第106話 受付嬢ちゃんへの助力

 しばし楽しい歓談が続きましたが、楽しい時間はあっという間。

 やがて話は本題へと移り、女帝ネスキオは仕事モードに戻ります。


「……さて、まずはギルドの視察についてじゃが、連合の安全保障に関わる範囲の外であれば好きに回るがよい。シオリにA級賓客証を与える。護衛にはC級賓客証じゃ。いくら護衛とはいえ他国の戦力を余り自由にさせ過ぎると問題がある故ランクは落ちるが許せ。等級による違いや施設の場所はグラキオに聞くといい。どうせシオリを補佐して回る気じゃろうて」

「お見通しでしたか、女帝様……!」

「はははは! 尻尾と耳が正直すぎてのう!」


 喜びや興奮が隠し切れないときにぴこぴこ耳が動き尻尾をブンブンしてしまうグラキオちゃんの感情を読み取らずにいることは困難を極めると思います。

 ちなみに女帝ネスキオもクロエ君の話をするときは、グラキオちゃんのそれより大きく立派な耳が微かにぴこぴこしていました。ガチ勢です。負けてられません。


 ちなみに、護衛扱いなのはニーベルさん、シェリアちゃん、サーヤさんの三名。他の人々は正式に依頼を受けてここにいる訳ではないので別の扱いになるようです。


「サクマとセツナの用事はちと待つが良い。お主らを案内するのは機密に関わる場所故、賓客証とは別に誓約書と特別な許可証がいる。なに、主らはグラキオに招かれておる扱いじゃからそう不自由はさせんよ」

「感謝します、女帝ネスキオ」

「ありがとーございます」


 礼儀正しく頭を下げるサクマさんに倣って頭を下げるセツナちゃん。

 これでようやくセツナちゃんの謎が解き明かされそうです。


「ブラッドリーとカナリアはしばし宮殿を出るな。ここは皇族特権が効いているゆえ問題ないが、おぬしら入国手続きを済ませておらぬからな。明日からでよければC級賓客証を発行するぞ?」

「悪いな……本来ならすぐ帰るべきなんだろうが……」

「構わぬ構わぬ。妾もそろそろガゾムに我が町の都市整備について感想でも聞きたいと考えておった所じゃ。観光を終えたらぜひ感想を聞かせてくれ」

「そりゃーもう、頼まれなくても聞かせちゃうかもしれませんよ!」


 元気な不法入国者ともう一人の不法入国者も許されました。


 あ、ちなみにですけど。

 入国許可問題はちゃんとブラッドリーさんを呼び出す前にグラキオちゃんと話し合ってから二人を呼びました。王宮にはクロエくんが問題なく女帝ネスキオと謁見できるよう意図的にルールに穴があるようなのです。

 女帝ネスキオさん、どんだけクロエくんが大好きなのでしょうか。

 シオリもギルドの権力者になったらやってみたいです。




 ◆ ◇




 ギルドの視察とは言いますが、必要なデータの半分は地元のギルド支部に貰うだけです。いくつかの視察項目を順番に片付けていきます。


 まずはギルド職員の仕事ぶりですが、前にも説明した通りこの国には冒険者の需要が皆無なために主だった仕事の確認はとても容易でした。

 資金繰りも問題なし。エドマ氷国連合は連合なだけあって首都以外にもいくつか都市があるのですが、全て地下トンネルで繋がっているため物流はむしろ大陸より容易なようです。


 港からここまで来てやっと気付きましたが、エドマ氷国連合はあらゆる建築や物に当たり前のように金属が使われています。冷静に考えたらあの【アカヌトビラ】の鋳造には信じられない量の金属が必要だった筈です。

 今まで耳にしたことはありませんが、もしやエドマはとんでもなく鉱物資源が豊富なのではないでしょうか。

 シオリの疑問にグラキオちゃんが答えます。


「鉱物は持て余すほどある。というか持て余しておる」


 それほど豊富なのになぜ輸出しないのでしょうか。


「交易ルートのある西大陸ではエディンスコーダ鉄鉱国の鉱物シェアが圧倒的じゃ。対し、エドマの金属は海を越えて運搬しなければならぬ。ただでさえ重量がかさむ上に海路は荒れ海に流氷とマイナス要素だらけで旨味が薄すぎる。高い冶金技術を活かした加工品を売り捌く方がまだよいのだ」


