第113話 分岐する未来

 聞く前はあれほど葛藤があったのに、知ってしまえばあっという間だった。

 まるで物語のようにすんなりと、簡潔に、地球人類が滅ぶまでの過程を知る事が出来た。


 人間の欲望は果てしない、とゲームやアニメの悪役は時折言うが、結局はその通り。

 発展を急ぐ余りに余計なものに手を出して、人類は自滅したのだ。

 自分や家族が死んだ後の遠い未来の出来事のせいか、そのハイ・アイテールなる存在に憎しみや恨みは感じなかった。

 それは恐らく、情報と現実の距離感を捉え損なったせいなのだろう。


 サクマが続けるべきことは、真実の究明だ。


「質問がある。アイテールとは、もしかして【神秘】の事か?」


 この世界に満ちる【神秘】と話に聞くアイテールは、どちらも再生可能エネルギーだ。

 世界の中核を担っていると言っていい。

 もしや共通項があるのではないかとサクマの勘が囁いていた。


『厳密には異なりますが、基本部分では同性質のエネルギーです』

『厳密には異なる……とはどういう意味だ」

『判断中……言語の意味ではなくアイテールと神秘についての関係性を問うもので間違いありませんか?』


 たまに忘れそうになるが、ハイメレはあくまでサポートツールであって人ではない。

 人間なら容易に察するような言葉でも前提の錯誤を起こすことはある。

 確認してくれるだけまだ有難いとサクマは頷いた。


「そうだ」

『アイテールは宇宙全体の空間に満ちていますが、恒星などの大型の星の引力が作用する範囲内では特徴的なスペクトルに変調します。そのため地球圏の外に出ると地球製霊素機関は波長のズレから効率が低下し、全く別の恒星の圏内ではハーモニクス装置を用いても大きなエネルギーロスが生じます。以上の理由から、厳密には地球圏内のアイテールと別恒星付近のアイテールは利用上別のエネルギーとして扱われます』

「電圧の違いみたいなもんか。本質は一緒だが、まるっきり同じようには扱えない訳だ」

『広い視野でならばその認識で問題ありません』


 以前に皆に『地球には神秘がない』と言ったが、それは神秘が人類に発見できていなかったからに過ぎなかったようだ。その気はなかったとはいえ嘘をついてしまったな、と小さな罪悪感が湧くが、今は捨て置く。


「ロータ・ロバリーに生きて辿り着いた人間の話を聞きたい。データはあるか」

『その人物は嘗て日本と呼ばれた国に存在した民族の末裔で、循環型外宇宙航行艦【ガナン】に乗船していました』


 【ガナン】の立体映像と説明が空間に投影された。


 循環型外宇宙航行移民艦『ガナン』

 垂線間長:100km

 最大幅:47km

 常備重量:240億t

 主動力源:離元動力炉(アイテール排除型)


 特徴:高度再利用化により、無補給で100万人規模の人間が生活可能な居住空間を有する星間航行艦。必須設備維持に必要な人員はおよそ3万人であり、人類史上初の原子変換装置を搭載することによって物質的資源に一切の無駄をなくすことに成功している。

 戦闘は着脱式防衛艦【アトス】、【ポルトス】、【アラミス】を含めれば単艦でありながら四隻編成が可能であり、実弾、衝撃弾、エネルギー弾など多彩な火器を所持。更に汎用機動鎧殻を同時200機展開可能。防御面では外壁に攻撃エネルギーを0にする新技術『ディスパネ』が全面的に用いられている。


(宇宙戦艦……こんな時でもなければ、乗ってみたかったと言うんだけどな)

『ただし、この人物は緊急入艦許可の発行ログがあることから正規の乗員ではなかったと推察されます。データベースには名前さえ記載されていません。ハイ・アイテールの襲撃を受けた際、彼女だけが生存。ロータ・ロバリーから放たれた救難シグナルを偶然にも拾い、辿り着いたようです』


