第112話 たったひとつの事実

 サクマさんは現在、死にそうな顔をしています。


「冷静に考えたら俺は辛い現実を理由にシオリにオギャっただけの最低な野郎なのではないだろうか。急速に死にたくなってきた」


 全く意味は分かりませんが、男の矜持に泥を塗ってしまった的なことのようです。

 男の人はそういうのにこだわりが深いらしいのでそっとしておきましょう。


 しかし、時間を置いて改めて考えるとサクマさんの話はやはりシオリの理解が及ばない部分が多いです。サクマさんは自分の故郷が過去でここが未来と言っていましたが、シオリから見れば今は今でしかありません。


 そもそも、未来に行くとか過去に戻るとか、実現できるとは思えません。

 それともサクマさんの世界ではそれが可能だったのでしょうか?


「……相対性理論を信じるなら、時間は常に一定ではない、らしい。俺達の生活ではその変化が余りにも微細すぎて変化がないように見えるが、通常を遥かに超える速度で移動する乗り物で生活していると、外の時間より時の流れが遅くなり、乗り物から出た頃には周りがすっかり歳をとっている、みたいなことが理論上はあり得る……らしい。俺は学者じゃないから分からんが、この理論を突き詰めれば時間退行は可能なのかもしれない……どっちにしろ俺の時代には、あんな技術は……」


 そこでサクマさんは言葉を切り、暫く考え、首を振りました。


「……いや。とにかく、絶対ありえなくはないんだ。大体俺たちはもう二人も時間の概念を部分的に覆してる人を見たじゃないか。エルディーネとクロエだ」


 言われてみれば、確かにそうです。エルディーネさんは女神の加護ということですが、クロエくんは自力でそうしているらしいです。自分が年を取らない状態でいれば、相対的には未来に行くことになっていると言えなくもありません。

 例えば年を取らない状態になって、そのまま何年も眠り続ければ、目が覚めた人には未来に来たように思えるでしょう。

 トンチのような気もしますが、否定するほど間違ってもいません。


 ――しかし結局のところ、変わらないのではないでしょうか。


「現在も過去も未来も、変えられないってか」


 ――いえ、そうではなくて。


 ――サクマさんのやるべきことは、変わらないのではないでしょうか。


 ――サクマさんは過去の告白をした翌日、言っていたではありませんか。


 ――ここが何処で、どういう経緯で飛ばされたのか調べる、と。


「でも、知っちまった今となっちゃ……」


 ――何言ってるんです、未だに謎だらけじゃないですか。


 普段はこういうときに妙に冴えているサクマさんの頭脳はまだ本調子ではないようなので、シオリが代わりに謎を述べます。


 ここがどこかは分かっても、サクマさんが何故ここに来させられたか、そしてそれが何者の手引き、どういった事象によって引き起こされたのか全く分かっていません。

 地球の手引きか、ロータ・ロバリーの手引きか、他の誰かの手引きか、それとも何らかの事情がいくつも重なって奇跡的に起きたのか、分かっていません。


 しかし、もしロータ・ロバリーにこの時間を超えた拉致事件の首謀者がいるのなら、その相手には明確な目的が存在した筈です。

 もしそうだとすれば、何故サクマさんがこんな目に遭わなければならなかったのかの答えに最も近い存在を見つけずして、何が究明と呼べましょうか。


 ――サクマさん。


「……シオリ」


 ――もしかしたらこの先、真実を追うのは辛いことかもしれません。


 ――目を背けたくなるような現実があるかもしれません。


 ――残酷な選択があるかもしれません。


 ――もしかしたらサクマさんとシオリたち達が一緒に居られなくなるかもしれません。


 ――進まないという選択も、あります。


「……」


 サクマさんは無言でうつむきました。


 シオリは話の半分以上が未だに見えていませんが、もしもサクマさんが未来に来たのが過去を変える為ならば、それは未来に生きる人を何らかの形で犠牲にするのでしょう。どう犠牲になるのかは分かりませんが、サクマさんが泣きながら「出来ない」と言うくらいには残酷なことなのでしょう。


 ――哀しい結末を迎えるのは、もちろん嫌です。


 ――でも、選択とはそこに至る過程を全て理解してこその選択です。


 ――契約内容を碌すっぽ確認せずに二つ返事することは、選択とは言えません。


 ――選択肢を示されるまで進むのか、留まるのか……。


 ――サクマさんは、どうしますか?


