笑顔の温度

木種

1話

 もし、タイムリープすることができたなら、貴方はいつに帰りたい?


 私と付き合った日? それとも頬を赤らめながらデートで手を握ってくれた日? あっ、もしかして、初めての日?


 ……………………


 ごめんなさい。わかってる。


 変わらない貴方の笑顔を見つめ、追想する。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 高校時代、私は誰に見せても地味と言われるほど主張がなくて、内気で、いつも俯瞰者だった。

 人望厚く、いつ何時も誰かと一緒にいた貴方とはまるで正反対の存在。


 それでも2年生で初めて一緒のクラスになって、前後の席、授業中やHRホームルームの時間にプリントを後ろに回してくれるときだけは、明朗快活な内面がそのまま表に出たような貴方の顔を見ることが出来た。

 それだけで幸せだった……だけど、そのたった一瞬だけは私も表舞台に引きずり出されてしまう。


 貴方に興味のある、あるいは既に好意を寄せている子の目に留まる。

 そして、嫉妬の目を向けられる。


「可愛くもない子が……」

君萱きみがやくんの優しさに付け込んで醜い」

「あの子、中学のときに問題起こしたらしいよ」


 そんなあることないことを囁かれ、鋭利な視線を私に遠慮なく突き刺してきた。


 痛い、怖い、辛い。でも、私が悪いから。


 そう言い聞かせることしかできなかった。けれど、ある日、世界が一変する。

 初めての席替えの日、貴方はくじを引いた私に聞いてきた。


「蔵野はどこだった?」

「えっ」


 あまりに突然で、これまで話なんて殆どしたことがなかったから、キョトンとしてしまう。それが凄く恥ずかしくて、頬が熱くなっていって、それを見られたことにまた恥じらいを覚えて、耳まで紅く染め上げた。


 どうして? どうして? どうして?


 混乱が思考の邪魔をする。まるで幾度も目にした日常の流れかのように、自然にそんなことを聞いてきた貴方の意図が分からない。


「俺に、教えたくない?」

「そ、そんなことない!」


 急に悲しそうな表情なんか浮かべるから、つい大きな声で慌てて否定しちゃった。


 周囲は一瞬驚きはしたものの、男子の興味はすぐに冷める。ただ、多くの女子は目を細めて私のことを睨みつけるように見つめてきたまま。


 馬鹿だ。なにしてんだろ。またなにか言われる。傷つけられる。自分でそれに無理矢理蓋をして、押し隠さないと。


 グッと胸の奥を強く押し潰された、そんな痛みが走る。

 でも、そのとき私に向けられていた視線のなかには貴方が紛れていて、見られたくなかった暗い感情を一面に塗りたくった顔を晒してしまった。


「あのさ、なにかあったら……ていうか、まあ、なにかあるんだろうけど」


 誰かの悪意に気付いた様子で、呆れた声で貴方は言った。

 それから、これまでもこの先も見られることのないはずだった真剣な眼差しで続ける。


「俺が守るから、そんな顔すんなって」


 どういうこと? 貴方が守ってくれるって、信頼も友好もない私なんかを? 


 脳内を見るアプリがあれば、私は今すべて?で覆われていることでしょう。


 だって、本当になにもわからない。その結論に至る要因がひとつもない。

 それにそんなこと言われたら、あの子もあの子もあの子も見ている今、こんな近くで話していたら……。


「だ、大丈夫だから」


 ゆえに私は拒絶する。

 いつまでも傍観者であるために、客席ではなく舞台の袖にはいたいなんてワガママを思わなきゃよかった。


 もう関係のないただの他人に戻りたい。貴方の取り巻きの子たちを遠くから眺める立ち位置がいい。あわよくば、そのなかの誰かが声をかけてくれて一番外で密かに恋心を秘める存在でいれたらいい。


 なのに――


「んなわけないだろ。隠すのが下手くそなんだよ、蔵野は。最近、振り向けば辛そうな顔してさ」


 貴方はそれでも手を伸ばして私の腕を掴んで――


「俺が傍にいるから、もっと笑顔でいてくれよ」


 ギュッと抱き寄せるように引っ張ってくれる。そんな感覚に心奪われた。

 私は足を躍らせて、高鳴る鼓動を貴方の胸に伝えようとしたでしょう。


 現実では変わらず視線を受けているけど、もう怖くない。

 だって一身で耐えなくていいから。私の前に、それらを全て返してくれる貴方がいてくれるから。


「……ありがとう」


 必死にこらえる涙のせいで声が震えちゃう。

 最後まで考えはまとまらないけど、もういいや……。


 貴方が立てる波に心を揺らされて、勢いに身を委ねよう。




 HRホームルームの時間、新しい席につく。窓側最後方の特等席。


 照る陽の光が差し込んでいる。


「いい顔してるじゃん。やっぱり蔵野に暗さは似合わないな」


 ううん、違う。


 貴方の笑顔が輝いて見えるんだ。

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