第114話 ヒトの与り知らぬ場所

 目的はサクマの提案で、上位端末の発見だ。

 まず、サクマはハイメレと自分の境遇について、エドマ氷国連合側にざっくりと説明した。

 詳細までは言わなかったが、彼らよりは詳細を知るブラッドリーとカナリアは何も言わなかった。空気を読んでくれたのだろう。


 結局のところ、ロバリー組の知りたいこととサクマの知りたいことで最も重要な部分は、上位端末でアクセスしないことには情報が引き出せないとサクマは説明し、いくつか実演して見せた。

 地球とロータ・ロバリーの関係については、今それを話しても余計な混乱と無駄な時間を割くだけだと話していない。話したくないという思いがないわけではないが、事実でもある。


 という訳で、リメインズ攻略が開始された。

 餅は餅屋、リメインズのことはマーセナリーに聞けば早い。

 元マーセナリーであるブラッドリーとカナリアが、この間来た道を下降しながら軽く説明する。


「リメインズにはそれぞれ名前がある。俺とカナリアたちがいたのはラクシュリア。西大陸の中央より少し南の場所だな。西大陸には他に東の山岳地帯のすぐ近くに一つと、南に一つある。確か名前はアーチェディアとエンヴィディア。あとは西大陸より東、不可知海流ウィムジカルカレントの影響が少ない場所に一つ、イラだったか。東大陸の……場所はよく知らんがあちらにも三か所あるらしい」

(ラクシュリア、アーチェディア、エンヴィディア、イラ……七つの大罪、だっけ?)


 厳密には発音は少し違った気がするが、恐らくラテン語がベースで、それぞれ色欲、怠惰、嫉妬、憤怒――地球ではかの有名な『七つの大罪』だ。

 ではこの場所、マエスティーティアとは何なのかを調べると、悲嘆という意味が出てきた。

 どういうことか考えあぐねてハイメレに聞いてみると、七つの大罪の元になった八つの枢要罪と混ざっている可能性があると指摘された。これは地球人類史末期に見られた高度情報化の弊害で、情報が溢れ過ぎたことで誤った認識や解釈が正史のように捏造されやすく判別も困難な時代だったのだという。


 そういえばエレミア教の故事も言葉は聞いた事があるのに妙なところでトンチキ解釈が飛び出るものが多かったが、あれはそういうことだったのかとサクマは一人納得した。


 探索に同道するネスキオが二人の説明に首を傾げる。


「らしい、とは奥歯に物が詰まった言い様よのう?」

「東大陸は巨人ダラボムを含め、西大陸とは大きく様相やサイズの異なる人種が多いですし、ギルド進出も始まって十年少ししか経過してません。なんとか周囲に城塞都市は建設されていますが、調査まで手が回らないのが実情でしょう」

「という訳で、実際には俺たちは西大陸タイプのリメインズしか知らん。大陸の向こうのリメインズと同じかどうかは情報が少なすぎて直に行かないと分からない」


 どうやら西大陸と東大陸の分断は、陸上戦艦などというものが開発された現在でも深刻なようだ。種族としてのタイプが大きく異なるというのも気になるが、今は構造体としてのリメインズの知識が必要なのでブラッドリーが話を切り替えた。


「リメインズの中は基本、ドーム状の部屋が下へ下へと重なるように出来ている。上下には必ず一か所は出入り口がある。ドーム内は多種多様……森林だったり荒れ地だったり巨大水槽があったり、階層ごとに様相が異なる。天井には擬似的な空まで映し出されているから外と見間違うが、実際には日が沈んでも明るいままだったりする。尤も、このリメンズは違う気がするが」

「その根拠はなんじゃ。言うてみぃ」

「このリメインズの直径は聞いたが、明らかに狭い。他のリメインズなら大都市がすっぽり入る面積だというのに、ここはその半分どころか五分の一にも満たない。内部も覗いたが、明らかに趣が異なる。リメインズ内には時折隠し部屋があって、大抵そこには古代文明の遺産が残っているが……そういう部屋と似た雰囲気を感じた」


