第79話 受付嬢ちゃんでいたいけど
シオリが垣間見た短いドラマに皆が耳を傾けました。
ニーベルさんはその後の二人に待っていた結末に思いを馳せるように目を閉じます。愛し合った二人が迎えたのは、余りにも無情で虚しい結末だったのですから。
話を一通り聞いたクロエくんが口を開きます。
「それは本当に過去の記録と見ていいだろう。物語では名前は創作で色々変わってるが、当時のシグルと婚約していた女はリブラリアで間違いない。聞いた限り特徴も一致してるし、そんなやり取りをする仲だった……と、聞いている」
サーヤさんが不可解そうに首を傾げます。
「仮に本物だったとしてさ。何でそんな記録をシオリに見せに来たか謎じゃね? フツー記憶を失った本人に見せるべきだろ」
「或いは今のシグルは既にそこまで思い出してるのかもしれんし、これから知るのかもしれん。つまり、出ていった連中――シグルたちが得るであろう情報の共有だ」
「それは論理が飛躍している。整合性がない」
クロエの言葉に異を唱えたのはパフィーちゃんです。
しかしクロエくんは首を横に振ります。
「エインフィレモスは『将来に確定して起きる事象に対しての事前説明』と言った。つまり、将来的にはこの話は誰かがシオリに説明する話だという意味だ。奴はそれをショートカットし、先にシオリに情報を教えた」
「その情報が役立つ場面が来る、のか?」
ニーベルの問いに、恐らくはな、とクロエくんが答えます。
シオリは、魔将の言葉を真に受けて良いのが疑問を呈します。
クロエくんはアサシンギルド、一番魔将の言葉など信じなさそうなものですが。
「奴と話していて思った。あれは嘘とか真実とか、そういう人間的な思考の一つ向こうにいる。未来を見る能力――厳密には、それを演算する術を使えるのかもしれん。だから斬られない確信をもって姿を見せて現れたんだ」
実際に魔将との戦闘経験があるアサシンギルドの当主を継いだヒトにしか見えないものがあるのでしょうか。ニーベルさんは納得がいかないのか頭を振ります。
「……わからないな。何故魔将が人間に知恵を与える? 連中の目的は人類の滅亡だろう?」
「いや、そうでもない」
「えっ」
ニーベルさんが絶句します。
クロエ君は、全ての前提を覆すような事を平然と口にしました。
「奴らの主たる目的は知らんが、奴らは人類を滅亡させたい訳ではない。種のコントロールをしたいだけだろう。おまけに言うと、魔将は自我が強すぎて全体の利益より個人的な思惑を優先する節もある」
シオリさえ、思わず絶句しました。
ヒトは寿命で死ぬことと同じくらい当たり前に、このロータ・ロバリーでは魔物はヒトを滅ぼす為に存在するものとして幼少期から教えられ、実際に歴史上でもそう思えるに足る相当な出来事が起きています。
それをギルドの人間が否定したのですから、驚かない訳がありません。クロエくんは煩わしげに質問したそうな面々を手で遮ります。
「その話は長くなるし、わざわざ説明する気も今はない。ただ、話を聞いた限り奴は事象とやらのショートカットを目論んでいる風だった。そして、判断は俺たち次第、とも言った」
確かに、恐怖の余り逆にあの時の言葉をよく覚えているシオリもそれは聞きました。
その物言い、やり方は、今になって思えばまるで――。
まるで、自分が予測する出来事の結果を変えて欲しいようにも取れました。
「……お前はシグル――いや、ブラッドリーにとって大切な『何か』を変える可能性がある。俺はそう判断した」
シオリは、急にブラッドリーさんが今頃なにをしているのか、急激に心配になってきました。
クロエくんは席を立ち、窓を開けます。
「昼にまた来る。奴の元に行くかどうかはそれまでに決めておけ」
窓の縁に足をかけ、蹴ったクロエくんは黒翼を広げて夜の闇に消えました。
残された面々が沈黙する中、真っ先に口を開いたのはサクマさんでした。
「口だけだが言っておく。俺、反対」
「はんたい」
サクマさんとセツナちゃんがジトっとした目で言い放ちました。
まだ何も言ってないですけど、というと、サクマさんはやれやれと首を横に振ります。セツナちゃんも真似してやれやれと首を横に振りました。最近セツナちゃんは大人のまねっこも増えてきてます。かわいい。
「今からブラッドリーの所に行こうって思ってんだろ。俺に止める権利はないけど、これは完全に自分から危ないことに首突っ込もうとしてるんだからウンとは頷けねぇよ」
「うなづけねーよ」
「セツナ、言葉遣いに気を付けなさい」
「うなづけません!」
「よろしい」
「えへへ。いいこいいこしてー♪」
褒めてほしそうに頭を差し出すセツナちゃんとそれを撫でるサクマさん。親子のコミュニケーション学習のダシにされた感がありますが、セツナちゃんが可愛いので許しましょう。
一応他の面子の顔色も見ます。
まずニーベルさんは、難しい顔で反対しました。
「頭が固いと言われるかもしれないけど、自分で魔将を名乗った存在の思惑に乗るってことだろ? 今まで魔将に幾つの国が滅ぼされ、家々が破壊され、焼き払われたのかを考えればね。【黒き風刃】の言葉があったとしても、俺は賛成できない」
アーリアル歴王国の十摂家の息子としても人類の一人として、ここを譲るのは確かに難しいを通り越して無茶です。一方で隣のサーヤさんはあっけらかんとしています。
