第100話 受付嬢ちゃんへの辞令
――ブラッドリーさんとシオリが付き合ってるぅ???
新人にまで根も葉もない噂が浸透していることにシオリ眩暈を感じます。
そもそも、付き合っていません。
何度も言いますがあの人とそんなに浮ついた関係になったことはありません。
ただ担当受付嬢としてアドバイスしているだけです。
だいたい、ブラッドリーさんなら療養がてらカナリアさんとイチャついていますし。
「ああ、それで不機嫌に……」
だから何でそっちに話を持っていくんですか!!
あまり品のない邪推をするものではありませんよ!!
「あのあの、ブラッドリーさんって年下好みなんですか?」
――……一つ、アドバイスを付け加えさせてください。
「はい?」
――噂を真に受ける受付嬢は、だいたい長くないです。
「ヒッ!? も、申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」
ドスの利いた声で言ってやると、ムンナちゃんは震え上がって平謝りしました。
分かれば宜しい、とシオリは満足げに頷きます。
根も葉もない噂をトークテーマにするのは構いませんが、真実か否かや周囲の空気を読めなければ思わぬしっぺ返しを受けることになります。そう説明すると、ムンナちゃんは顔面蒼白でコクコク頷きました。
頃合いを見計らったかのようにカリーナ先輩が注目を集める為に手を叩きます。
「はいはい、先輩からの洗礼を浴びせたところでもう一つお知らせがあります。ムンナちゃんの配属と同時にシオリちゃんの再度出張が決まりましたー」
まさかの再度出張。
ここ最近出張が多すぎます。
レジーナちゃんが露骨に嫌そうな顔をしました。
「うわ出た! まーたシオリかよぉ」
「また忙しい日々が……」
「新人さんにまるっとシオリちゃんの担当冒険者任せる訳にはいかないし、頑張らないとですねぇ」
理由はよく分からないとはいえ受付嬢人気ランキング二位のシオリがいなくなると、同僚達にしわ寄せが行きます。こう何度も出張すると流石に申し訳なくなってきますが、アシュリーちゃんは内心で「担当冒険者の取り分今のうちに根こそぎ奪ったらぁ」と黒い本心を隠している気がしてなりません。
「行き先は遙か極南の凍てつく大地、エドマ氷国連合。案内人をするようグラキオちゃんにも依頼を出してあるから。あとは護衛を何人か見繕っておいてね」
「エドマ……あの謎多きエドマですか!」
モニカちゃんの表情が驚愕に変わります。
エドマ氷国連合はギルドの影響力が特に弱い国家で有名です。
アーリアルでも影響力が弱いですが、エドマの影響力の弱さは別に理由があり、そもそも冒険者需要が皆無に等しいという問題があります。
以前の出張で各支部の報告会に参加しましたが、その際にエドマにある極南大陸中央支部からは「危険な魔物は親衛隊が即座に討伐してしまう」「雪掻きと農業の手伝いばかりしている」と活動実績が全く積み重ねられない惨状が報告されていました。
カリーナ先輩も一緒に参加していたので、視線を合わせると「そのエドマよ」と頷きます。
「本格的なものじゃなくて、エドマ氷国連合との今後の関係性を踏まえた下準備みたいなものだけど。アーリアル出張をそつなくこなしたのもシオリちゃんが抜擢された理由の一つかもね」
カリーナ先輩は誤魔化していましたが、実際には皇族の血筋であるグラキオちゃんありきの出張だと思われます。なんとなくクロエくんの思惑も絡んでいる気がしますが、それは当人に聞けばいいことです。
シオリは話を合わせるため、グラキオちゃんはそろそろ避暑のために故郷に戻ると言っていたので丁度いいですね、とそれっぽい話題を出し、話は違和感なく収束しました。
――その、帰り際。
「隠し事、随分好きじゃない?」
アシュリーちゃんがすれ違い様にシオリにだけ聞こえる言葉で発したそれを除いて。
彼女が何を思ってそう言ったのかは分かりませんが、とてもシオリの口からは言えないことばかりなので言う気はありません。
ただ、同僚達にずっと秘め事をしている事実を改めて突きつけられた気分になり、その日の帰りはなんだか落ち着きませんでした。
◆ ◇
エドマ氷国連合――。
南の果ての海を越えた先にある極寒の大陸に存在した幾つかの国家を統合する形で誕生したこの複合国家は、ロータ・ロバリーでも数少ない帝政連合国家という不思議な国です。
帝政と連合って両立すんの? とはサクマさんの談。
シオリはそのへんよく分かりません。
この国は謎が多くミステリアスです。
環境についてはグラキオちゃんが幾度も語ってくれましたが、とにかく過酷な環境下で民を統べる為の強さが皇族に求められるという珍しい価値観を持っているそうです。
エドマ氷国連合への出張を命じられたシオリは、ギルドの皆とまた別れを告げてギルド所持の超大型移動陸船で移動中です。
わざわざこの移動陸船をギルドが持ち出したのは、単純に定期的に動かさないと逆にエンジンの動きが悪くなったりするからちょくちょく長距離移動に使われているみたいです。また、地ならし代わりにもなるから新しい道を作るのに使われているとも聞きました。
