第76話 受付嬢ちゃんでは捕まえられない

 冒険者とギルドの間での諍いというのは厄介ですが、実際の所、何であれ諍いは全部厄介というのが真実だとシオリは思っています。

 その最たる例が、冒険者と冒険者の諍いです。


「いいやッ!! コッチが17匹でお前が8匹だッ!!」

「嘘を盛るのも対外にしなよッ!! コッチが15でソッチは10だったろッ!!」


 猛烈な勢いで激突するのは女性冒険者コンビ、ディクロムの大剣士レッカさんとエフェムの術士ノーマノーマさん(ちょっと珍しいお名前ですが、周囲にはノーマで取っています)です。

 この二人はギルド内でも中堅より上に位置するベテラン冒険者さんで、タッグを組んでいるのに仲が悪いことでも有名です。そんな二人が今日はとうとう受付カウンターを前に激突しています。


 二人は本日、デスビーニというイノシシの姿をした魔物の討伐に赴き、全部で25匹で構成される群れを全滅させて帰ってきました。この二人は常日頃から敵にトドメを刺した数で取り分を決めているため、今回も互いに仕留めた数の分だけ分配する筈でした。


 ところが、そもそも当初の依頼ではデスビーニは十数頭の群れだった筈が終わってみれば二倍近かったというのが実際の所でした。更にデスビーニとの予定外の大乱闘に他の魔物たちまで乱入して現場はしっちゃかめっちゃか。そのせいで二人とも仕留めた魔物の数を覚えておらず、取り分で喧嘩を始めてしまったのです。


 それだけの乱闘を軽傷で切り抜けた二人のチームワークにも驚きますが、そこまでお金に執着があったのなら自分たちできっちりカウントして欲しかった所です。

 この手の話題で一度話が拗れると、どんな冒険者も長時間の喧嘩になってしまいます。


「大体なんであの時しっかり数数えなかったんだよノーマはさぁ! 数えたら数がバレて取り分減るからわざと黙ってたんじゃないの!?」

「はぁぁぁぁ~~~!? ソッチも数えてなかった分際で都合が悪くなったときだけコッチのせいって訳!? あぁあぁ、よっぽど甘やかされて育ったのかしらねぇ!?」


 不毛です。

 余りにも不毛です。

 出来ればギルドの外で勝手に決着が着いてから来て欲しいです。

 気分的にはペナルティとして二人とも報酬なしとか言いたいんですが駄目でしょうか。


 通常の討伐の場合、魔物討伐の証である体の一部は仕留めた冒険者さんが袋なりテレポットなりに詰めて持ってくるので、回収時に決着が着きます。ギルドまで問題を持ち込まないのは冒険者のマナーと言われているくらいです。つまり、それも出来ないほど二人は大変だったのでしょう。


 魔物の体の斬り方で見分けるという高度な分析もあるのですが、残念なことに現場の死体を今から一つひとつ確認するのは不可能でしょう。


 と――。


「ふん」


 いつの間にやらカウンターに腰かけていた二代目【黒き風刃】クロエくんが神秘術で風を起こし、刈り取った魔物の体の一部――討伐証明部位を舞い上げます。舞い上がった討伐証明部位は空中で回りながら二つに分かれ、12と9と、あと4つの三つに分けられました。


「右の12がレッカ、9がノーマの取り分だ」

「なっ、何でそんなことお前が決めるんだよ!?」

「術で殺された魔物は全身に神秘の乱れが起きる。それが起きたか否かの痕跡は死体であっても僅かに残るので、それを見極めて判別したまでだが?」

「た、確かに熟達した術士なら見分けはつくけど……」


 ノーマさんが信じられないと言った風に呟きます。彼女もなかなかに上位の術士ですが、どうやらその域には至っていなかったようです。

 では振り分けられた残りの四つはなんなのかにレッカさんが食いつきます。


「ち、ちょっと待て! 残りの四つは!?」

「鑑定料。俺の取り分だ、文句あるか?」

「あ……あ……」


 悪びれもせずさらりと言い切るクロエくん。

 ぷるぷる震える手を握りしめ、レッカさんは――。


「ありましぇん……」

「ないのッ!?」


 肩を小さくしてしょんぼり頷きました。

 ノーマさんが思わずキレのある突っ込みを放ちます。


「ち、ちょっとレッカ!! 子供に取り分取られて引き下がる程アンタしおらしい女じゃないでしょ!?」

「だってぇ、怖ぇんだもん……!」


 大剣を振り回す豪快なバトルスタイルが嘘のように弱気になったレッカさんは涙ぐんでぷるぷる震え、先ほどまでの勇ましさの面影が欠片も感じられません。


「ディクロムの民はガキの頃から悪いことしたら鬼儺おにやらいに殺されるって言って聞かされるし、実際に前の防衛戦じゃ魔物切り刻んだんだろぉ……? アタシまだ死にたくねぇよぉぉぉ~~~~!!」

「わっぷ、ちょ、抱き着くな暑苦しいわねっ!! も、もうっ!! いいわよそれでっ!!」


 本気で怖かったのか、レッカさんは普段絶対人前に出さないであろう情けない声でノーマさんに抱き着いて泣き始めました。ノーマさんはそんな彼女に力で敵わず、しかも相方が先に折れてしまったことで反論もしづらくなり、結局その取り分で処理されました。

 ……心なしかノーマさんの頬が僅かに赤らんでいるのは見なかったことにしましょう。素直じゃない愛も世の中にはあります。


 それにしても、まさかアサシンギルドの頭領の名前がこんなところで問題解決の糸口となるとは。シオリは思わずお礼という名目でクロエくんを抱きしめようとしましたが、一瞬早くカウンターから降りて逃げられました。