 ネスキオに促され、ブラッドリーははきはきと喋る。

 以前はもっとローテンションで途切れの多い喋り方だったが、恐らくシグル時代のコミュ力が多少反映されているのだろうとサクマは推測する。

 ネスキオは彼の説明にある程度得心がいったように頷く。


「確かに調査の際は部屋がとにかく多く、様々に区切られておった。魔物ではなく人間が使っていたかの如くな」

「最初は考えが纏まらなかったが……お前の話を聞いていて思ったんだ、ネスキオ。他のリメインズは嘗て魔物を観察したり研究するケージだったんじゃないかと。倒しても倒してもどこからともなく魔物が居なくなった分だけ補充される……個体数を一定に保った環境で、色々研究でもしてたんじゃないだろうか」


 その場の全員が返事は返さないが、否定的な顔もしない。

 サクマ自身、リメインズに行ったことはないがそれは大いにあり得ると思う。


「西大陸が生物実験を主にしたリメインズだったなら、ここは別の事を主に行うために設計されたのではないだろうか。実際、ここには自律機械オプスマキーネしか敵がいなくて、破壊されても補充されていない」


 聞けば聞く程、このリメインズは他と違い過ぎる。

 サクマはふと昨日の事を思い出した。


「そういえば、ハイメレが言ってたな……このリメインズが第八垂直構造体だって。リメインズは確認されているだけで七つ、そしてここが第八ってことは、実は最後に作られたリメインズだったりして」

「なぬっ、そんなことまで確認できるのかその板切れは!! 余も欲しいのう、欲しいのう!」


 連合盟主が物欲しそうに手をスリスリしてこちらを見ている。


「と言っているが、どうなんだハイメレ」

『どう、の意味が不明瞭ですが、現在この世界にユーザー権限を持っているのはユーザー唯一人です。すべてはユーザー次第でしょう』

「よよよ、ハイメレは冷たい女子おなごじゃのう……」


 この盟主、嘘泣きまでしてノリノリすぎるなとサクマは呆れた。

 嘘泣きの裏で殺してでも奪い取ろうなんて考えてたら非常に困る。

 幸いにしてネスキオはさばさばした性格ですぐに切り替えてくれた。


「まぁよいわ。とどのつまり、このリメインズではこれまでのリメインズのセオリーが通じない可能性が高い訳だな」

「ああ。今の所危険度は低いが、油断は禁物だ。サクマ、己の防衛を怠ってはいないな?」

「そりゃもちろん。今なら魔将相手でも暫くは持ちこたえられるぜ」


 具体的には歪曲、屈折、反射、物理の四重障壁を貼り、映像屈折で自分の前方に虚像を先行させ、オートカウンター術式と任意で使い勝手が良く、なおかつ屋内で使いやすい術をいくつか使えるようセットしている。

 話を聞いたカナリアがぱぁっと表情を明るくする。


「ということは今日だけサクマさんに誤射跳弾し放題ですか!?」

「何オッソロシイこと可愛い笑顔で言ってんだこの女イカれてんのか!?」

「やだぁ、可愛いだなんて褒めたって今更あげられるものなんて弾丸ぐらいしかありませんよぅ!」


 瞬間、バキュゥンッ!! と一昔前のドラマの発砲音みたいな音を立てて俺の顔面直撃コースで弾丸が放たれた。


「どえぇぇぇぇえぇッ!? 今掠った!! 俺の張った歪曲障壁に掠った!? お前このホントマジでふざけんなよボケゴルゥアッ!!」

「おお、直撃コースだったのに本当に大丈夫みたいですねアダァッ!?」


 ごっきゃぁぁぁぁんッ!! と、ブラッドリーの鉄拳がカナリアに直撃して聞いたことのない音が響いた。余りの衝撃にカナリアさんの首に小さな亀裂が入り、近衛兵もドン引きしてる威力で床が揺れた。衝撃で頭がくらくらしているカナリアの頭上から、ブラッドリーの鬼教官もかくやというドスの利いた声が降り注ぐ。


