいつも優しさを忘れない。
嬉しいはもうなくなった。
今はその優しさが苦しいの。屈託のない笑顔が私を苛むの。けれど、真っ白な心が透けて見えるからこそ、それを拒絶することが出来ない。
塵が積もれば積もるほど、私の心には惨めさと情けなさとで山がつくられていく。
このままじゃ、ダメ。そんなことはわかってる。
だから、その度にあなたの為になることをしたいという気持ちが強くなっていった。
日は更に経ち、同棲を始めておおよそ2ヶ月が経った日。
貴方はレポートに取り組んでいた。
教授が手書きでないとダメだっていうからさ、頑張らないと、と自分の部屋で作業をしている。
そういえば、さっき飲み物を持っていったとき、なにか調べものしてたよね。それもパソコンじゃなくて資料のために図書館で借りてきたっていう本を。
これなら私にも手伝えるかも。ううん、絶対できる。
弱っていた自信を奮い立たせて部屋の前まで行ってノックする。
「はーい」
返事を聞いてなかにはいる。良かった、まだ調べものの途中だ。
椅子に座って分厚い本の1ページをじっくり読んでいるところ。
「どうしたの?」
「えっとね、手伝おうと思って」
「大丈夫だよ。そんな大変なものじゃないから」
そうは言っているけど、いつもこっちを向いてくれる貴方が視線を落としたままでいる。それくらい集中しているってこと。
やっぱりここが絶好のチャンス!
「そう言わずにさ、私にも――」
ドンッ
「あっ……」
一歩踏み出した勢いで肘が机の上に置いていたコップにぶつかってしまった。
コロコロとお茶を撒きながら転がっていく。
パリンッ
そして、床に落ちるなり破片までもまき散らす。
たった一瞬の出来事だった。
「ご、ごめんなさい! すぐに――痛っ!」
「危ないからそれ以上触らないで! 手、見せて」
珍しく力を込めて私の腕を掴んできた。すこし痛い。
「ああ、血、出てる。ここいて! 救急箱から絆創膏取ってくるから」
「でも、レポート用紙が」
「そんなのまた書けばいいから。なにも既にあった文字が消えたわけじゃないし」
焦る私と冷静な貴方。
怖がらせないよう声色は優しいはずなのに、私の胸はズキズキと痛みだす。他のなによりも強く、深く、傷をつけていく。
タオルと袋も持ってこようと、部屋を出ていく貴方の姿が見えなくなった瞬間、手をついてへたり込む。
もうイヤッ!
どうして私はいつもこうなの!
今日だけじゃない。家事は二世帯住宅だったからおばあちゃんに教えてもらったっていう生活の知恵を教えてもらうことばかりだし、流行を取り入れるのが上手で選んでくれた服を大学の友達に褒められたりもした。
それに大学も一緒のとこに行かなかったんじゃない、本当は行けなかったんだ。私が当日会場についてから腹痛に見舞われて全然テストに集中できなかったせいで。そのときは帰りに泣きじゃくる私を慰めてくれた。
「やっぱり私がいたら……」
続きを言いたくはない。でも、誰もが私を指さして責任の所在を明らかにしている。
わかってるの、迷惑ばかり。何をしても気を遣わせて、何一つと役に立ってない。
いつでもどこでも守られているだけの私が、ここに居ちゃダメなんだって。
「……ごめんなさい」
気が付いた時には立ち上がり、貴方を置いて家から飛び出るように逃げ出していた。
裸足のまま靴を履いたから踏み込む度に足裏が痛い。急に走り出したから息苦しい。階段を降りていく途中でどこかのお子さんに指を刺されて恥ずかしい。
ただそんなことよりも、こんな状況でさえまだ貴方が追いかけて捕まえてくれると微かに期待している自分が憎らしい。
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