 仕方ないので頭を下げてお礼を言いました。


「いらん。取り分の金は支部長に上げて処理してもらえ」


 素直に頷きますが、遠ざかっていく背中にああ、と残念な気分になります。


 ――嗚呼、いつになったら頭をなでなでさせてくれるのでしょう。


 この間おいしいオムライスやナポリタンのお店を教えた際はそれなりに喜んでいたように見えましたし、フルーツプレゼントは美味しそうに食べてくれたのに。

 仕方ありません、次は絶品ハンバーグ店で勝負です。


「鬼儺もこえーけどシオリの怖いもの知らずもこえーよぉぉぉ~~~~!!」


 何故かそのレッカの言葉に周囲がうんうん頷きました。

 納得いきません。皆さんは口元にケチャップをつけてスプーンを握るクロエくんの可愛らしさを知らないからそんなことが言えるのです。


 クロエくんがギルドから出ると、すれ違うようにブラッドリーさんが入ってきました。なんだかよく分からない状況に怪訝そうな顔をした彼でしたが、詳しく考えるのをやめたのかシオリの元にやってきます。


「今、いいか?」


 はい、丁度もめ事も片付いた所です。


「そうか……手短に言うが、ギルドを離れる日程が決まったので伝えに来た」


 端的な言葉に、背筋が自然と伸びます。


「もうフェルシュトナーダやジンオウには伝えてある。ネスとの待ち合わせ場所はシグルの墓がある廃村。何事もなければ遅くとも一週間ほどで帰ってくる。カナリアとファブリス、あとはナージャも同道するから、それまでギルドの仕事はできない」


 既に詳しい事情は察しているので、神妙に頷きます。


 悲劇の英傑シグルの最期の地はヨーラン平原国より更に南の山間にある国境沿いの大平原、その一角とされています。そこに行くには山を越え、谷を越え、馬車を乗り継いでもなかなかの距離です。


 シオリとしてはきっとブラッドリーさんの正体はなのだろうとほぼ確信していますが、他ならぬ当事者であるネスさんが語るのであればそれは揺るぎなき真実となるでしょう。

 正直に言えば、その不安に寄り添うためについていきたい気分はあります。しかしシオリはギルド受付嬢で、今回の彼らの移動はクエストと何の関係もありません。ついていくのは幾らなんでも受付嬢の鉄則に反します。


 でも、ずっと気になっていることがシオリにはあります。

 ブラッドリーさんが自分の正体を知りたがっていることを、ネスさんという鍛冶師は知っていた筈です。なのに今の今まで黙して語らずを貫いてきた理由は果たして何なのか――微かな不安はきっとブラッドリーさん自身も感じているのか、珍しく弱気な言葉を口にします。


「俺は……今になって、怖じ気づいている。俺の正体は、もしかしたらもっと恐ろしい……いや、何でも無い」


 愁いを帯びたブラッドリーさんの顔は、どこか嫌な感覚を想起させます。 

 ほんの数度だけ見たことがある――もうギルドに帰ってこられない事を覚悟し、消えていった冒険者さんたちを。

 シオリはブラッドリーさんの手を取って問いました。


 ――戻ってきますよね?


「………」


 ブラッドリーさんは茫然とシオリを見つめ、やがて、口を開きました。


「昔、誰かに。同じことを言われた、気がする……そして恐らく、その約束が果たされることは――」

「やくそく、ゆびきり」


 突然、横から声がかかって二人同時にそちらを向くと、セツナちゃんが背伸びして受付に顔を出していました。かわいい。


「さくらが教えてくれた、たいせつな人とのやくそくのしかた。ゆびきりしよ?」


 言うが早いか踏み台を持って二人の間にやってきたセツナちゃんは、シオリとブラッドリーさん、互いの左手の小指を掴んで組ませました。

 セツナちゃんは組んだ手を歌に合わせて揺らします。


「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらハリセンボンのーます。ゆびきったっ」


 聞いたことのない歌が終わると共に、シオリの指とブラッドリーさんの指が離れます。セツナちゃんはどこか自慢げな顔で頷きました。かわいい。


「やくそくやぶったらひどい目にあうから、やぶっちゃダメだよ」

「あ、ああ……」


 先ほどまで結んでいた小指を見つめたブラッドリーさんは、急にはっと不安そうな顔をします。


「その、シオリも、俺のいない間に危険な目に遭わないよう気をつけてな」


 ……なんか、シオリがいつも危険な目に遭っているみたいな言いようなんですが。


「こないだはついに自分から危険に突撃しただろ……」


 ごふっ。

 ぐうの音も出ない反論に追撃をかけるように、セツナちゃんが誰の真似なのか両手を腰に当てて厳しい――と本人は思っている筈だがかわいい――顔をします。


「シオリ。やくそくやぶっちゃ駄目。ゆびきりをやぶったら死んじゃうんだから」


 死ッ!?

 そんな危険な約束だったんですか!?


「サクマがいってた。ゆびきりのやくそくをやぶるとゲンコツ一万回、ハリ千本まるのみするゴーモンをうけるって」


 サクマさん子供になんて恐ろしい約束を教えてるんですか!?

 ちょっとサクマさん、サクマさーん!! 今すぐお話がありまーす!!


 ……その後、サクマさんにもの申したものの「それくらい絶対約束守れってことだよ。それともなに、また無茶する予定でもあるの?」と言われて逆にシオリが追い詰められました。

 甚だ納得いきませんが、シオリ側に前科があるので周囲が味方してくれなくて悲しい気分になるのでした。

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