第77話 受付嬢ちゃんではフォロー出来ない

 世の中、ブラッドリーさんだけが謎を抱えている訳ではありません。シオリの身近にはもっと特大の謎を抱えているヒトもいます。

 ブラッドリーさんに触発されたかのように、一人の男が漸く重い腰を上げました。


「セツナの謎に、いい加減斬り込みたいと思ってる」


 サクマさんが、宿でぽつりと言いました。

 当のセツナちゃんは外でポンポロさんと彼が道連れ目的で呼んだらしい友人のチャントンさんの三人で遊んでいます。


「にゅー」

「ムキャアアアアア!? 頭身縮む! 頭伸ばされすぎて頭身縮ムゥ~~~~!?」

「くっくっくっ、別のポムポムを連れてくればポンポロは伸ばされなくて済むム。天才的な発想ム!」

「……ポンポロの方が伸ばしやすい。にゅー」

「ムキャアアアアアア!? なんでそうなるムかこのクソガキャアアア!?」

「ザマァないム! ドケチのポンポロが飯奢るとか言い出すから怪しいと思ったム!」

「うーん……ポンポロだけ伸ばすのもフビョードーだから両手でにゅー」

「「ムキャアアア~~~~!?」」


 相変わらずポムポム伸ばしが好きなセツナちゃん。 

 最近、セツナちゃんの感情が分かりやすく顔に出るようになったのは喜ばしいことです。言葉のたどたどしさも消えてきて、すくすく成長しているのだと思えます。

 なによりも笑顔が可愛い。

 笑顔以外も可愛い。

 素晴らしいことですと言うと、サクマさんも真面目な顔で頷きます。


 しかし、同時に最近、セツナちゃんは嗅覚が非常に鋭くなりました。


「くんくん……チャントン、ちょっと鉄と油と石っぽいニオイする」

「そりゃ多分商売の相棒カンテラスくんがガゾムだからム。ガゾムとポムポムは同じ戦いがニガテな者同士だから一緒に生活してるム。にしてもよく分かるムね~。カンテラスくんガゾムにしては身だしなみに気を遣う方なんムけど……で、そろそろ三頭身に戻して欲しいムぅ……!!」


 伸ばされたまま冷静に会話しているチャントンさんですが、流石にちょっと辛いようです。あそこまでやられても抵抗しない辺り、ポムポムの民には子供を大事にする風習でもあるのかもしれません。


 チャントンさんは感心程度で済ませていますが、セツナちゃんの身体機能は他の方面でも飛躍的に発達しています。

 遠くの音を確認する際に犬耳を生やしたり、届かない高さのものに手をつける為に羽を生やして飛んだり、今まで持てなかった重いものを持つ際に額から二本の角が生えることも確認されています。


 聴覚や嗅覚に優れたケレビム。

 空を飛ぶ黒羽根のナフテム。

 肉体の頑強さが目を見張るディクロム。

 彼女の体には現在、複数種族の特徴が確認されています。

 これは、今現在の世界で全く確認されていない種族的特徴です。


「羽根は分からんが、耳と角……セツナが相手から引きちぎって呑み込んだんだって?」


 思い出したくない光景が頭を過りますが、頷きます。

 確かにあの騒動の際、セツナちゃんがそれらを呑み込むのをシオリはこの目で見ました。


「無関係とは思えん。元々そういう特徴を持っていたのではなく、相手の一部を取り込むことでその能力を模倣していると俺は見ている。セツナの心は女の子だけど、体の方には絶対に秘密がある。あの子自身の為にも、その正体を見極めて教育方針をちゃんと決めたい」


 それは、よい心がけだと思います。

 深く彼女の事を愛している父親だからこそ、娘の体に何が起きているのか知ろうとするのは親の義務です。シオリはあくまで彼らの私生活に口を出す立場ではありませんが、その方針は人間として正しいと感じました。


 本音を言うと、シオリも知りたいです。

 しかし、どうやって調べるというのでしょう。

 疑問に思う中、外で遊ぶセツナちゃん達に新たなメンバーが合流しました。グラキオちゃんです。


「これ、セツナ。無闇にポムポムを伸ばすものではないぞ。力ある者は力なき者を導く責務を背負わねばならんのだ」

「えー……でもこんなに面白いのに」

「チャントンには服の工面で世話になっておるのじゃ。エドマで伝わるボール遊びを教えるが故、妾の顔を立てよ。ポンポロは伸ばしてよいから」

「ならいいかぁ」

「いいわけあるかム!! ムギュウウウ~~~!? 捻るな、捻るなムゥゥゥ~~~ッ!!」


 引き延されながらツイストされる哀れなポンポロさんを華麗にスルーしてボールを用意するグラキオちゃんを、サクマさんが目で指します。


「グラキオちゃんがな、母国の方でそういうのを調べるのに心当たりがあるらしい。そろそろこっちは夏だから暑がりの彼女は避暑も兼ねて里帰りする。そんときについでに同行させて貰えることになった」


 グラキオちゃんじゃ何かとセツナちゃんを妹のように思って接している節があります。二人が並んでいる時の光景と来たら、尊すぎて胸が苦しくなるほどです。最近はパフィーちゃんも誘われて渋々付き合っているので幸せトライアングルです。


「えーと……うん、そうだな。ともかくグラキオちゃんは皇女でもあるから期待できると思っている。そういう訳で、俺とニーベルとグラキオちゃんはブラッドリーたちが戻ってきたあとここを暫く出る予定だ。結果が分かったらシオリちゃんにも伝えるよ」


