Act.10 受付の外で起きるコト

第109話 今、貴方は何を思うのか

 エドマ氷国連合の食事は大陸に比べて大分独特な気がします。


 主に炙り料理、煮込み料理、保存食を利用した料理が多く、シェリアちゃんは少し不満だったようです。ただ、全体的に明るいとは言えない食糧事情を理解しているのか逆に理解を示していました。


「私の故郷も森の中だったから、冬になれば結構似たようなものなのよね。干し肉、魚の干物、ドライフルーツに豆中心の煮込み料理……ここだけの話、冒険者になって森を出たのはそれが嫌だったのもちょっとだけあるの」


 苦笑いするシェリアちゃんに母国の料理の文句ともとれる言葉を言われたグラキオちゃんは怒る……かと思いきや、そうでもありません。


「んむ。ネスキオ様もその事を気にして食料改革に力を入れておるからな。温熱を利用して冬も新鮮な作物を効率的に育てられるよう研究中じゃ」

「どうしてもこの時期って豆スープばっかりで、パリっとした葉物とか恋しくなるものねー」

「あとは果実じゃ! 噛んだら皮が割れて甘ーい汁が口に広がるあれが欲しい! ジャムでは満足できぬのじゃ!」

「ああ、分かる! すごい分かるわよ!」


 まさかの意気投合です。

 シオリ的にはエドマ氷国連合の料理も新鮮味があったのですが、それはあくまで普段食べることがないから。毎日のように食べていた時期のある彼女たちは別の新鮮味を求めているようです。


 それにしても、結局サクマさんもセツナちゃんも宮殿に行ったまま戻ってきませんでした。

 曰く、サクマさんが少し体調を崩してしまったため宮殿に泊まっているのだそうです。

 なんとなくサクマさんは万能な存在だと思ってしまいがちですが、彼は心身共にさほど丈夫ではなく、むしろ不健康側に近い存在です。西大陸からエドマ氷国連合への移動による急激な環境変化がいうストレスになり、今になって身体に来たのかもしれません。


 今日は急ぎの用事もありませんし、お見舞いにでも行きましょうか。

 と――そんな話をしていると、前方に見覚えのある桜色の髪とふわふわした白髪が見えました。

 サクマさんとセツナちゃんです。

 こちらの気付いたセツナちゃんが大きく手を振ります。


「あっ、シオリたちだ! おーい、おはよー! ほら、サクマ!」

「……あ、ああ。おはようさん」


 少し遅れてサクマさんが気持ちの入らない挨拶をします。

 どうやら体調は万全とは程遠いようで、心なしか顔色もよくありません。

 ニーベルさんは挨拶するなり近づいて心配そうに覗き込みます。


「見た所まだ調子が戻ってないみたいだな。出歩いて大丈夫か?」

「ああ……歩いた方がまだ、気が紛れるからな」

「無理だけはするなよ」

「……」

「……成程。分かった。落ち着くまで無理しないようにな」


 一瞬、二人の間に不自然な沈黙がありましたが、ニーベルさんは納得したように頷くとセツナちゃんにしゃがんで視線を合わせます。


「セツナ、サクマのことをしっかり見ていてやってくれ」

「……うん」


 普段ならセツナちゃんは元気に返事して、サクマさんが「それ俺! 俺に言う台詞!」と主張する所なのに、どこか三人の様子がおかしい気がします。

 ニーベルさんは頷くと立ち上がってこちらを向きます。


「皆、そういう訳だからサクマは一旦セツナにまかせよう。サクマも変に気遣われながら観光しちゃ素直に楽しめないしね」


 やや唐突に思える話の切り替えですが、言っていることは正論なのでみんな多少の戸惑いがありながらも頷きます。


「え、うん……サクマ! 散歩もほどほどにしっかり休養してね?」

「うむ。賓客証を持っておれば衛兵などにも話は通じる故、どうしても気分が優れぬなら頼ってみるとよいぞ」


 シオリも、休むときは休むのも冒険者の仕事ですよ、と念押ししてその場を去ります。

 サクマさんの親友であるニーベルさんが態々距離を取らせるような事を口にしたということは、シオリがここでごねるべきことではないのだろうと察して。


 ――二人と離れて暫く経ったのち、ニーベルさんが口を開きます。


「何か、相当堪えることがあったみたいだ。無理するなって言ったとき、今まさに無理してるって怒鳴り散らしそうな顔だった。あそこまで余裕がないサクマを見るのは俺も初めてだ……」


