第105話 受付嬢ちゃんへの共感

 六尊傑グローリーシックスが一角にしてエドマ氷国連合盟主――【白狼女帝】ネスキオの気楽なようでいて厳かな声が場を支配します。


「ギルドの使者、シオリよ。よくぞ我が宮殿に参った。名乗りとかそういったものは面倒なのでせんでよい。そちの事はグラキオからの文に書かれておった。随分よく面倒を見てくれたようではないか。礼を言うぞ」


 ちらっとグラキオちゃんの方を見ると、暴露されて恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら必死に堪えています。よりにもよって憧れの人だと常々公言している人に言われて、余計に恥ずかしいのでしょう。これを可愛いと言わずして何を可愛いと言えというのでしょう。


「グラキオの幼少期はわが国もインフラ整備で忙しくてな。皇族たちも忙しくなかなか遊んでやる機会を設けられなくて寂しい思いをさせてしまったものじゃ。これからも可愛がってやってくれ」


 もちろんですとも、と欲望に忠実に頷くと、女帝ネスキオはころころと愉快そうに笑いました。


「さて、そちらに見えるはサクマとセツナじゃの? 無論聞き及んでおる。後でお主らの要件にも応じよう。ふふ……随分嗅ぎ慣れぬ匂いに、混ざり合った匂い。ぬしら面白いの。ああ、返事は良いし警戒も必要ない。この白狼女帝の名に懸けて無碍にはせぬとも」


 サクマさんは緊張からか、僅かにセツナちゃんを庇うような姿勢になっています。

 セツナちゃんはその意図を察してか肩一つ分だけサクマさんに近づきます。

 女帝ネスキオは「無理もないか」と敢えてそれ以上警戒心をほぐすような言葉は使わずに視線を移しました。


「そちらのお主はニーベルじゃな。アーリアル歴王国の者を謁見の間に通したのはお主が初めてだ」

「恐悦至極にございます」

「堅苦しいのは好かぬが、まぁよいだろう。おぬしの気質をないがしろにする気はない。エルディーネもそういうところがあったしな。隣は確か、サーヤだったかの? 城に気に入った調度品があれば一つ程度持って帰っても構わぬぞ? 随分懐が厳しいそうではないか。カカカカ!」

「えっ、マジでいいの!? キャッホウやるじゃん皇帝太っ腹ぁ! ……あダッ!?」


 飛び跳ねたサーヤを叩き落とすようにニーベルさんの容赦ない鉄拳が降り注ぎ、彼女は頭を両手で押さえながら抗議の視線をニーベルさんに送ります。


「にゃろう、気軽に人の頭を叩きやがって……馬鹿になったらどうする!」

「元々馬鹿だろう君は。もう少し下心隠す努力しようとか思わないのかい?」

「構わぬ構わぬ! 本心に忠実なのは嫌いではない! にしても、お主らも面白そうだのう。後ろの耳長はシェリアか。ふんふん……おぬしと同じ匂いがサクマの耳からするのう。昨日の晩は果たして何をしておったのか気になるところじゃのぅ~」

「あ、あははは……」


 これまでと違ってニヤニヤした顔をする女帝ネスキオ。

 先日シェリアちゃんがやったことがばれているようです。

 まさかパートナー候補篭絡積極策に出た翌日に他国のみかどに見抜かれるとは、流石に恥じらいが勝ったかシェリアちゃんも真っ赤な顔で笑って誤魔化すしかありません。


「して、ブラッドリーにカナリアか……お主らの事は名前くらいしか知らぬ。これから知るとしよう」

「シグルとしては、知ってるんじゃないのか。付き合いは少なくとも話す機会はあったろう」

「それはお主の中に残るシグルの残滓、そうであったという記録を見ただけに過ぎぬ。今のお主のことなど妾は知らぬ。そうではないか?」

「……そうだな」

「とはいえ、亡き戦友の遺児と思えば無碍にはしたくない。気軽に話しかけるがよい」


 初々しさのない、互いに理解しあったかのようなやり取り。

 もしかしたら女帝ネスキオは言葉とは裏腹にブラッドリーさんがシグルと別人だとは思っていないのかもしれません。互いに距離感が定まったところで、カナリアさんも元気よく手を挙げます。


「じゃー私も遠慮なくタメ口でいきまーす! ヨロシクっ!」

「うむ、ヨロシク。しかしあれだの、カナリア。お主らガゾムは見慣れぬせいかどいつもこいつも大砲王に似て見えるわい。ガゾムは水場では特に自分たちの手で作った船以外には乗りたがらぬから我が国には殆ど住んでおらんでのぉ……おっと、余談だったか」


 女帝ネスキオはゆっくりと玉座から立ち上がり、今一度謁見の間に入った面々を見渡す。


「仰々しいのはこの辺にしよう。別の部屋に茶と菓子を用意させてあるので、そこでゆるりと話そうではないか。何を隠そう妾も海の向こうの話が聞きたいでな。皆の者、ついてまいれ!」


 手招きする女帝の顔は、まるで気の良いお姉さんのような不思議な魅力がありました。




 ◆ ◇ 




 女帝ネスキオ主催のお茶会は思いのほか盛り上がりました。


 一番話題で盛り上がったのは西大陸を旅して回ったニーベルさんの話ですが、シオリのギルド苦労話も意外とウケました。エドマ氷国連合には冒険者が存在しないため、新鮮だったのかもしれません。

