第101話 受付嬢ちゃんへと説明する
それから一晩が経過し、朝の六時ごろ――吹雪く海上にて漸く陸地らしきものが見えてきた頃になってサクマさんが素っ頓狂な声をあげます。
「これ陸地じゃねえぞ!?」
驚くのも無理はありません。
陸地に見えたそれは、途方もなく巨大な氷塊だったからです。
船は一見して断崖絶壁の氷に向かって突っ込んでいくようにしか見えませんでしたが、船員に慌てた様子はありません。サクマさんが船から身を乗り出して行き先を凝視し、あることに気付きます。
「うっそぉ、エドマって氷山の中に港作ってんの!?」
言われてみると確かに陸からはみ出るように聳え立つ氷山にはいくつか巨大な穴があり、中に入れるようになっているようです。スケールが豪快過ぎて呆れてしまいますが、氷塊の頂点には灯台も見えます。
港に入っていくと、中はかまくらのようにくりぬかれた空洞であり、中には整然とした立派な港があります。
よく見ると氷壁のそこかしこにクリスタルが埋め込まれており、クリスタル・インフラを利用してこの港が港として成り立っている事を伺わせます。
シオリはあまり港には詳しくありませんが、船が通るルートを示すようにクリスタルのライトが規則的に並んで光を放っている光景は、なんとも未来的です。
アーリアル歴王国でさえこのような港は作れないのではないでしょうか。
サクマさんは感嘆の声を漏らします。
「ガイドビーコンまで……まるで秘密基地だな。ロマン溢れて大変結構だけど、不凍港とかなかったのか?」
真っ当な疑問にグラキオちゃんが答えます。
「なくはないが、場所が不便での。西大陸、東大陸、極南大陸の三大陸の間には数多の島によって生み出された特異な海流――
「ああ、海路がなかなか拓けない理由だったな。まだ未発見の島がわんさかあるって噂の」
「不凍港はどうしても地理的に
ちなみに、港内は暖かいという程ではありませんが意外と快適です。
セツナちゃんと彼女を肩車したニーベルさんはこの港の光景に感動し、二人ではしゃいでいます。サーヤさんも流石にスケールの大きな港に視線を奪われているようです。
ここから更に地下トンネルをくぐり抜け、雪原を横切る道路を踏破した先に存在するのがエドマ氷国連合の首都だと渡されたパンフレットにはあります。
なお、首都への道はそりかと思いきや、容赦なく最新技術の車です。
しかもこの車、車体がとにかく長く、いくつもの車輪付き荷馬車が連結したような説明の難しい形状をしています。
サクマさん曰く「連結車両」だそうです。
グラキオちゃんが両手を広げて車をアピールします。かわいさ100点。
「世界でエドマ氷国連合にしか存在せぬ超最新鋭移動列車【ノソログ】じゃ!! 除雪しながら移動する上に、魔物が直線上に居ても容赦なく撥ね殺すパワーに恐れ戦くがよい!!」
「線路のない列車かよ……うわぁ、機械と神秘術のゴリ押しで無理やり乗り心地と安定性を確保してやがる」
「ネスキオ様曰く、こっちの方が便利だからじゃ!!」
「パワハラ上司だなぁ……しかし、うわぁ……あっちの世界の鉄道関係者がこれ見たらなんて言うかな……」
サクマさんのノソログを見る目が完全にゲテモノを見る目です。
具体的にはフェルシュトナーダさんが「完全栄養食」と称して飲んでいた真緑色のスープの原材料を聞いた時と同じです。
あのひと、はぐれとはいえ薬師なだけあり栄養学的に完璧な料理を作るのですが、見た目と味が完全無視されているので常人には食べられないレベルのモノが出来上がったりします。
一度彼女の飲み物を一口貰ったことがあるのですが、青臭さ、苦さ、渋み、エグみ、酸味、舌を刺す刺激といった複合的な危険信号がねっとりと口の中に絡みついてきて、嘔吐寸前まで行きました。
フェルシュトナーダさんのそこだけは永遠に尊敬できそうにありません。ブラッドリーさんは平気そうに飲んでましたけど、今に成って思えばあれが彼が魔将である伏線だったのでしょうか。そんなことあってたまるかとシオリは思考をぶん投げました。
列車の中は驚くほど暖かく、装飾も綺麗だし椅子やテーブルなどもあって快適でした。
ただ、シオリたちが利用した車両は皇族用に特別豪華な作りらしく、普通車両は人を多く乗せる事を重視しているそうです。
それにしても、窓の外に広がる景色はとにかく白いです。
草木も岩も何もかもが氷雪に埋もれ、川も半分は凍っています。
「エドマ氷国連合の季節は西大陸のギルド支部とは真逆で、今が冬なのじゃ。西大陸と比べると数か月長いし、雪も見ての通り。十二月くらいになるとこの辺りは草木溢れる土地となっておる。不思議なモノじゃのう」
確かに不思議です。
どうして土地が離れると季節もずれるのかは各所で研究中ですが、一般的には女神がそのように周期が回るよう創生したからと言われています。
……ところでサクマさんならその辺知っているのではないでしょうか。
話を振られたサクマさんは若干嫌そうに説明してくれます。
「……こりゃ俺のいた世界での話なんでこっちと同じかは知らねぇが、簡単に言うと俺らの住む星は斜めに傾いた状態でくるくる回りながら、更に太陽の周囲をくるくる回ってる。だから角度的に日の当たる時間が長いタイミングが夏で、逆が冬になる。ほれ、西大陸も中央少し下辺りの緯度――赤道辺りは常夏だろ? ありゃ、あの辺は星がどの角度でも常に太陽が一番よく当たるからだ。逆に北極、南極は常に日の当たりが弱いからクソ寒い。極南大陸は南極に近いから他の土地より冬が厳しいと考えられるな」
……うん、全然わかりません。
「わからぬ」
「だいぶ知らない言葉出てきたぞ」
「太陽ってロータ・ロバリーの周囲を回ってるんじゃないの?」
「くるくる回ってたら、ここにいるアタシたちは何で目が回らねぇの?」
「だーっ!! あくまで俺の世界ではそうだったんだよ!! こっちじゃ本当に太陽がロバリー周辺回ってるかも知れねぇし、分かるかいッ!! ……まぁ、ロバリーが自転してるのは間違いねぇと思うけど。ちゃんとコリオリ力とかあるみたいだし」
これ以上聞いていてもサクマさんが困るだけなので、話は中断しました。
なお、このあと「コリオリ力ってなに?」というセツナちゃんの可愛い質問に、例の板切れをガン見しながら必死に説明するサクマさんの姿はなんだか微笑ましかったです。
セツナちゃんの身体の謎は、この列車の進む先で明かされるのだろうか、とふと思います。
だとすれば、セツナちゃんの運命もまたこの先にあります。何も知らなかったギルドでの日常から離れ、もしかしたら知りたくもない真実に到達するのかもしれません。
セツナちゃんは特にここ最近は家族というものに強い興味を持ち、サクマさんと家族であることに喜びを感じているように思えます。
もしかしたら、あんなに無邪気に振る舞いながらもあの子も先にある未来がこわいのかもしれません。
でも、今更引き返そうにも後ろには雪の降り積もった暗く寒い道。後戻りなど出来ません。
せめて結果が彼女にとって少しでも幸の多いものでありますように。彼女とサクマさんの間を引き裂くような事実がありませんように。祈りに意味は無いのかも知れませんが、祈ることにはきっと意味があると信じたシオリは内心で二人の未来を願いました。
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