 あの一瞬でそこまでサクマさんの心情を理解するとは、スゴイを通り越して若干気持ち悪いまであるなぁ、とシオリは内心で失礼な事を思いました。

 他の面々もそこまで通じ合えなかったので驚いています。

 こういうときに茶化しを入れるサーヤさんも黙って話を聞いています。


「セツナがいる間はヤケは起こさないだろうけど、心配だ。一度宮殿に行って何があったか確認したい所だが……」

「確かに、女帝様か、或いはカナリア辺りなら何か知っておるかもしれぬの」

「……セツナを調べるって奴でよっぽどショックなことでも分かったんじゃないの?」

「違うと思うよ。そうならセツナぎくしゃくしてるさ。距離感自体はいつも通りだった」


 サクマさんとセツナちゃんの距離感だけで心情を全て読み取れるニーベルさん。

 シオリもセツナちゃんの世話は相当しましたが、ニーベルさんはサクマさんに次いで二番目にセツナちゃんの世話を焼いているのでその差が出た気がします。ぐぬぬ、なんか悔しい。


 でも悔しいかな、ニーベルさんは子供の遊びに付き合うのが上手いです。

 特に体力を消費する遊びへの付き合いは必ずと言っていいほどニーベルさんで、ほどよい手加減も上手いし、散々遊びに付き合った後も疲労の色を見せず朗らかな表情をしているので素直に凄いしイケメンだと思います。

 ついでに関係ない子供たちにも遊んで欲しいとせがまれたり、ニーベルさんは町の子どもたちのお兄ちゃんなのです。やっぱりなんか悔しい。


 ともかく、宮殿で話を聞いてみるべきだということで一同で宮殿に向かった結果――。


「仲間を心配するその様は美しきかな……されど今回は駄目じゃ。よいか、帝王たる妾が駄目と言った以上、今はこの口から情報を聞き出せると思うでない。ブラッドリー、カナリア、セツナ、そして当のサクマ自身も、口外しない旨の誓約書にサインした。これを破ることは国家の敵となる事と心得よ」


 女帝直々にかなりガッツリ目に拒否されました。

 しかも食い下がろうとしたら畳みかけられました。

 アカヌトビラから締め出され、ニーベルさんがこめかみを抑えてため息をつきます。


「参ったな……完全にあちらに理がある。降参だ」


 確かに、誓約書のサインを持ち出されるとこちらはぐうの音も出ません。

 こうなると当人相手に話させること自体に問題が発生します。

 それに、こちらは仮にもギルドの人間。

 ギルドの力を必要としないが故に関係が希薄であるエドマ氷国連合相手にギルド側から約束事を破れば、将来の関係性に大きな罅が入ってしまうという職務上最悪の事態もあり得ます。

 グラキオちゃんも両耳を手で抑えて降参です。


「ううう、シオリの力になってやりたいのはやまやまであるが、今回ばかりは妾は無力じゃ……」


 仮にも国家元首が駄目だと言った以上、皇女のグラキオちゃんは何も言えません。

 これについては彼女を責めるのはお門違いですので、気にしてはいないのでよしよし慰めます。

 シェリアちゃんが胸に手を当てて沈痛な面持ちで呟きます。


「私、サクマのこと分かってきたつもりだったのに、全然理解できてなかったのかな……」


 先日までの前向きな雰囲気も冷め、場を覆う空気は重苦しいものがあります。

 沈黙を破るように、サーヤさんが露悪的な口調で呟きました。


「これ以上考えてもしょうがないっしょ? 人間の腹の内なんて元々分かるものじゃないし。隣にいる人だって、心の隅で何をどう思ってるかは本人にさえ分かってないんだから……」


 誰もその言葉に反論出来ず、納得するしかない空気が立ちこめました。


 シオリはふわふわと空から降り注ぎはじめた雪空を見上げます。


 ――サクマさん。

 貴方は今、この寒空の下、何を思っているのでしょうか。

 それは私たちに分かち合うことの出来ないものなのでしょうか。

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