第80話 受付嬢ちゃんですら知らない
その日の昼、シオリは『溜まりに溜まった有給休暇の消化』という予想外の大義名分を携えて帰ってきたクロエくんに、魔将の思惑に乗ることを伝えました。そのことを知ったクロエくんは、おまけとばかりに『特殊遠征』というクエスト依頼書を差し出し、付いてくるメンバーにサインするよう促しました。
まるで全てを読んでいたような鮮やかな手回しで、シオリの遠征計画は完成しました。
もしかしてクロエくんは天才なのでしょうか。
天才な上に強くてかわいいなんて無敵すぎます。
「おい、お前らの担当受付嬢だろ。なんとかしないとひどいぞ」
「こういう個性の子と思って諦めて頂戴。私たちもソレに関しては諦めてるから」
ん? 何の話ですか? 聞いてませんでした。
「……町の防衛力の話だ」
クロエくんが考えることを放棄したような遠い目で町外れの移動陸艦に視線を移します。ロスアンゲルス級ではなくバジーニャ級という完全戦闘用の艦だと今朝にレジーナちゃんが興奮気味に教えてくれました。
「フェルシュトナーダも抜けるとなるとギルドとしては痛手だからな。せめて全冒険者を外に出しても町の防衛が問題なくなるようにエディンスコーダから借りてきた。尤も、出番がなければそれに越したことはない」
……多分、平和に越したことはないということではなく、バジーニャ級の凶悪な砲門が一斉砲撃をすればカナリアさんの数砲ぶっぱが目じゃないほど大地を穴ぼこにするからでしょう。遠目に見ても分かるぐらいえげつない大きさの砲台が艦のあちこちから存在を主張しています。
エディンスコーダ鉄鉱国の戦艦の一斉砲撃は余りにも情け容赦がなさすぎて魔物が可哀想になることで有名らしいです。
……ところで、移動手段はどうするのでしょうか。
既に数日前に出発しているブラッドリーさんを同じ移動方法で追いかけては追いつけないどころかすれ違いで帰ってしまう可能性があります。
「それは――」
クロエくんが何か言おうとした刹那、サクマさんが前に出ました。
「俺がやるよ」
その言葉に、全員の視線が集まりました。
「あのエインフィレモスとかいう奴は俺がここにいて何者なのか知ってる風だった。必然、俺が『近道』を使う可能性なんぞ百も承知の筈だ。つまるところ、そうしても問題ないくらい状況は逼迫してるかもしれん」
「何をする気だい、サクマ?」
ニーベルさんの問いかけは、尋ねているというよりは確認してるような声色でした。
本当にいいのか、留まってもいいんだぞ――そんな風に聞こえました。
しかし、サクマさんは彼にしか見えないほど小さく首を横に振ると、決意を決めた目をしました。
「ちゃんとやれること全部やるよ」
懐から時々触っている板切れを取り出したサクマさんは、普段からは想像もつかない真剣な眼差しでそれを見つめます。
「ずっと使うのが怖かった。でも使わないせいで後悔する方がもっと怖いって、最近思い知ったよ。だからもう隠すのはやめる。たとえあの時俺が……王様気分で全て滅茶苦茶にしたあの島を、もう一つ生み出すことになっても」
サクマさんは板きれを通して誰も知らない己の過去に想いを馳せているようでした。
サクマさんの過去はこの場の誰も知りません。
当人が語らないので友人のニーベルさんでさえ知らないそうです。
意気地なしともとれた過去の彼の性格と、何かしらの関わりはあるのでしょう。
果たしてサクマさんの隠し事とは――。
「
『命令を受諾しました。固有神秘係数検索、イルミネイターアクセス。投影比率を権限者の前方にデフォルト値で表示します』
ありのまま起きた事を説明しましょう。
サクマさんが板に話しかけたら、サクマさんが変声腹話術で返事をしました。
とうとう自分を鼓舞するためにイマジナリーな自分を心の中に作り出してしまったと言うのでしょうか。元々戦いを嫌っていたサクマさんが立ち上がるにはそれほどまでの事をしなければならなかったとは。シオリは涙を堪えるので精一杯――となると思いきや、更に驚くことが起きました。
突然、サクマさんの前に絵画のようなものが出現したのです。
いえ、よく見ればその絵画の絵は動いており、更に先が微かに透けています。
その場の殆どが理解不能なものを見る目をしていますが、フェルシュトナーダさんとクロエくんはそれが何なのか理解できるようです。
「映像の投影……! うそでしょ、そんな技術を個人で所持してるなんて……!」
「これは現在の映像か? 視点は、真上から拡大されて見下ろしている感じか……興味深い代物だ」
エーゾーのトーエー。
そこそこ教養のある方であるシオリを以てしてサッパリ意味が分かりません。
博識なモニカちゃんなら分かるかも知れませんが、一体これは何なのでしょうか。
シオリの問いに、サクマさんは更に訳の分からないことを言います。
「多分、人工衛星的なものにアクセスして対象を自動追跡してんだ。神秘術も使ってるけど明らかに機械文明幾つか挟んでる。てゆーか人工衛星て。ファンタジー世界に人工衛星とかマジどうなってんだこの世界。超古代の文明がスマホとリンクすな」