「でも、起きることは結局起きるって話だったろ? 今更抵抗したってどうしようもねーんなら、こっちのやりたい選択するってのも有りなんじゃねーの?」
消極的賛成が一票です。
しかし、やはり相手が相手なだけあって、反対意見の方が多くなります。
パフィーちゃんは少し怒ったような顔でシオリの服のすそを掴みました。
「未来の予測など非現実的。相手の思惑に乗る理由もない。無視を推奨する」
「……それも一つの手だけれど、相手に先手を譲らせた時点でこっちの負けが覆らないという事実もある。本当に悔しいけどね」
フェルシュトナーダさんは唇を噛み、握った拳の中で爪が皮膚に食い込んでいます。
「あのエインフィレモスとかいう魔物がシオリちゃんに施した術は、任意の夢を見せる術で間違いない。分析してみたけど、これは段階的に発動し、しかも係数がシオリちゃんの固有神秘波数と完全一致しているから割り込みも取り除きも不可能。人体に影響がないのは確定だけど、こうなると無視することにリスクがないとも言えない」
「クロエくんの話だと単に選択を促しているだけにも取れる点については、どうお考えで?」
「……正直に言うとね。ブラッドリーとはそれなりの付き合いだから、困ってるなら助けてやりたい思いがある。あいつと関係する事柄なら、無視して嫌な結末を迎えるのは後味が悪いわ」
論理的思考を心掛けるフェルシュトナーダさんが口にする、明確な私情。
消極的賛成のようです。
シオリはフェルシュトナーダさんのこういう情深いところが好きです。
また、シェリアちゃんも賛成に回りました。
「私もブラッドリーさんには個人的に恩があるので、できれば助力になりたいです」
グラキオちゃんはどう思っているのでしょう。
「シオリにこれ以上危険な目に遭って欲しくはない。ブラッドリーも好かぬし、どうなろうと構わぬ……と言いたい所じゃが」
閉じていた目を開いたグラキオちゃんは、忌々しそうにふんす、と鼻を鳴らします。
「決着が着かぬまま勝手に消えられてはアヤツの勝ち逃げではないか。妾はそんな結末は認めぬ。シオリが行くなら妾も行く!」
グラキオちゃん、貴方も天使ですか。
可愛すぎて鼻の奥から何か出てきそうです。
これで反対四、賛成四。クロエくんは行く気っぽいのでシオリも含めれば六対四で行く派の勝利です。サクマさんが言った通り、シオリはとうの昔に行く気でした。
何事もなければそれでよし。
しかし、もしもシオリにブラッドリーさんの未来を少しでも良い方向に変える力があるのであれば――フェルシュトナーダさんが言ったように、シオリも後悔したくないのです。
それを聞いた皆は、どうしようもなく世話の焼ける人を見たような顔で一斉にため息をつきました。
「ブラッドリーのこと大好きかよ。中立公正なギルドの精神はどこ行ったんだよ」
「年の差何歳カップルになるのかしら」
「どんな困難があろうと男の為に勇気を振り絞る……愛ってヤツだな!」
「ああ、シオリ。サーヤは思春期だからあんまり気にしないであげて」
「腫れ物を扱うような言い方でアタシを貶めるのやめろやッ!?」
みんなシオリとブラッドリーさんの関係をどんだけ邪推してるんでしょうか。ブラッドリーさんとの関係はそういう浮ついたものではなく――。
「普通のギルド受付嬢は、魔将まで絡んでる話に自分から首突っ込んで行こうとしねーから。業務範囲広げ過ぎなんだよ」
――あう。で、でもサクマさん……。
「あうもでももねーよ。いっそアウトな行為にこっちがデモしたいわ。第一、追いかけてる間の通常業務はどうすんの?」
そ、それはクロエくんがなんとかしてくれる気がします。たぶん。
ぶっちゃけ今のシオリは職員として当てになりません。
というのも、既にシオリは性質はどうあれ魔将――人類最大の敵に記憶干渉を受けた身になってしまっているのです。
ギルドからすれば既に今の時点で『シオリは操られているかもしれない』という、どうしようもないくらい仕事をさせられない存在ということになります。むしろこれ以上の情報漏洩を防止するために特殊刑務所に放り込まれる可能性さえあります。
セツナちゃんは意味は分かっていないけど不穏な空気を感じたのか、不安げにサクマさんを見上げます。
「……シオリ、ピンチ?」
「ピンチだな。そうか、そういう……でもクロエならその辺揉み消せるんじゃ」
そうです。
なので、どう足掻いてもシオリとしては自分より格上の権限を持つクロエくんの動向に従うしかないのです。
ギルドの人間としてのリスク管理からしても、シオリから魔将の術の影響が完全に消えるまでは仕事に復帰は不適切な判断でしょう。
聞き終えたサクマさんは目頭を抑えて唸り、やがて顔を上げました。
「シオリの護衛に着いていくやつ、手を上げろ」
サーヤさん以外の全員の手が聳え立ちました。
サーヤさんはちょっと迷っていましたが、場の空気に合わせるようにゆっくり手を上げます。
「だから言ったんだよ、口だけ反対って。結局こうなるの見え見えだったし」
煙管に火をつけて大きく煙を吸い込んだサクマさんは、もはや逆に意地でも着いてくような顔をしていました。
初対面ではニーベルさん共々胡散臭く怪しい人だと思っていたのに今では彼に一番心を読まれてしまっていて、なんだか気恥ずかしい反面少しだけ頼もしいシオリでした。
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