第104話 受付嬢ちゃんへの助力

 エドマ氷国連合皇都の中央に位置する白亜の宮殿――ヴァルネラ宮殿。

 連合最強【国潰し】の一族が住まう連合最大の重要拠点にして、連合最強の戦力がひしめき合う場所。その大広間の奥の巨大な扉を見上げ、シオリは驚きました。


 現在、気まぐれでも有名な英傑である【白狼女帝】ネスキオ・シェーゼ・ラ・エドマそのヒトが『身内が世話になったから』と特別に謁見してくださることになり、シオリは皆を連れて宮殿までやってきています。


 そんな面々の前に立ち塞がったのが、扉と言うよりほぼ壁みたいな何かです。

 アーリアル歴王国の王城の門も大概な大きさでしたが、この扉はその数倍はあります。

 しかも驚くべきはそれだけではなく、なんと全てが金属製なのです。


「扉片方約一千トン、両方合わせて二千トン。はっはっは、もし倒れてきたら俺ら死ぬわ」

「トンって何だい、サクマ」

「総重量100万ケイグって言ったら分かる?」

「それは死ぬね。押し花の如く」


 ニーベルさんとサクマさんがサラっと想像したくもない未来を語っています。

 是非とも実現してほしくありません。

 僅かたりともヒトの為に動いてやるものかと重厚感を主張する扉をグラキオちゃんが見たか!! とばかりに自慢げに説明します。かわいい。


「これぞ宮殿名物が一つ、【アカヌトビラ】じゃ!! 連合盟主にして皇帝でもある【白狼女帝】ネスキオ様が座する謁見の間はこの奥じゃ! ちなみにネスキオ様はこの扉を片手で開けるが、妾が真似したらウンともスンとも言わず、近衛兵数十人でやっと動いたくらい重い!! この扉一つ取ってもネスキオ様の偉大なる御力が理解できるという訳じゃ!!」

「……なぁグラキオ。この扉、よくデカイ扉にありがちな『いちいち開けるの大変だから普段はこの脇の所から入ります』的な出入り口が見当たらねぇんだけど」

「脇門の事か? ないぞ。故にネスキオ様か他の上位皇族の協力がなくばお掃除係すら中に入れぬ」

「利便性も何もあったもんじゃねぇ。ある意味究極のセキュリティだな……」


 サクマさんが露骨にげんなりします。

 開閉機能を利用するには物理的筋力に頼るしかなく、しかも扉を支える為か扉周辺の壁さえ金属製。建築を要求した方は余程謁見という行為を軽んじているのではないかと疑ってしまいます。


「流石の慧眼じゃ、シオリ! 何を隠そうコレの建築を要望したのはネスキオ様! 会うのが面倒な相手を追い返す為に考案されたアイデアなのじゃ!! スゴイじゃろう、スゴイじゃろう!!」


