2話
一ヶ月、いや半月も持たずに誰かの声はまた囁かれる。
公の場での被害は限りなく少なくなったけど、それは
決して貴方が入ることのできない2クラス合同で行う体育の女子更衣室。
「聞いた? 隣のクラスの蔵野って子、ありもしないことを捏造して悲劇のヒロインぶってるらしいよ。それで男子に守ってもらおうとしているんだってさ」
「知ってる、知ってる。いつもサッカーの授業でお手本してる子に、特に気に入られてるんでしょ?」
「そうそう。まあ、本当かどうかは分かんないけど」
あくまで噂話。そんな体での陰口がまかり通るこの空間が怖い。
私はなにもしていないのに。
それを
その事実を離さないよう抱きしめて聞こえていないふりをする。
「それにさ、君萱くんも君萱くんだよね」
やめて!
パッと顔をあげる。ただあげるだけ。
私のことはいくらでも言っていいから、君萱くんのことは何も言わないで!
そう叫んで止めたいけど、勇気が出ない。彼みたいに守ることは出来ない。
私にそんな力があるわけない。
結局現実から逃げるようにさっさとこの部屋から出ていくしかなかった。
……伝えよう。君萱くんに。
放課後、部活に入っていない貴方はいつもすぐに帰っていた。
でも、あの日以降は私を校門まで一緒に連れていってくれる。男子からは何も言われないし、どこで急に腕を掴まれて引き連れられるかと思うと、凄く助かっている。
「ねぇ、ちょっと、いいかな?」
私と自分が距離をあからさまに近付けていくと一方的に私に矛先が向けられる。理不尽なその仕組みを十分に把握している貴方は、あれからも人前で特別話しかけてくることはしない。
だからかな、帰ろうの合図でこっちを振り向いた今、声を振り絞って言ったら驚いた。それからすぐに表情を和らげて頷いてくれる。
「じゃあ、帰ろうぜ」
パッと切り替えて、貴方はいつもの男子たちに声をかけ席を立つ。
私もその後ろに引っ付いて視線の矢を体中に浴びながらも教室から出ていった。
これくらいはもうどうってことない。貴方がいてくれたら。
…………そう分かっているはずなのに、私はこの後、支えになってくれている貴方と距離を取ろうとしているなんて、本当馬鹿。
でもそれほどまでに、嫌だった。
私のせいで貴方がどうこう言われている現場を目にするのは。
「んで、どうしたんだ?」
校門のところでいつもと違い、男子達と別れて二人ですこし歩いた先にあるファミレスに入った。
席につき、適当に飲み物を注文してからさっきの続きを促してきた。
「あのね、私、君萱くんにどうしても伝えたいことがあって」
「えっ、ちょ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
急に慌て始めて様子がおかしい。
もしかして、もう君萱くんの耳にも届いていたのかな。守るなんて言った手前、早々に私から手を引くこともできなくなっていて、心に傷をつけられていたりなんかして。私がいることでもしかしたら仲の良い男友達からも煙たがられ始めたとか……。
「ストップ!」
張りのある君萱くんの声にハッとして、落ちていた視線を上げる。
「まだ何も答えてないのに、表情ドンドン曇らせすぎ。展開が急でびっくりしただけで、蔵野の伝えたいってことは俺も聞きたいから。教えてくれない?」
「う、うん。その、私を守るって言ってくれた日から2週間くらい経ったよね。それで気付いたんだ」
「なにに?」
「私のせいで君萱くんの評判まで悪くなっていってるって。受けなくていい傷まで背負ってくれて、迷惑ばかりかけちゃってるって」
貴方は一瞬、目を見張った。そして、口を開こうとしている。
目を逸らしたい。
出来ることなら返される言葉に耳を塞ぎたい。
それでもこれだけはちゃんと伝えたかったから。答えを知らないと。
「そんなわけない――って言っても、心配してこの話を持ち出してくれたくらいだからそう易々と信じてはもらえないよな」
そう覚悟を決めていたのに私のことを気遣ったうえでの、そんな言葉をくれた。
それに当たっている。
簡単に認めちゃったら本当に守られているだけのお嬢様系ヒロイン。ここですぐ引き下がるわけには――
「でもさ」
――いかない。
そう口にしようとしたところで貴方の声にグッと喉を閉じた。
あの時と同じ、冗談の混じり気のない真っ直ぐな表情の貴方に押されて。
「そんなことで逃げ出すほどの覚悟で守るなんて言わないから。悪評判は多分、蔵野がどこかで耳にしてのことだろうけど、屁とも思わないし。
それに、そうやって簡単に悪評を流すようなやつらのご機嫌を取って得られるものよりも、たった一人でも、好きな人の笑顔を見られたらそれで十二分もの成果になるんだよ」
「…………」
怒りと、優しさと、恋情と、恐怖と、多くの感情が含まれた貴方の言葉を受け入れ、心に届かせるために疑心暗鬼のフィルターが邪魔をしてくる。
だけど、幾層に重なったそれを真っ直ぐに抜けた言葉が私の心にぶつかり、勢いのままにその奥まで突き破ってきたそのとき、秘めていた私の想いが光を浴びて導かれるように顔を出した。
「私も、私も君萱くんの笑顔をもっと見たい!」
バッと身を乗り出して、告げた満足感……と共に現実が目に入ってくる。
「え、えーっと、アイスティーお二つになります」
「あっ、あっ、あぁ……」
身体がカッと熱くなっていく。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!
そそくさと去っていく店員さん。なんとか言い訳をしようと間に合わないのに目で追っていたら、貴方と目が合った。
「「あっ」」
多分、私と同じなんだとわかるくらい、顔を火照らせた貴方と。
「…………ありがとう」
らしくない擦れた声と、熱を帯びた微笑みを添えてくれる。
だから私も精一杯のはにかんだ笑顔を返す。
そうして、テーブルに置かれたアイスティーに口を付けた。
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