第102話 受付嬢ちゃんへの嫉妬

 数時間後、【ノソログ】が停車した先にあったのは――圧巻の迫力を誇る皇都でした。


 屋根の傾斜が急で高い建築物が整然と立ち並ぶ大通りは、アーリアル歴王国と違いさほど土地自体の高低差がないながら一つ一つの家々に高級感があります。

 遠くに見える巨大な宮殿は上部が玉ねぎのような不思議な形をしており、どこから見ても存在感が凄いです。


 そして驚くことは他にもあります。

 ニーベルさんが通りの道路を見て驚愕しました。


「嘘だろ、こんなに雪が降ってるのに道路にぜんぜん雪が積もってない! 除雪とかじゃなくて全部融けている!!」

「道路の下にはクリスタルを利用した温熱分配装置が埋め込まれておるので雪も融けるし氷も張らぬ。交通の便を良くするためじゃ。ああ、屋根の下には近づかぬようにな。我等フェリムは氷柱や落雪程度なんともないが、どうやらマギムは当たれば死ぬこともあるそうではないか」


 シオリの住む西大陸の支部は緯度的にそこそこ北寄りなので、冬は稀に豪雪になることがあります。

 聞く話によると、豪雪が来ると屋根から落ちてきた雪の塊が直撃して身動きが取れなくなり凍死したり、顔まで埋まって窒息死する人もいたそうです。

 氷柱は分かりませんが、手近な家の氷柱をみると大陸でイメージする氷柱の百倍はあります。頭に当たると単純に死んでしまいそうで恐ろしいです。


 しかし今はサクマさんがいるので大丈夫でしょう。

 ね、サクマさん?


「えっ、うん……まぁ日常生活に影響のない程度に色々術は張ってるから、それぐらいなら……ていうかシオリ、お前その言い方よくない。勘違いさせる系言動だぞ」


 心なしか少し厳しい視線のサクマさんは、寒さのせいか顔が赤くなっています。


「ぴぴー! シオリ、イエローカード!」


 笛がないので口で言う可愛さ爆裂のセツナちゃんが謎の黄色いカードを取り出しました。

 イエローというより癒えろーです。かわいい。

 あのカード、エレミア教が遥か昔――第一次退魔戦役より更に前に資金不足に喘いで一瞬だけ発行したと噂される免罪符に似ています。一枚の罪はぎりぎりセーフで、二枚揃うと神秘術が反応して赤くなり、有罪が確定するものだったそうです。

 教科書でしか知りませんが、変な技術と制度ですね。

 

「二枚目がでたらシオリはセキニンを取ってサクマに愛の告白をしなければいけません」

「やめなさいセツナ!? 一体どこでそんなの覚えてきたんだ!?」

「サーヤが言ってた」

「サーヤ貴様ぁぁぁーーーーッ!!」


 怒り狂ったサクマさんが数銃を取り出して寒そうな風の塊を連射し、サーヤさんはきゃーきゃー騒ぎながら逃げ惑っています。愛に拘るサーヤさん。こっそりギルド内でカップル成立に暗躍しているという噂ですが、肝心の本人はどうなのでしょう。

 と、シェリアちゃんが背後から突然声をかけてきます。


「ちなみにどうなのシオリ。本気でするの?」


 ……何故告白すること前提の質問なのでしょうか。


「自覚ないから次もやらかすの確定じゃないの。それにセツナちゃんの頼みは断れないでしょ、あなた。サクマのことも随分信頼してるみたいだし」


 シェリアちゃんの顔が若干怖いです。

 努めて平静に振舞っているのがひしひしと伝わってきますが、もしかして恋敵と認識されているのでしょうか。あのシェリアちゃんが、とうとう恋を。二人が結ばれるのであればシオリ的には歓迎する気です。