「いい加減に、しろ。事故、跳弾、器物破損に繋がるから軽率な発砲をするなとリメインズ時代から耳にたこが出来るほど言った筈だが、水でもぶっかけられたいか?」

「は、反省します。しょぼーん……」

「あーっはっはっはっはっはっ!! まるで父御ててごのようじゃのうブラッドリー!! おぬしら漫才師として宮廷に仕えぬか!? のう、侍女もいいと思わぬか!?」

「それ笑えるの女帝様くらいですからやめてください」


 この侍女も今更ながら盟主に対してフランクすぎるなとサクマは思った。

 閑話休題。


「ハイメレ、ロック開けろ」

『認証中……終了、ロック解放します。前方をしっかり確認して進んでください』


 ぷしゅ、と微かな音を立て、スライド式の壁が解放される。

 ブラッドリーとカナリアが素早く部屋の先を確認すると、自律機械が数機いた。

 が、休止状態にあったのか起動までに時間があったため、先制攻撃の発砲などで容赦なく破壊して無力化する。


 先ほどからこの調子で次々に扉という扉、隔壁という隔壁を開放して一行は邁進している。

 マエスティーティアのマップはスマホのアクセス権内らしく、メンバーは着実に目的地に近づいていた。


「ふぅむ。こうも簡単じゃと拍子抜けじゃのう。重要な研究所であれば物理的なセキュリティも障害になるかと思っておったが……まぁ、最後まで気は抜かずにおくか」


 顎を撫でて思案するネスキオだが、サクマは「最後の地球人」の話を知っているから、最初から突破不能なものはないとは踏んでいた。どのリメインズも、恐らく最後には攻略し切れるような調整がされている。すぐに渡さないのは、段階を踏ませなければ進歩を急ぎ過ぎた人類が地球と同じ過ちを冒すリスクを考えたのだろう。


 そしてこの建築物は、恐らく本来は順番にロックが解放されていく性質のものだったのだろう。

 サクマがユーザー権限とやらで次々にこじ開けているから早いのも確実に理由の一つだ。


(――と、理屈は通るが……若干の腑に落ちなさはあるかな)


 これは本来の手続きを無視した、恐らくは望まれない遺産の譲渡だ。

 ハイメレのシステムを作る程の人物が、この事態に対応する保険やセキュリティを仕掛けていてもおかしくはない。それこそAIの類を一つ二つ設置するくらいでこの事態は防げた可能性が高い。

 気にし始めると、様々な事が気にかかる。


(始まりはセツナのことと、シオリへの突然の辞令。それが俺がここにこのタイミングで来ることになった切っ掛け。でも辞令は突然で、しかもシオリを指名する形になったのは、理屈上不条理とは言わないものの不自然ではあった。そして真実を知り、俺は紆余曲折あって下を目指す。すべては偶然……では、ない?)


 もし、この移動が何者かの意図のままだとしたら――しかし、引き返したところで事態は何も進展しない。

 結局、虎穴に入らずんば虎子を得ることは出来ないのだ。


 そして、サクマ達は時間を掛けて最奥の間への入り口へと辿り着いた。

 目の前の最後の門を見上げ、周囲に伝える。


「――ここが、データ上では最後のロックだ」


 そこには巨大な隔壁があった。

 ロボットアニメの隔壁みたいな、巨大で重厚な壁。

 アカヌトビラとどちらが頑丈か見物だと思う。

 サクマは一度背後を振り返った。


「何があるかは全く分からんが、準備はいいか?」


 返答はブラッドリーと白狼女帝。


「万一の為に俺が先頭に立つ。セキュリティの類も俺なら死にはしない」

「近衛二人はブラッドリーのバックに付け。カナリアは背後を警戒。妾はここでサクマと侍女を守ろう」


 手早く準備は終了。サクマはハイメレに語り掛ける。


「隔壁を解放しろ」

『情報処理中――認証。電子ロック解除、物理ロック解放、隔壁を開放します』


 ゴウン、ゴウンと重苦しい金属音と共に扉がゆっくりと解放されていく。

 大きな歯車が回り、閂のような金属の棒が幾つも外れ、技術の粋を尽くしたような厳重で複雑な構造が開くたび、その隙間から肌寒い空気が噴き出すように漏れる。


 扉が完全に開いた先にあったのは――円形に並べられた巨大なモニタとホロボード。

 そして、その中央に存在する幾つものユニットを連結させて構成された大樹の如き機械の塊。

 まさにSFに出てくる巨大なメインコンピュータ、と言わんばかりにその巨体は空調の効いた部屋に鎮座する。一万年以上誰にも触られることなく、しかし人が触る為に存在し続けたそれは画面に文字と記号の羅列を音もなく吐き出し続け、数秒の間を置いてモニタが真っ白になった。


『入室者を地球人と認定。上位端末から認可。ようこそ、サクマ。貴方を第一権限ユーザーとして正式に登録しました。なんなりと確認してください』


 星の核心に、到達した。

 知るのは希望か絶望か――武器も神秘も用いない、サクマの戦いが始まった。

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