今回の旅はギルドとしての派遣な訳ですが、実際には里帰りのグラキオちゃんが同行しています。
他、サクマさん、セツナちゃんは元々セツナちゃんの身体を調べるという目的があったためグラキオちゃんの招く客扱い。
シオリの護衛名目でシェリアさん(&シラユキ)、ニーベルさんとサーヤさんも同行しています。
他メンバーはギルドに残っていますが、実際にはサクマさんの術によってブラッドリーさんとカナリアさん、パフィーちゃん辺りはいつでも合流可能です。
……その術、反則過ぎませんか。
シオリのじとっとした視線からサクマさんは全力で目も話も逸らします。
「しかしニーベル、何でおまえサーヤを任務にブッ込んだんだよ?」
「彼女から目を離さない為さ。それに寒い土地では炎使いが居た方が頼もしいだろ?」
「いけすかねーの。でも割のいい仕事だから今回は乗ってやりますよーだ」
「金の亡者」
「アンタが誘ったんでしょうが!!」
相変わらずニーベルさんとサーヤさんの言い合いが微笑ましいです。
セツナちゃんは外の風景を興味深そうに眺めており、グラキオちゃんは別室にいます。何故かというと、今は夏なので彼女は暑さを誤魔化す為に冷たい風の神秘術を纏っており、それが部屋を冷やし過ぎてしまうからだそうです。
溢れ出る優しさに100万
と、冗談はさておき、丸一日を費やして移動陸船は西大陸最南端にある港へ到着しました。
ここは西大陸で唯一エドマ氷国連合行きの船が存在しています。
そのうちの一つにびしっと指を指したグラキオちゃんが叫びます。
「見よ!! あれこそが世界で唯一、鉄鉱国の技術提供を受けずに開発された弩級大型動力船【スロン号】じゃ!!」
「こりゃまた……」
「おっきぃ!! おっきぃよサクマ、ニーベルっ!!」
「砕氷船……まるで鉄の塊だな。陸に住んでる人間としては、あれが浮いてるのが不思議だよ」
「って、サクマは驚かないの? あんなに珍しいのに……あ、もしかして故郷ではああいう船が一般的?」
「一般的とまでは言わんが、見る機会はあるな。俺の世界の船とだいぶ似てる」
そこにあったのは、超大型移動陸船に劣らぬ特大サイズの巨大船舶です。
帆もオールもついておらず、船体はどう見ても金属製。
シオリがイメージする一般的な海の船とは別物と言って過言ではありません。
極めて奇異な外観で、特に船底が猛烈に堅そうな上に、両サイドに巨大なネジのような長い螺旋状のパーツが左右に分かれて船底から顔を覗かせています。
グラキオちゃんが説明したそうにそわそわしているので説明を促すと、耳と尻尾をぴこぴこブンブンしながら鼻高々に説明してくれます。かわいい。
「極南の海は寒さの余り大きく広範囲に氷が張っていることも多く、流氷もある! 西大陸や東大陸でよく使われる従来型の木造帆船ではとてもではないが極南大陸には近づけぬ!! しかぁぁーーーしっ!! このスロン号は船体の重量、動力に寄る凄まじい推進力、更に船底についた氷を砕く螺旋柱によってバリバリ氷を粉砕しながら航海できるのじゃっ!!」
「すげえなアレ、動力によく分からん鉱石使ってるけど、神秘殆ど使ってねぇぞ。しかも冷却システムを冷たい海水から頂戴するとはまた大胆な……」
「ステイサクマ、ステーイ。俺等にそんな話されても分かんないから」
成程確かにその説明ではさっぱりわかりません。
とりあえずサクマさんでも凄いなと思う技術が使われているらしいので、めちゃ凄いのでしょう。
グラキオちゃんも凄いということが伝わってご満悦です。かわいい。
その後、全員つつがなくスロン号に乗船し、船旅が始まりました。
荒波、突風に氷塊もなんのそのな馬力は本当に凄く、なんと山ほどある氷塊が船の前に迫ってきたのを真正面から打ち砕きました。船の先端に超振動破砕機なるものがついているらしく、これで体当たりされれば鉄鉱国の海上戦闘艦さえ真っ二つの超威力だそうです。
「氷塊って実は海の上に出てるのちょびっとだけで海中にある方が大きいから、普通砕けないし迂回するけどな」
「それでは最短のルート取りが出来ぬ!! ……と白狼女帝様が仰られ、開発部が死に物狂いで開発したのじゃ!!」
「なんというパワハラ。早くも行き先に暗雲が……」
サクマさんはセツナちゃんの身体の秘密を探る為にグラキオちゃんの力を借りる訳ですが、その力というのがどうやら皇族の許可なしに利用できない代物で、しかも文を送ったところエドマの頂点、白狼女帝ネスキオが直々に迎えを寄越してくれることにまでなっているとか。
果たしてどんな世界なのか、エドマ氷国連合。
グラキオちゃんの兄弟がいたら確定でかわいいに違いないので今から出会うのが楽しみでなりません。
「いつものシオリすぎる」
サクマさんに諦観の籠もった視線を送られました。解せません。
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