 まるで近い先に長期出張することを妻に告げる旦那のようです。

 そういうと、サクマさんがそっと目を逸らしました。


「そういうこと言うな。恥ずかしいから。あと、それ男を勘違いさせる系の発言だからマジ控えてくれ」


 はぁ……そういうものなのでしょうか。


「そうなんだよ。ていうかシオリはそういう経験結構あるんじゃねーのか?」


 あると言えばあります。

 冒険者さんに告白されたりとか。

 でも経験則的なデータで統計的に覚えているので、前例のない「男を誘惑する言葉」である場合は無意識に言っちゃったかもしれません。シオリは最近、男女の距離の取り方については割とポンコツだと言われることに定評があります。


「自慢になんねーから。勘違い加速させたくなきゃさっさと冒険者以外のいい男見つけてくっつけっての」


 割と心を抉る一言、かつ尤もな意見です。

 フリーだから勘違いされるというのは的を射ていると思います。


 しかし、いい男とはそう簡単に見つからないものなのです。

 恋愛遍歴が貧弱なシオリですが、そろそろいい男を真剣に探すべきなのでしょうか。そのうち先輩にでも相談してみよう、とシオリは憂鬱をため息に乗せました。




 ◆ ◇




 ギルドの依頼は、原則としてクエストボードに貼られたものを冒険者が持ってくるのはご存じのことかと思います。

 いつからそうなったのかは定かではありませんが、口頭では正確性に欠け、受付一極管理ではギルド側の仕事が鈍化するため、ボード管理の面倒さを除けば思いついた人はまぁまぁ頭がいいとシオリは思っています。


 冒険者さんによっては予め受付で狙いの依頼があるか確認をしてからクエストボードに行くヒトもいます。

 マジクサ改めヤヤクサさんことラジプタさんは偉そうに「いつもの」とか言っていますが、あれでも一応自分で依頼を取りに向かっています。流石にあの人ほど頻繁にカウンターに来られると鬱陶しいなぁというシオリの闇の心が毒づいたりしますが、効率的なやりかたではあります。


 しかし、世の中には困った人もいる訳で。

 更に、困っている人は好きで困っている訳ではないこともある訳で。


「あれ? あれぇ? 依頼……どこぉ!?」


 不思議な形状の巨大メガネを付けた土竜族モルムの新人冒険者グーリュさんが必死にボードに齧りついています。

 彼の一族、モルムは掘削能力に優れ、仕事柄昔からガゾムと深い親交関係があります。彼らの爪の鋭さと硬度は土を掘り進むのにこの上なく適しており、採掘系の依頼ならモルムとガゾムが一人ずついれば失敗はないとまで言われています。


 が、そんなモルムの民には致命的な弱点があります。

 超がつくほどド近眼なのです。


 地上では絶望的に戦力になりませんが地面に潜ればこっちのものらしく、地形によってはモルムの削岩能力で相手の足場を崩すことも出来ます。この間の万魔侵攻でも、木の少ない開けた土地ではモルムの冒険者たちが合体神秘術の『ボトムレス・スワンプ』なる技で多くの魔物を土に沈めました。


 種族によって向き不向きがあるのは冒険者あるあるなのですが、依頼書を探す能力が低いとなるともうギルドではどうしようもありません。大抵のモルムは相方に頼んで持ってきてもらうのですが、彼にはまだ相方がいないようです。

 困り果ててウロウロうするグーリュさんに周囲も依頼が取り辛くて少しピリピリしており、よくない空気がこちらにまで漂ってきます。


 と、クエストボード前に久しぶりに現れたバンガーさんが今日の依頼を見渡します。


「ふむふむ、今日のはワルフ討伐、コヴォル討伐、トラウド討伐に青鈴草採取、復興手伝い、西のカリーナ洞窟でラジェル鉱石の採掘ねぇ!」


 バンガーさんは毎度毎度クエストボードの前で目に付く依頼を大声で読み上げて周囲に「またこいつかよ、煩いなぁ」と顔を顰められる悪癖があります。

 今日は午前中をジンオウさんによる指導を受けるのに費やしたらしく今日はあのデカ声を聞かずに済むと周囲が言っていたのですが、噂をすればやってくるようです。


 しかし周囲にとって厄介者でも、グーリュさんにとっては救世主です。


「えっ、ドコ!? カリーナ洞窟の鉱石採掘ドコドコ!?」

「なんだこれ探してんの? ほれ」


 バンガーが依頼用紙をペリっと剥がして渡すと、顔に密着するくらい紙を凝視したデカメガネさんは歓喜の声を上げました。


「コレだ、コレですよ!! どーしても文字が見えなくてずっと困ってたんです、ありがとうございます!!」

「何だよ、これ探してずっとウロウロしてたのか? そのデカメガネは何のために着けてるんだっての! がーっはっはっはっは!!」

「ホントですよね! あーっはっはっはっは!」


 煩い人と煩い人が合流して煩くなってしまいました。

 バンガーさんは最近ジンオウさんの笑い方が移り、耳障り度が1.2倍増しになったとは常連冒険者さんたちの談です。


「……ところでお前のそのメガネ、端っこのネジ回してピント調節するタイプじゃね?」

「え? ……フオオオオオオオオ!! 見える、貴方の顔までハッキリ見えますよォ!! いやー、そういう仕組みだったのかぁ! ガゾムの商人から高い値段で買い付けたんですが、近眼過ぎて説明書を読むのを諦めてたんで使い方知りませんでしたっ!!」


 シオリは脱力でカウンターに突っ伏し、周囲が盛大にずっこけました。

 二人はそのまま仲良くクエストに旅立っていきました。これが故事に言うワレ鍋にトジ蓋というやつなのでしょうか。癖強職人ワレさんの鍋に同じく癖強職人トジさんの蓋が奇跡的にジャストフィットしたとかいう内容だったと記憶しています。


 その話を聞いたサクマさんが「曲解の癖が一番強い」と言っていましたが、意味はよく分かりませんでした。

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