 冶金技術……確かにこれだけの金属を加工する技術は恐らくエディンスコーダ鉄鉱国以外ではエドマ氷国連合くらいしかなさそうです。


 しかし金属を潤沢に使える半面で、食糧不足には昔から悩まされていたようです。今は熱を利用した温室栽培などを推し進めた結果、需要と供給のバランスが安定してきていると書類にあります。

 野菜などの生鮮食品は大陸より少々割高ではありますが、食料品全般に異常は見られませんでした。


 ただ、医療関連、とりわけ病気の治療環境についてはあまり芳しくありません。

 もともと極寒地域な上に、ご存じの通りアーリアル歴王国の医療独占状態が未だ続くこの世界で、海外との貿易を頻繁に行えないエドマ氷国連合の地理的特徴はかなりのハンディです。


 フェリムの強靭な肉体は魔物との戦いなど傷にはめっぽう強い半面、解毒や症状緩和の薬はかなり貴重。今、農業技術を発展させて薬草栽培に挑戦するのが国家上の急務に位置づけられています。

 護衛として共に回っていたニーベルさんが唸ります。


「だからこそエドマ氷国連合では強さが上に立つ者の指標なんだろうね。魔物にも病にも負けない健康な肉体は国民全体の憧れなんだ。……やっぱりスヴァル神殿の独占ってあくどいよなぁ。ネーデルも気にしてるみたいだし。サクマがちょっと面白いことを言っててさ」

「ほう、なんと言うておったのじゃ?」

「スヴァル神殿からは安定して薬草が採れる。アーリアル歴王国はいつも薬草を持っている。それが逆に各国を薬草後進国にしてしまってるんじゃないかってさ。たとえ高価でも金さえあれば安易に手に入ると思うと、人は別の手段で薬草を手に入れること……薬草栽培という選択を取りたがらなくなる。結果、薬草栽培の文化が衰退する……もちろんそれだけが原因じゃないだろうけど」


 確かにそれは、興味深い話です。

 利便性の高い技術は依存を引き起こす――近年の技術発展にそのような警鐘を鳴らす学者もいると聞きます。

 前々から思っていたのですが、サクマさんのいた世界はサクマさんみたいな視点の人ばかりなのでしょうか。


「多分じゃが、サクマの世界は人間同士の戦いが多い分、人間の心を分析する学問が発達したのではないか?」

「ああ、それもなんか言ってた。あっちの世界は退魔戦役みたいな人類全体が退廃する出来事が頻繁に起きないから、文明がこっちほど失われないんだって」

「……行って見たいわぁ、その世界」 


 ぽつりとサーヤさんが呟きます。

 人間同士の戦いはある――そう言われたとしても、ロータ・ロバリーに生きる人間にとって退魔戦役のない世界という言葉はとても眩しく感じます。


 この世界は、幾度となく魔物の大侵攻による退廃とか細い再生を繰り返してきました。

 何千年か、何万年か、或いはもっと前からなのかは分かりません。

 第一次と第二次はあくまで『戦役の全容が記録として明確に残っている』戦役に過ぎません。それ以外の戦役は、被害が壊滅的過ぎて確たる記録が何も残っていないのです。


 三大国は例外中の例外ですが、その一角であるアーリアル歴王国でさえ戦災で何度も何度も築き上げた文明を壊されては、あらゆる場所に隠した文明記録バックアップを生き残りたちで回収、補完していち早く立ち上がってきました。


 天空都市バベロスは余りにも時間が余りあってる上に地上に干渉しないため、全てが口伝で文明継承を行っているらしいです。なので記録媒体はなく、また、地上でこれまで幾度文明が滅ぼされたのかを彼らは知りません。


 地上の存在を知らなかったガゾムもまたそうです。彼らは地上に出なかったため昼と夜の違いが判らず、したがって何年地下で過ごしたかも曖昧です。


「サクマが元の世界に帰る術をみつけたら、一緒に付いていってみるのもいいかもね」


 ニーベルさんは冗談めかして言いましたが、その場の全員がサクマさんの世界に夢を感じました。

 今、この繁栄はいつ崩れるとも知れない奇跡的な積み重ねによって成り立っているのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る