全く説明の体を為していないことを言いながらサクマさんが独り善がりに苦悶しています。セツナちゃんも意味も分からず同じポーズで苦悩っぽい顔をします。ニーベルさんが「真似しなくていいから」とやんわりやめさせ、サクマさんを遠い目で見ました。
「ああ、この感じ久しぶりだな。ええと、今じゃあんまりないけどサクマは時々まったく意味の分からない独り言を呟いて一人思考の海に沈んでいく癖があるんだ。おーい、サクマー! ロータ・ロバリーでも分かる言葉で話してくれー!」
「ン……ああ、すまん。つまりこいつは遠見の神秘術をすごい発展させた術だと思ってくれ。映像からしてご一行はまだ目的地に向けて移動中らしい」
遠見の神秘術とは、人間の視力では子細に見えないほど遠くの光景を鮮明に見る為の神秘術です。基本的には双眼鏡などと同じですが、遠見の神秘術は見たい光景が術者の視界にダイレクトに入るのでよりよく見えます。他の神秘術を一切使えなくても遠見は使えるなんて人もたまにいるくらいです。
サクマさんの言葉を信じるなら、目の前のこれはその遠見の術を何もない場所に――原理は全く理解できませんが、映す術を板を通して使っているようです。
映像には移動する馬車が映っています。
あの中にブラッドリーさんご一行がいるのでしょうか。
クロエくんがサクマさんに質問します。
「これは大陸のどのあたりだ?」
「縮尺変えて表示するぞ」
板切れを何やら触ると映像が急速に馬車から離れていき、やがて世界地図に載るこの大陸と同じ輪郭が見えるほど視点が上昇します。赤い点で表示されているのが馬車の位置のようです。
クロエくんはしばしこれを見つめ、口を開きます。
「
「その村ってのは?」
「シグルの婚約者が住んでいた場所。そして公にシグルと婚約者が死んだことになっている場所だ。近くに研究砦があって、第二次退魔戦役で……いや、ともかくこの土地は退魔戦役の主戦場に近く、土地は草木も育たないほどに朽ちてしまったから今は魔物さえ住んでない」
「成程、そこに行けばいいんだな?」
言うが早いか、サクマさんは神秘術を行使して目の前の投影された光景を消し、代わりに光の輪を生み出しました。輪はみるみるうちに大きくなり、2マトレ少しほどの大きさになって目の前に光の壁のように固定されます。
「神秘術で空間を捻じ曲げて、行き先とここを直結させた。通ればすぐ目的地だ」
「え」
「え」
「え」
非常にサラっと、サクマさんは現代の移動手段に平気な顔で唾を吐きかけるような移動方法を提示しました。
「「「ええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」」」
「言っただろ、やれること全部やるって。俺もう自重しないもんねー」
どこか解放感さえある様子でサクマさんは悠々と光の輪の中を潜って姿が見えなくなりました。止める間もなくセツナちゃんもついていき、光の中に消えます。
念のために輪の反対側を見ますが、いません。
フェルシュトナーダさんが頭を抱えています。
「出来るけど、理論上は出来るけど!! でも待って、それ神秘数列の処理するのにマギムだと丸一年はかかるやつッ!! しかも一方通行の一人用!! 歩いて移動した方がマシなやつだからッ!!」
「サクマ……そんな便利な術隠してたのか……」
「疑問。この光を通過することで本当に目的地に到達できるか不鮮明」
「出来るぞ」
「わぁぁおッ!?」
パフィーちゃんの声はしっかり聞こえていたようで、光の中からひょこっとサクマさんが上半身だけ登場です。サクマさんの下からセツナちゃんも顔だけ出しています。
横から見るとダブル浮遊生首です。
怖すぎて腰を抜かすかと思いました。
「あーだこーだ言ってないでとっとと来てくれよ。野営の準備はしてあるだろ? 馬車用意するとか術で飛ぶとかやるよりこっちの方が楽なんだ。ブラッドリーたちを先に目的地で悠々と待ってやろうぜ」
「シオリ、わたしテント張りやりたい!」
そんなことを言われても、ヒトは未知のものには容易に近寄れないものです。
シオリが尻込みする中、フェルシュトナーダさんが術の分析したさに飛び込み、次いでクロエくんが散歩でもするように突入。サーヤちゃんが入るとニーベルさんも追従し、気付けばグラキオちゃんとパフィーちゃんがいつまでも動かないシオリの手を引いて光の壁に歩き出しました。
ああっ、待って、まだ気持ちの整理が――!!
「気持ちもなにも、通れば終わりじゃろう。妾がついておるのだからどんと構えい」
「既にサクマとセツナによって安全性の証明は終了済み。これ以上は無意味な時間のロス」
待って待って怖い怖い怖いギブギブ、あぁぁーーーー!!
……というシオリの情けない悲鳴は、光の中へと消えていきました。ぐいぐい引っ張ってくれる逞しい二人もかわいいですが、ちょっとだけ恨めしかったです。
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