 船員が皆殺しにされたにも関わらずたった一人だけ生き延びて、惨劇の船に取り残された女性の胸中を思うと、ぞっとするものがある。彼女にとって救難シグナルはきっと最後の希望であり、そして辿り着いた先で彼女は希望を断たれた。

 なぜなら、救難信号を送った連中はとうの昔に殺されていたのだから。


『女性は高度な生物学的知識を有していたようで、ロータ・ロバリーに地球人に似た性質を持つ全く別種の生命体を生み出し、ガナン内部に保存されていた継承文化を彼らが手にするよう様々な細工を施しました。それらの細工は、【ウジン】に既に大部分を改造された当惑星では難しいことではありませんでした』


 つまり、彼女はあの地下の装置のようなものを使ってこの星に【人類】を作った。

 この星の人間がサクマと同じような体格で恐ろしく戦闘能力が高い事があるのも、そうした品種として作られたからだろう。

 とすると、魔物は実験動物の名残か何かだろうか。


「魔物の事も気になるが、そうか……腑に落ちることもある」


 エレミア教の経典だの、古代のレシピだのに地球の名残を感じたのは、その最後の地球人の女性が残したもの。名前が近かったり、時としてまんまな名前の料理があったのはちゃんとした理由があったようだ。

 よりにもよって犯罪組織の実験場で育った生物が地球文明の継承者になるとは数奇な話である。

 ハイメレは恐らく彼女自身がそうした細工をする為の補助システムとして生み出したのではないか、と推測する。

 生物学のみならずプログラミングまで優秀とは、よほどの大物だったに違いない。

 ある意味、彼女が生き残らなければ地球の名残は完全に消滅していたかもしれない。


『女性はその後、ハイ・アイテールについて研究を行い、ロータ・ロバリーがハイ・アイテールの干渉を受けない為の措置を施したのち、老衰で亡くなりました』

「そうか……それで、何故彼女はハイ・アイテールに殺されなかったんだ? ハイ・アイテールの目的は? 具体的な措置の内容……いや、そもそもまだハイ・アイテールの脅威は存在しているのか?」

『検索……検索……当該端末のアクセス権限では情報を開示できません。上位端末によりメインサーバーの認証が必要です』

「ちっ」


 今までなんでも答えてくれたハイメレの裏切りに舌打ちが漏れる。

 どうにもそこまで上手い話はなかったらしい。

 しかし、不明ですの一言で片づけられるよりはまだ希望がある。


「俺が地球人であることをお前は正しく認識しているな? では、何故俺は西暦の時代から未来のロータ・ロバリーに送られたのか、その原因を答えろ」

『検索……検索……当該端末のアクセス権限では情報を開示できません。上位端末によりメインサーバーの認証が必要です』

「認証があれば、答えるんだな? 不明という訳ではないのだな?」

『質問への回答権限が当該端末にはありません』

「禅問答対策にセキュリティはバッチリって訳か。そもそも認証とやらは俺に降りるものなのか?」

『当該システムは地球人のサポートの為のシステムであるため、特別の理由がない限り拒否されることはありません』

「特別の理由とは?」

『情報開示によって、対象ユーザーに著しい悪影響が及ぼされると論理的に予測される状況です』

「確かめてみないと分からない、か。もっとストレスフリーに事を運びたいもんだ」


 正直に言えば、未だに真実を知る事への不安はある。

 しかし、これほど高度な情報処理とサポートを行えるシステムの上位端末ともなれば、この端末では知り得ない情報を山ほど表示出来ておかしくはない。きっとそれは、このロータ・ロバリーで繰り返される魔物と人との戦いの秘密にも繋がっている筈だ。


「上位端末はどこにある」

『イルミネイターリンク……現在地から最も近いのは、【第八垂直構造体マエスティーティア】を経由するルートです。マエスティーティアは二日前にユーザーが足を踏み入れた人造新人類研究所から入る事が出来ます。施設内のシステムはこの端末でアクセスが可能です』

