第99話 受付嬢ちゃんへ挑む者

 ギルドのお仕事はどれも大変ですが、その中でも地味に大変なのがギルド内の落とし物です。

 所有物に本人であることを証明する名前でも刻んであればいいですが、大抵の冒険者さんはそんなマメなことはしませんし、そもそもそこまで几帳面な人は忘れ物をしません。


 食堂での忘れ物が最も多く、財布や武器、防具に衣服など実に多種多様かつ冒険者として忘れてはいけなさそうな代物をポンポン落としていきます。これはひとえにお酒のせいで、時折支払いまで忘れている人もいます。

 ちなみに支払わない場合は依頼の達成報酬から天引きです。

 ギルドの食堂はこれが浸透しすぎて最初から払わないことを選択する人もおり、サクマさんが「キャッシュレス決済……!」とよく分からないことを言っていました。


 忘れ物はギルド規定で保管は三か月と定められているので、これを過ぎても持ち主が不明な場合はギルドが接収することになっています。武器防具は解体されたり競売にかけられたりし、衣服は再利用可能ならバザーに。

 お財布の中身は全額頂きです。思い出の品っぽいものも容赦なく捨てます。


 何でも昔、落とし物を長く保管してしまうとギルド倉庫が武器で埋まってしまいそうなほど落とし物の多い時期があったのだそうです。以来、ギルドの落とし物保管期間はタイトになっていき、落とし物に対してルーズだった冒険者たちもきちんと持ち帰るようになった、という訳です。


 これでめでたしめでたしと言いたい所なのですが、人間は喉元を過ぎれば熱さを忘れる生き物。タイトな荷物管理に慣れてきた冒険者の皆さんは、慣れ過ぎてまた落とし物を多く落とす時期に入っています。

 大事なものなら大事にすればいいものを、と思いますが、常習犯たちにこの切なる願いは届きません。

 だって自分が悪いとは全く思っていないから常習犯になるのです。


 そしてもう一つ、ここ最近になって由々しき事態が発覚しました。


 それが、自分の武器だと偽って他人の武器を拾う遺失物違法取得者の発生です。


 存在が発覚したのがつい先日。

 見抜いたのはなんとセツナちゃんです。


『その武器、昨日はフランツが持ってたのに何で今はエッシャルが持ってるの?』

『ははは、何を言っているんだいお嬢ちゃん。この剣はもともと私の――』

『でも柄に43度の角度で出来た凹みも右の鍔にばかり傷が集中してる癖も、鞘に括りつけた手作りベルトの原料と穴の数も全部フランツのと同じだよ? 偶然なのかなぁ、サクマ?』

『と、俺の自慢の娘の天才的記憶力が火を噴いた訳だが?』

『……!?』


 フランツさんはサクマさんとそこそこ仲が良かったため偶然にも剣の形状や特徴を覚えていたセツナちゃん。そしてその剣はエッシャルさんが『落とした』と申告して倉庫から持ち出したものであり、そのすぐ後に落とし物を探しに来たフランツさんが『どこにもない』と困惑していた……という状況が重なり、エッシャルさんはすぐさま隠密室の取り調べを受けました。


 エッシャルさんは鎧やマントの見栄えの為に少々お金を浪費する悪癖があったようで、時々新しい剣を買う余裕がない時に同様の手口で剣を持ち出していたそうです。それを機に調査し直したところ、同様の手口でそれなりの数の武器や財布が持ち出されていた可能性が高いとの結論が出ました。


「で、武器登録制度って訳か。ふわぁ……来月から試験運用ってことは、忙しくなんなぁ」


 会議が終わって大あくびをしたレジーナちゃんに、周囲が頷きます。


「でもテレポットは既にナンバーが刻まれてますから、ノウハウはありますよね?」


 デスクを几帳面に磨くモニカちゃんの問いに、アシュリーちゃんが頷きます。


「確かに! あぁん、でも武器に神秘数列を刻んでいる人とかは困っちゃうかもしれませんねぇ」

「スピネルとは大変だぜ。あのオッサンしこたま武器持って……あ、そーいやもういないんだったな」

「今や懐かしい名前ですねぇ」


 そう言いながら、アシュリーはほんの一瞬だけシオリの方に不満げな視線を投げかけました。

 担当冒険者が減ったならもっと小馬鹿にした視線を投げかける彼女がなぜそんな顔をするのか、シオリは彼女の考えることが分かりませんでした。まさか狙っていたとも思えませんし、金欠の彼がアシュリーちゃんに貢ぎ物をしていたとは考えづらいです。

 視線は一瞬。

 モニカちゃんの言葉が視線を途切れさせます。


「ナンバーを刻む武器や装備に制限はあるんでしょうか。消耗品の爆竹までは流石につけないと思いますけど……」

「鍛冶屋さんや道具屋さんにもお話通すことになりそー」


 シオリとしては、何らかの理由でナンバーが消えてしまった際にどうするかが心配です。

 仮に仕事による破損や摩耗でナンバーが消えたとして、まさか仕事のたびにナンバーに破損がないかギルドが逐一確認する訳にもいきませんから自己申告になります。

 そうなると、面倒がって自己申告しない人が必ず出るでしょう。


「超出るだろーな」

「出ますね……」

「ものぐささんもいますもんねー」


 そして、破損させた側の責任の癖にいざトラブルが起きるとギルドに責任を取れとか言い出しそうな気がします。


「想像でき過ぎて困るわぁ」

「頭に血が上ってると話も聞いてくれませんしねぇ……」

「みんな協力してくれれば誰も不幸にならないのにねー」


 定期調査するにも手間と時間がかかります。

 すれば確実なのは間違いありませんが、冒険者さんがギルドに武器を抱えたまま現れるとも限りません。依頼を受けた後に装備を整え、装備を家に置いてから報告に来る人も当然います。