 ――行き先に待っているのは絶望だけとは限りません。


 ――可能性の存否さえ排斥し、留まりますか?


 ――それとも、希望を信じて進みますか?


「……お前はどうするんだ、シオリ」


 ――私は何があってもギルドの受付嬢で、貴方の担当です。


 ――何度問われても、職を辞するその日までずっと。


「……だよな。知ってたくせに何馬鹿なこと言ってんだか、俺」


 サクマさんは天井を見上げてぼうっとして、不意に呟きます。


「セツナが最初に口にした言葉……実は、ギルドで初めてシオリに会った日のあれなんだ」


 最初に会った日のあれといえば、恐らくはサクマさんの書類申請が通って晴れて冒険者になったあの日のことでしょう。そのときのシオリはサクマさんもニーベルさんもとんでもないドクズかもしれないと戦々恐々していたのは秘密です。

 サクマさんが言いたいのは、セツナちゃんが二人の服を手で引っ張って告げたあれでしょう。


「舌足らずで言葉って言えるか分からんが、声で意味が伝わるならそれも言葉だと思う。セツナは……『一緒がいい』って、たぶん言った。だから、俺は進む。セツナと一緒にいられる未来ってのを探すために……駄目かな」


 最後に自信なさげな一言が入ったのが少々締まりません。


 ――決めたのなら駄目もいいもないでしょう。


 ――冒険者は有言実行が基本ですよ、サクマさん。


「そっか。そうだな……ありがとう。お前が……いや、シオリが俺の担当受付嬢でよかった。素直にそう思う」


 こうして、サクマさんの相談は無事に幕を閉じました。

 ヘタレな所があるサクマさんはこれからも転んで塞ぎ込むかもしれませんが、シオリはもう少しだけサクマさんの出来るところを信じてあげようと思いました。 




 ◆ ◇




 シオリを見送り、脳と肉体をきちんと動かす為に軽食を無理やり喉に流し込み、もう少し考え事をするから待ってくれと心配する周囲に言い残して術で外界と遮断した部屋に籠り、サクマはスマホをテーブルに立てかける。

 プラスチックが普及していないこの世界ではこれが精一杯の、重くて不格好なスタンドに腰掛けたスマホに、サクマは問いかけた。


Hai-mereハイ メレ 。地球人が事実上滅亡した経緯を、西暦2000年以降の情報を主に要約して教えろ」

『了解しました。データベース参照、言語最適化、整理中……整理終了しました』


 確認はいつでも出来たが、怖くて出来なかった。

 だが、事ここに至って見なかったフリなど出来ない。

 サポートツール【ハイメレ】は淡々と語る。

 閉ざされし禁断の歴史か、或いは継承者がいなくなった文明の遺産か。



『事の発端は西暦2021年の8月16日。この日、中華人民共和国の研究実験にて新たなエネルギー源が発見されました』


『既存のあらゆるエネルギー源と一線を画す超自然エネルギーはアイテールと名付けられました』


『アイテールはそれまで架空のエネルギーとされたエーテルになぞらえて名付けられたエネルギー源であり、極めて優秀な再生可能エネルギーとして世界に普及していきました』


『第一次霊素革命と呼ばれる技術革新時代の到来です』


『人類は今後到達するまでに数百年がかかるとされた技術を短縮して手に入れ、各地での技術革新を続け、およそ200年後の第二次霊素革命発生の際には火星への移住――テラフォーミングを何の技術的問題もなく成功させるまで発展しました』