「地下の人造人間を生成してた場所か……あれについての質問も、回答権限がないんだろうな」

『質問の内容にもよりますが、回答可能範囲に大きな制限があります』


 その後、サクマはいくつか細かい確認を行ったが、その多くが大した情報にならない、または権限が足りずに確認できなかった。しかし、それが逆にサクマの決心を固めた。


「上等じゃないか。上位端末まで押しかけてやる」


 明日、この星の住民と共に暴ける全てを暴く。

 全てが終わった時、サクマがどうなるのかはサクマ自身にも分からない。


 それでも。


「ちゃんと目的があって生きるってのは、いいもんだな」


 この世界は、灰色じゃない。




 ◇ ◆




 たっぷり一日を使って休み体調を取り戻したサクマは、宮殿へ向かうことを皆に告げた。


 セツナの事は一旦シオリたちに預けることにした。

 ここから先のややこしい話に無駄に巻き込みたくない。

 セツナは思いのほか強く食い止めようとしてきた。


「どうしても行かないと、だめなの?」

「うん。そうしないと気が収まらなくなっちゃったんだ」

「わたしが……本当の家族じゃない、から?」

「セツナ、それだけは違うぞ」

「でも……サクマは家族に会えなくなって寂しいんでしょ。それって、わたしだけじゃダメってことなんじゃないの?」


 そんなことを聞かれるとは思わず、一瞬言葉に詰まった。

 自分が不甲斐ないせいでセツナにとんだ勘違いをさせてしまったようだ。

 或いは、セツナを可愛がったことの根底には家族に会えないことへの代償行動的な側面があったのかもしれない。

 しかし、セツナが自分のことをそんな風に思うのはサクマも辛かった。


「セツナ。確かに家族のことは凄くショックだった。後になって思い出してまた悲しむかもしれない。この世界に二人の代わりなんていないからな」

「サクマ……」

「でもな、セツナ。セツナの代わりだって、世界中何処を探したって見つかりっこないんだぜ。人はな、セツナ……家族の為なら頑張れることもあるんだ」


 サクマはそう言って、セツナを優しく抱きしめた。

 この手の内にある小さな命の鼓動が、今はサクマを現実に強く留めてくれる。

 大丈夫だ、新木にき咲真さくま

 お前はまだ人の為に力を振り絞れる人間性を失ってはいない。


 ――セツナちゃん、そろそろ……。


 シオリが気を遣ってセツナにサクマから手を放してあげるよう促す。

 背中を押してくれた上に子供の面倒も見てくれるシオリには感謝しかない。

 冷静に考えると彼女は五歳くらい年下であることを思い出し自分って駄目人間だなと思うけれど、彼女に出会わなければここまで進んでこれなかっただろう。

 上目遣いのセツナは最後まで、何かを考えていた。


「サクマ……わたし、今のままじゃだれも助けられない……」

「なら、帰って一緒に強くなろう。俺も助けられてばっかりだ……全部はっきりさせて、また一緒に泡沫の宿に帰ろう」


 セツナの心配する声を振り切るのは辛かったが、もう少しの辛抱だと言い聞かせた。

 彼女の正体がなんであれ、サクマの答えは決まり切っているのだから。


 ――その日の昼、玉座からサクマを見下ろす白狼女帝ネスキオは満足げに、そしてどこか成長を祝うように告げる。


「その顔、どうやら快い返事が聞けそうじゃの? では、改めて頼もう。サクマよ、我が国のリメインズの調査に協力せよ。褒美は大きいぞ? なにせこのエドマ氷国連合を束ねる盟主に恩を売れるのだからな」

「互いに得がある話で結構だ。その依頼、謹んで承った」


 リメインズを探索する他のメンバーは、あの日、宮殿より続く地下へ向かったのと同じメンバーになる。戦闘力や思慮、能力共に頼もしい面子で、特に重戦士の協力は心強い。

 物理的妨害が入っても、これだけの面子なら如何様にでも埒を明けられよう。


「今度こそ暴く。この異世界もどきの全容ってヤツを……!」


 旅の終わりか、将又始まりか。

 運命を決める瞬間は、着実に近づいていた。

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