 連合盟主、発想がフリーダムすぎます。

 これはまた癖の凄い皇帝が出てきそうな予感です。

 ところでこれ、閉まってますけどシオリたちはどうやって入ればいいのでしょう。


「む? 開いていないのだから自力で開けろということじゃろう! ちなみにこの扉には神秘術を妨害する特殊な鉱物が含まれておるから術で開けるズルは出来ぬのじゃ!」

「のじゃ、じゃねーよ。招いた客に扉開かせるってもてなしの『も』の字もねーな」


 ちなみに肝心の近衛兵の方々は、宮殿にシオリ一同を送り届けると慌ただしげに別の場所へ向かってしまったので周囲にはいません。


 という訳で、全員で扉を引きます。


 親切なことにチャレンジの為に綱引きロープのようなものが扉に繋げられています。

 まさかの外開きらしいです。


「こーゆー試しの門みたいなのって普通内開きじゃねーのかニーベル」

「まず普通は客人を試さないよサクマ」


 愚痴るサクマさんらも全員協力して綱を引きます。

 よいこらしょ、どっこいしょ。

 ……寸毫すんごうたりとも動く気配がありません。


「……神秘術による肉体強化バフはノーカン!」

「俺の気の力を全開にする!」

「鬼の角、にょきにょき」

「妾とて『国潰し』!! これしきの事で近衛の力など借りぬ!!」


 せこい手段に出るサクマさん。

 金色のオーラを放つスーパーニーベルさん。

 そして変身する幼女組。

 これで数十人分くらいの力になった筈です。


 よいこらしょ、どっこいしょ。

 ……分厘ふんりんたりとも動く気配がありません。


 サーヤさんとシェリアちゃんが綱引きの後方で愚痴を零します。


「いや、もうコノエって人達の手ぇ借りようよ。アタシ手の皮痛くなってきたんだけど」

「そうですよね……そもそもこのお城は宿より少し寒いですし、手がかじかんで……」

「というかコレ本当に近衛兵呼んだら開くのか!? 肝心の近衛兵が宮殿内に見当たらねぇし!!」

「今の時間、近衛兵たちは皇都名物『凍てついた巨人』の整備に出かけておるからおらぬぞ」

「いないんかぁーーいッ!!」


 虚しいツッコミが宮殿に響き渡ります。


 ちなみに皇都名物『凍てついた巨人』は山の合間から見える氷漬けの巨人です。

 氷の中身はうすぼんやりとしか見えませんが、何でもその巨人は魔将ハロルドだったそうで、当時まだ皇位に就いていなかった白狼女帝がたった一人で氷漬けにして仕留めたものを観光名物として再利用しているのだとか。


 あの荒野を駆けた巨体、アイゼンリーゼに負けず劣らずの巨体を撃破したその武勲は超国家連合にとって衝撃で、事実、第二次退魔戦役で人類がどんなに劣勢になろうとも彼女率いるエドマ氷国連合の参加した戦いは唯一度の敗走もなかったと言います。


 ……あ。


「どうしたシオリもしや扉を開ける名案ありか?」


 いえ、『人間サイズの巨人』に心当たりが。


 ――数分後。


「これを引けばいいんだな?」


 防寒着に身を包んだブラッドリーさんが扉の縄を手に持ち、そのまま引っ張ります。

 ゴゴゴゴゴゴ、と重厚な音を立て、ロープを軋ませながら扉がゆっくりと開かれていく様にシオリは驚嘆と賞賛の拍手を送りました。他の皆もおおむね感動していますが、グラキオちゃんだけ物凄く悔しそうな顔をしています。ぐぬぬ顔のグラキオちゃんも可愛いです。


「……やれる気はしたが、この門の重量は常軌を逸しているな。それをこじ開けるとは、これも魔将ハロルドの力か」


 自分のやったことに半信半疑といった顔のブラッドリーさん。

 魔将でもあるブラッドリーさんの本体は膨大過ぎるほど膨大な血の塊なので、そのパワーは質量分出せるようです。つまりブラッドリーさんがその気になれば自分の重量で地面を陥没させたりも出来る、とはサクマさんの推測です。


 ――でも、ブラッドリーさんはブラッドリーさんですよ。


「そう、そうです! シオリちゃんが今いいこと言った!」

「ああ……大丈夫だ。もう見失わない」


 付き添いのカナリアさんも同意してくれます。

 ちなみにカナリアさんはどんなに薄着しても種族的に寒さはへっちゃらみたいですが、見る側が寒そうという理由でモコモコなコートを着せられています。


 こうして無事に扉が開き――謁見の間で座する【白狼女帝】への道が開けました。


「ほぉう、がすると思えば……そうか、お主も来たかシグル。いや、今はブラッドリーであったか?」


 愉快そうに喉をくつくつと鳴らすその女性は、純白の体毛と白玉のような肌、そして息を呑むほどの美貌と心の奥底まで覗かれそうな琥珀色の瞳でこちらを見下ろしていました。


 成程、この存在感は――かの方は確かに連合を束ねる皇帝に相応しい風格を放っています。

 恐らくシオリの人生で出会った人物の中で最も大物です。

 同じ英傑の中でも王位に就く者の持つ気配ともなると、素人でも只者に収まらない格を感じます。


 しかも、彼女は生前のブラッドリーと出会っています。

 ここは説明せねばと前に一歩踏み出て、しかし女帝ネスキオは手を翳して制しました。


「慌てるな。坊に子細は聞いておる。ああ、坊とはクロエの事よ。律義に伝えてきおって、相も変わらず愛い奴よのう」


 どうやら既に事の成り行きは知っているようです。

 

 ……それにしてもアサシンギルドの頭領にして実年齢40歳以上のクロエくんを坊と呼び愛いと呼ぶこの方は、もしかしてシオリと物凄く気の合う方なのではないでしょうか。

 シオリは無性に彼女のクロエくんに対する所感が気になってきました。

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