『その後、地球人類はアイテールの恩恵によって発展し続けていくものと思われました。しかし、ここで地球人類最後の契機が発生しました』


『――このとき既に本格的宇宙進出と同時に西暦が廃止されていましたが、ユーザーの理解度を優先して西暦と仮定した数値を出します。西暦3557年8月15日、より高純度のアイテール――【ハイ・アイテール】の生成実験とその結果が、人類が予想だにしない事態を引き起こしました』


『――ハイ・アイテールは自我を持つ個体として出現したのです。実験は成功でしたが、その結果は取り返しのつかないものでした』


『ハイ・アイテールは出現と同時に、空間そのものに満ちるアイテールを支配下に置き、地球人類に攻撃を開始しました。理由は一切不明です。元々そうした性質を持っているのか、自我を得る過程で人類を滅ぼす思考を持ったのかは定かではありません。コミュニケーション能力はありましたが、相互理解を求める様子はなく、ただ一方的に地球人類は――正確には、地球由来の生物全てが敵とみなされました』


『霊素革命を二度経験し発展した最新鋭の防衛兵器も、宇宙軍の侵略兵器も、全ては時間稼ぎ程度の効果しかありませんでした。大地球連盟はハイ・アイテールへの対抗手段を講じる時間なしと判断し、地球人の惑星外退去を命じ、数多くの宇宙航行船が地球圏を脱出しました』


『しかし、ハイ・アイテールは地球の外まで追撃を仕掛けてきました』


『地球人は様々な手段を講じてこれに抵抗しましたが、全てが失敗。移住惑星や恒星、人工居住衛星等に至るまで全ての地球人活動範囲の人類が絶えていきました』




『――状況説明のために一度この話を中断し、ロータ・ロバリーと地球の関りについて説明いたします』


『事件よりおよそ900年前、ハイパースペース航法を用いて地球圏の外へ探査に向かった幾つかの外宇宙航行船の一つ、【ヴィゾーヴニル】は、移動先で地球と比較的条件の近い惑星を発見しました』


『しかし、この事実は大地球連盟の耳に及ぶことはありませんでした』


『何故ならば、ヴィゾーヴニルは航行中に地球圏で活動する反政府非合法組織【ウジン】に支配され、情報シグナルを自ら断つことで地球からは消えた船として扱われていたからです』


『地球圏に知られることなく一つの惑星を入手した【ウジン】はここを生物実験惑星として扱い始めます。知的生命体の祖先になるかもしれない程度の生物しか存在しなかった、そこはコードネーム・ロータ・ロバリー……この星は惑星型の実験場と化しました』


『宇宙法で禁止された原生生物や生態系への過度な干渉や倫理を超えた生物実験も、ここでは行われました。すべてはアイテールにより深く適合した生物兵器を生成する為です』


『しかし、【ウジン】の生物実験は一定の成果が得られたものの、大きな技術的問題があり、当初の想定ほどの利益を生み出せなかったとデータにはあります』




『――ここでハイ・アイテールと地球の話へと戻ります』


『ハイ・アイテールは地球から遥か遠く離れたロータ・ロバリーにまで襲撃してきました』


『180万光年という距離を一切無視した出現であり、当惑星にいた【ウジン】構成員は為す術もなく殺害されました。しかし不思議な事に、ロータ・ロバリー内に存在した実験生物は一部殺害対象にはなったものの、その他の生物は放置されました』


『それが進化し、後に繁栄したのがこの星の人類ということになります』


『こうして地球人類は完全に死滅しました』




『たった一人、ハイ・アイテールからの追撃を奇跡的に逃れ、ハイメレを完成させ、ロータ・ロバリーで天寿を全うした最後の人間と――新たなユーザーの出現という例外を除いて』

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