 この話、丁度いい落としどころを見つけるにはまだ時間がかかりそうです。

 と――。


「失礼するわよ。みんなお仕事お疲れ様!」

「あ、カリーナパイセンじゃん」

「ちょっと時間いいかしら? 実は受付嬢を五人体制に増やすことになったの。この子はもうすぐここに配属になるのが決まってるから一足早いご挨拶よ」


 カリーナさんの後ろに控えるギルド職員の女の子を見て、面々が立ち上がります。新人受付嬢――シオリの周囲ではモニカちゃんが僅差で一番の新参でなので後輩というのは新鮮な印象を受けます。


 受付嬢たちは個性的ですが、当然ながら誰でもなれる訳ではありません。

 一定の知識、コミュニケーション能力、容姿がなければ、ギルド職員にはなれてもギルド受付嬢にはなれないのです。

 また、一定の冒険者にウケる専門性も一つの基準となることがあります。

 今回カリーナさんが連れてきた子は、その狭き門をくぐった子ということでしょう。


「で、この子が選定された子。現場に入るのはまだだけどね?」

「は、初めまして!」


 カリーナさんに連れてこられてしきりに縮こまりながら周囲に礼を振りまく女の子は、シオリより二つ年下でムンナちゃんというです。

 モニカちゃんと同じくすこし気が弱そうで、綺麗なおでこが中々にチャーミング。なんとなく後輩感強めに感じます。

 ギルド職員になって間もない初々しい同僚に、いつもの受付嬢仲間たちが次々に挨拶します


「シクヨロー!」

「よ、よろしくお願いします!」

「よろしくねぇ~♪」

「ここ、こちらこそ! ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」


 シオリもご挨拶すると、ムンナちゃんは熱にうなされるように緊張で真っ赤になります。モニカちゃんはシンパシーを感じ、レジーナちゃんは面倒見てあげようという顔で、アシュリーちゃんはいつも通り本心を覆い隠したスマイルです。


 仕事柄考えるのは、どうしても彼女が現場で活躍できるかどうか。

 新人研修を受ければ基本は学べますが、応用は残念ながら現場で学ぶ他ありません。そこで心が折れた人も過去にはいたそうです。

 もし現場で適性がなければ、彼女はヒラの職員に転属でしょう。


「ここは先輩として、貴方たちに一言ずつアドバイスをしてあげて欲しいの」


 カリーナさんの頼みにだいたい率先して了承するのはノリで生活してる感のあるレジーナちゃんです。


「いいかムンナ! ウチら受付嬢に一番必要なモノ……それは知識だ!! 間違った知識を説明すると当然冒険者も間違えちまうからな!」


 それは確かに大事ですが、知識面で一番弱いレジーナちゃんが力説すると説得力があるんだかないんだか。よく自分も分からない部分を周囲に聞いてから「だってよー!」と言うのが定番なので、ある意味一番自分に欠けているものとして重要性を訴えたのかもしれません。

 ムンナちゃん以外の全員から胡乱気な視線がちらりと飛びます。


 続いてモニカちゃんです。


「受付嬢には知識も大事ですが……私は勇気や度胸がいると思います! 冒険者さんって押しが強かったり顔が怖かったり、よくありますからね……」


 それは確かに大事ですが、例によってモニカちゃんの度胸が一番足りていません。まぁ、彼女もピンチになると周囲に助けを求めますし、自分のような苦労を後輩にして欲しくないのかもしれません。子育てで子供に色々やらせようとし過ぎて失敗するパターンです。

 レジーナちゃんが腑に落ちない顔でモニカちゃんをちらっと見ました。


 今度はアシュリーちゃんです。


「受付嬢は平等公平がモットーです。冒険者に怒らず、他の人に嫉妬せず、人任せにしない。これさえ出来れば皆さんすぐに頼ってくれますよ!」


 それは確かに大事ですが、顔に出してないだけで全部やってる気のする彼女は華麗なるブーメラン使いのようです。バレなきゃいいのかもしれません。

 カリーナさんが心なしか呆れた視線を向けています。


 と――考えている場合ではありません。次はシオリの番です。

 おっほん。ではでは。


 ――冒険者さんと仲良くすることが悪いとは言いません。

 ――しかし、受付嬢として一定の線引きをしてください。

 ――受付嬢になれば、沢山の冒険者と接し、そして別れていきます。


 ――自分の優先事項を見誤らないでください。


 ムンナちゃん以外の全員の視線が「それはひょっとしてギャグですか?」と言っている気がします。

 至極真っ当な事を言ったつもりだったのですが、何かおかしかったでしょうか。


(ガッツリ冒険者と親密に関りまくってるし……)

(可愛い女の子の為に優先すべきこと見誤ったばかりですし……)

(チッ、天然女が……)

「あの、シオリさん。失礼ながら、ブラッドリーさんとお付き合いしているシオリさんに言われても説得力が……」


 ムンナちゃん、まさかの誤情報により離反です。

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