「ほんとに? 本当に? 後になって私とサクマとセツナがギルドから居なくなっても後悔しないですか?」


 ……………。

 ……サクマさんの加護の神秘術とセツナちゃんの親権だけ置いていくというのはどうでしょう。


「どうでしょうじゃないわよ。なにその欲望丸出しな要求。はぁ……まぁいいわ。どっちにしても私は良くて二番にしかなれないし」


 えっ。


「どうせエーフィムの私はサクマとは寿命が違う。同じ時間を過ごせるのは普通の伴侶の半分……満足したら身を引くのがエーフィムとマギムの恋だもの」


 ――エーフィムの寿命はマギムの二倍少し。

 不幸な死がなかったとしても、今の彼女の年齢ならば必ずマギムが先に命が尽きます。

 それだけではありません。

 マギムとエーフィムが子を為すと、不思議と子は必ずエーフィムになります。

 すると子も親もマギム基準の社会では居づらくなり、自然とエーフィムの里や多種族都市に行くことになってしまいます。


 故に、マギムはエーフィムと結ばれると不幸になると言われています。

 他の種族とエーフィムの合いの子では殆ど起きない、不思議で残酷な種族的特徴です。


 それはそれとして、サクマさんなら頑張れば200年くらい生きそうな気がします。

 そう言うと、シェリアちゃんはぷっと噴き出しました。


「あなた、そんな冗談言う人だったっけ? ふふ、でもそれってとっても面白いわ。二人で仲良く分け合いましょう?」


 はい、と言いかけて、ハっとして首をブンブン横に振ります。

 だからサクマさんとシオリはそんな関係になる予定はないんですって!


「冗談よ。そんなに必死になっちゃって、実は満更じゃないんじゃない?」


 シオリは受付嬢の不文律、冒険者を恋人にしないを遵守する真面目で模範的な受付嬢です。

 確かにいい人募集中という事情がなくもないでもなくはありませんが――。


「サクマってその気になれば冒険者やらなくても食べていけるし自衛能力高いわよね」


 サクマさんと共にセツナちゃんと暮らす毎日を想像します。


 ……くっ、そう悪くない気がします。

 なんだかんだ努力家のサクマさんなので、シオリが困れば一生懸命に手伝ってくれるでしょう。何よりセットで付いてくるセツナちゃんを娘に出来るという破格の数量限定豪華予約特典が強大な存在感を醸し出します。


「そこメインなのブレないわね……じゃあブラッドリーさんはどう? 事情は複雑だけど、もう一生の約束してるんでしょ? 彼ももう仕事辞めても一生シオリを養えるだけの貯蓄はあるんじゃない?」


 ブラッドリーさんと一緒に暮らす毎日を想像します。


 ……パートナーのカナリアさんがどう出るか分かりませんが、顔もよくて優しいブラッドリーさんと共同生活する自分を想像すると非常に奥さん感があって惹かれるものがあります。

 シオリも乙女です。

 誰かの伴侶となって生活する自分に夢を見ることはあります。


 し、しかし!

 これは相手がシオリの誘いをOKして初めて成立するものであって、超古代の警句ことトラヌタヌキのナントヤラではないでしょうか!!


「魅力は感じてるんだー」


 ふみゃあああああ!?

 ととととにかく!!

 現実に発生していないたらればをどうこう話しても意味がありません!!

 前だけ見つめていないと人生の春はやってきませんよ!!

 いい、言っておきますけどシェリアさんが断られる可能性だってあるんですからね!!


「逃がさない。もう決めたもの。序列は二番でいいけれど、全部二番じゃ気が済まないわ?」


 舌なめずりして妖艶に微笑むシェリアちゃんに、シオリは思わず後ずさります。肉食女子の何たるかを知った気がしました。見つけた獲物を絶対に引きずり下ろすという断固たる決意は、ちょっとシオリには真似できそうにありません。


「はッ!?」

「どうしたの、サクマ? トリハダ凄いよ?」

「今なにか身の危険を感じた気が……理由はないが今日は戸締りを厳重にしておくか」


 その日の夜、ギルド近くの宿を取ったシオリ一行でしたが、シェリアちゃんはサクマさんとセツナちゃんで取った二人部屋に戸締りする前に突入してそのまま一晩出ていかないという荒業を敢行しました。


 ついでにサーヤさんとニーベルさんは男女なのに相部屋でした。

 サーヤさんの監視の為とニーベルさんは口癖のように言いますが、正直独占欲を出してるようにしか思えません。サーヤさんも結局断らないのだから憎からず思っているのではないでしょうか。そうに違いありません。

 今日のシオリはオフなのでいつもより僻みっぽく偏見を振り回しちゃいます。


 一足先に白狼女帝ネスキオに謁見に向かったグラキオちゃんもおらず一人きりの部屋の中で、シオリは仕事が落ち着いたらそろそろ真剣にパートナー探しを考えようかな、と切実に思いました。


 うう。シェリアちゃんがあんな話するものだから、第一候補と第二候補以外何も出てきません。

 冒険者以外、冒険者以外……ニーベルさんとファブリスさんは退いてください! 

 イケメンですけど貴方たちも冒険者ですし経歴に多少問題があります!


 おのれシェリアちゃん、いつか絶対仕返ししてやりますね。 

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