 グラキオちゃんも話に参加できるよう話題を選んだのでいい感じになっています。


 また、途中途中でボソっと入るサクマさんのツッコミや、知らない話題を質問するセツナちゃん。気になる部分を掘り下げるシェリアちゃんに庶民的な感想を漏らすサーヤさんという雑談感も女帝ネスキオには退屈しなくてよかったようです。


 ちなみにカナリアさんは「話す内容が殆ど大砲王と同じ」とすぐ飽きられ、ブラッドリーさんに関しては「話が下手」とばっさりでした。なので二人とも聞きに徹しています。


 今はセツナちゃんが女帝ネスキオに子供心の質問をしています。


「ネスキオとグラキオは家族なんだよね」

「その通りだ。同じ一族であるからな」


 グラキオちゃんが「よりにもよって呼び捨て……いや聞こえぬ。妾にはなにも聞こえぬ」と必死に耳を塞いでいるのを尻目に、セツナちゃんはずけずけ行きます。


「なんでグラキオはネスキオにこんなに気を遣ってるの? 家族なのに」

「一言に家族と言っても、町の平民の家族と力を持つ一族では意味が異なるものだ。こと国を牛耳る一族ともなれば、煩わしいしきたりはつきものだ。妾も本当はもうちょい気軽にグラキオと遊んでやりたいが……帝ともなるとそうはいかん」

「どうして? 遊びたいのに遊べないなんて変だよ」

「帝はいわばみんなのリーダーじゃ。何千何万というヒトがリーダーの指示で動く。リーダーが頼りないとヒトは自分が本当に正しいことをしているか不安になるものじゃ。故に、その辺にいるフツーの女がリーダーでは皆が困る。見た目だけでも立派にリーダーやっとるぞー! としっかりアピールせねばならんのだ」


 流石は女帝、子供の純粋な疑問に言葉を選びながらも滅茶苦茶真面目に答えています。

 しかし、セツナちゃんはあんまり納得がいっていないようです。


「じゃあふたりはいつ遊べるの?」

「或いはその時間が来ないこともありうるかの。こればかりは上に立つものの責任としか言えぬ。皆の期待を背負うリーダーはいろんなことをガマンせねばならぬ。将来、妾を越える素晴らしいリーダーが現れれば遊べるが……そのリーダーはもしかしたらグラキオかもしれん。それは嬉しいことなのだ」

「ふぅん……グラキオもネスキオも両思いなんだ。それはそれで、グラキオのネスキオみたいになりたいって夢は叶うんだもんね」

「両思いとは面白い言い方をするのう! だが然り! 一族は目には見えずとも確かな絆で繋がっていると妾は信じておる」


 そう言いながら、女帝ネスキオはバターをたっぷり練り込んだ焼き菓子をセツナちゃんに食べさせます。食べさせて貰えると気付いてあーんと口を開けるセツナちゃんがかわいくて幸せです。


 ところで、食べると言えばブラッドリーさんって食べても排泄しないらしいです。

 昔から妙に催すことが少なかったそうですが、実は人間の名残でやっていただけで実際にはしなくともよかったというのが実情だったとか。今では食事が全てブラッドリーさんの体内にため込まれ、血液の栄養となることで余計に血液量を増やしているそうです。


 ……羨ましい。

 どんなに食べてもブラッドリーさんの外見重量と質量に変化はありません。

 女帝ネスキオはどうなのでしょうか。


「妾か? 我等エドマ氷国連合の皇族の身体には『蓄臓』という臓器があっての。余分はそこに蓄えられ、力を発揮する時に消費されるのだ。故に基本、太ることはないの」

「うへぇ、生物学的にどうなんだそいつ。メカニズムとしてはブラッドリーの血の貯蔵と近いぞ」

「否定はせぬよ。優れた生物的特徴を持つのは良いことだと妾は思っておるしの。しかしサクマ、おぬし中々着眼点が良い。良ければ宮廷学者になってみぬか?」

「謹んでお断りさせて頂きます。俺は無責任なくらいの立場でいたいんで」

「よよよ、袖にされてしもうた」


 わざとらしく眩むような仕草をする女帝ネスキオ。

 ヘッドハンティングは失敗のようですが、もし万が一にもサクマさんが話を受けたらエドマ氷国連合が三大国ビッグスリーを超えるかもしれない重要な場面だった気もします。

 なんでこのヒト相変わらず受付締め切り前までお喋りしててシオリに怒鳴られてるんでしょう。

 有能でもだらしないのが本性と言われればそれまでですが。


「太るといえば、エルディーネの奴は肉が大好物なのに太らなかったのう。さしもの妾も三食肉料理に加えて間食も干し肉であったのはちぃとばかし引いたものよ。それをシグルの奴が、野菜も食えと叱りつけてな。周りが笑う中で一人顔色が優れぬのがクロエの坊よ。その気になれば食べられるエルディーネと違って本気で苦手であったからな。ゴルドバッハにこっそり苦手野菜の克服法を教わっておったと知ったときはもう、のう? 分かるであろうシオリや?」


 そんなの抱きしめて愛でるしかないと思います!


「であろう! もう坊の奴は何故あそこまでかわゆいのかのう! 嫌がる仕草がまたかわゆうて仕様がないのじゃ!! あーはっはっはっ!!」


 顔がふにゃふにゃに笑っている女帝ネスキオと一緒にシオリの表情筋もふにゃふにゃです。


(クロエがシオリの抱擁避けてたのって、もしかして……)

(女帝ネスキオが全ての元凶なんじゃ……なんかこの話題限定で超気が合ってるもんな)


 テーブルの端でシェリアちゃんとサーヤさんが何やらヒソヒソ話していますが、ついにあの二人もクロエくんの可愛さに気付いたのでしょう。よいことです。

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