第67話 集結と混迷

 ニーベル、サーヤ、グラキオが通り過ぎた後、未だ残るソウギョの一体に異変が起きた。


 突然、纏う水の圧が急激に高まって収縮していったのだ。


『――ゥゥゥ』


 地上ではあり得ない、深海で襲い来るような水圧にソウギョの全身が軋み、悲鳴を上げる。抜け出そうにも自らの肉体目がけて襲い来る圧のせいで水から出ることも出来ず、神秘術で水を押しのけようにも干渉する術が強力すぎて塗り潰され――やがて、終わりが訪れる。

 限界を超えた水圧に眼球が外に飛び出し、口から内臓が吐き出され、ソウギョは自らのテリトリーである筈の水中で絶命した。


 術を行使したフェルシュトナーダは、ふぅ、とため息をつく。


「神秘術のゴリ押しなんて久しぶりムキになっちゃったなぁ。さあ、急ぐわよ!!」


 ――同刻、もう一匹のソウギョの下に小さな物体が超音速で飛来した。


 物体は水に着弾すると貫きながら凄まじい勢いで弾け、ソウギョが纏う水が物理的に押しのけられる。花のように開いた水をすぐさま復元しようとするソウギョだったが、その胴体に続く超音速の物体が飛来し、胴体を貫いた。


『――ァ』


 防御を崩し、無防備な肉体を狙い撃つ二段構えの狙撃。

 余りの威力にソウギョの肉体は大きく抉れ、衝撃で上半身と下半身が分断され、絶命した。


 その様子を数砲に装着されたスコープで確認したカナリアは満足げに唸った。


「ん~~我ながらナイスな狙撃センス!! 『スウォーノポップ』で鎧を剥がして『スピエド』で一撃!! 誤差0コンマ00以下!! 貫通した弾丸も人の住んでいない山に命中して砕けるよう調整するなんて、もしかして私ってば天才!?」

「アネゴ、言ってる場合じゃありませんで!」

「うっ、確かに……スウォーのポップとスピエドはこの場に放置して移動を優先します! どーせこんな重いもの誰も拾わないでしょ!」


 フェルシュトナーダとカナリアが急いでいた理由。

 それは、町に戻る途中の彼女たちがを見かけたからだ。


 そのとは、さっきサクマたちが大慌てで迎撃したが侵入を許した飛行魔物の集団の第二弾から第五弾までの群れ。

 今のギルドの防衛線が想定しておらず、対応も出来ない災厄の編隊飛行が空を切り裂いて次々に飛来していた。




 ◇ ◆




 殺してきた。

 幾百でも、幾千でも。

 あの日、初めて自分と自由を知った運命の夜に、ヒトの内に見出した最も醜く愚かな【鬼】を殺してきた。


 罪には罰を。

 死には死の報復を。

 命を賭して行なわれる応報によってのみ裁かれる罪があったから。


 しかし、ただひとりだけ見つからない。

 決して許されることのない罪を犯しながら。

 それは30年もの長きに亘り、尻尾を掴ませなかった。


 だが、広げ続けた網が漸く影を捉えた。

 湧き上がるは憎悪か、或いは歓喜なのか。

 決して感情を見せることをしようとしなかった己が確かにヒトであったことを思い出させるほどの衝動。


 魔物の襲撃で混乱に見舞われる町の屋根の上から町を見渡す。

 風が吹き、黒いコートをなぜた。

 全身に風を浴び、風から伝わるあらゆる情報を収集し、そして確信する。


「見つけたぞ。ヒトの真似をしてヒトに溶け込んだ鬼よ。冒険者の中に紛れ、ヒトに関わり、ヒトに感謝され、ヒトを欺き続けても、貴様は決してヒトではない」


 すらん、と、腰に差した鞘から銀色の刀を抜く。

 刀身から持ち手まで全てが繋がった、美しい銀の刀。

 握る感触を確かめたところで、顔を顰める。


「風が騒々しいな」


 身体を傾けて首を回すと、【万魔侵攻イミューム】の迎撃をしていた冒険者たちが必死に空に矢や神秘術を飛ばしていた。攻撃目標は空を飛ぶ魔物の群れだ。

 先ほどから空より侵入を試みる魔物がいたことは把握していたが、どうやら第二陣、第三陣と空を飛ぶ魔物が想定外の量とペースで飛来しているようだった。


「多すぎて落としきれない!! 町に侵入される!!」

「ああ、女神エレミアよ! どうか俺たちに祝福を!」


 悪夢の光景を見たとばかりに士気を揺さぶられ、鉄火場で祈りを捧げる冒険者を一瞥し、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「下らんな。神よ神よと祈ったところで目の前の障害が振り払えるでもなし。祈る為に手放した武器が泣いているというものだ」


 しかし、余り外野が多いと後の仕事に支障を来す。

 

「仕事以外の戦いはしない主義だが――まぁ、食前酒代わりに少々貰ってやる」


 自らの背に仕舞っていた羽根を、大きく広げて青空の下に晒す。闇をも吸い込む漆黒の両翼は、黒翼の民――ナフテムの証。

 そしてナフテムは例外なく全員が、アサシンギルドの構成員。


 銀の刀に神秘術の光が纏わり付くと、そこに刀身のサイズまで凝縮された疾風の塊が生まれる。その疾風を空に向けて放つと、刀身から射出された風が空中で球状になると、次の瞬間に弾けて大量の風の刃と化す。


 刃はそれ自体が意思を持つかのように次々に空を飛ぶ魔物たちに飛来し、悉くを両断する。それだけではない。両断された肉体に更に無数の風の刃が襲いかかり、微塵に切り裂かれていく。


 魔物は身体を両断しても生命力が強いと暫く生きていることがある。しかし、風の刃はそれすら許すことはない。フェルシュトナーダでさえここまで精緻で殺意に満ちた風の使い方は出来ないだろう。


「これで漸く、首をとれる――貴様の首だけは、必ずこの俺が取る」


 音もなく静かに空に飛び上がり、風に乗って空を駆け出す。

 ここで全ての因縁を自らの刀で断ち切る、その為に。




 ◆ ◇




 その男は日柄日中、当てもない旅をしていた。


 時折筋のいい戦士を見つけては助言者の真似事をしたり、魔物被害に困る村に寄っては一宿一飯の恩と魔物を狩り、実に自由気ままに旅をしていた。かと思えば何日も昼寝して雨にずぶ濡れになり、近隣の村人に不審者扱いされて苦笑いしながらその場を後にしたこともある。


 その男がヨーラン平原国に存在するとある町に向かっていたことに、特に理由はない。

 彼の眼前に迫った魔物達が巨大な、途方もなく巨大な鉄槌で纏めて打ち砕かれたように無惨な骸を晒している理由を強いて言うのならば――男が面白そうな気配を感じた方角からたまたま来てしまったという星の巡りの悪さでしかない。


 男は常人離れした聴覚で遠くの音を聞く。

 詳しくは分からないが、長年の経験則で大雑把なことは把握できた。


「ふーむ、何やら魔物との戦いで大騒ぎしているらしいな……うむ! では一丁、飯の前の腹ごしらえと行こうッ! ガハハハハハハハッ!!」


 男は遥か10000マトレ先にある町を裸眼で眺めて豪快に笑うと、両足を踏ん張り――そして、空に向かって跳ねた。

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