第66話 vs深淵の想魚Ⅱ
サーヤは二人の視線に思わず身じろぎする。
(そんなに期待されても困るんだけどなー。あーあ、何で口に出しちゃったかなぁ、あたし)
本当に、自分は何をやっているのだろう。
流されて二人を運び、そして今度は流されて助言をしようとしている。
適当な出まかせを言って一人逃げ出すことも出来なくはないが、ニーベルの視線がどうしても気になってしまう。こんな重要な時に疑うこともなく真剣に耳を傾ける、この成金男が。
(アンタだけは知ってる筈だろ。あたしが信用すべき相手じゃねーことくらいさ……)
このギルドの誰も知らなくとも、彼は知っている筈だ。
サーヤという女が内に秘めた狂気を。
なのに彼は、時々嫌味ったらしくぼそっと探りを入れては来るが、周囲にサーヤの正体を明かすことは一切していなかった。
それが赤槍士には分からない。
アーリアルの人間なんて、どいつもこいつも卑怯者だと思っていた。
そんな卑怯者を貶めることに、サーヤは快楽さえ覚えていた筈だ。
(二年前のあの日、こいつに偶然出くわしてマッチなんか売らなきゃよかったのに……)
あの一件以来、ニーベルとサーヤの間には因縁とも運命とも知れない奇妙な縁が繋がってしまった。本来相容れない存在の筈なのに、気が付いたら彼の存在が人生にちらついていた。
(ええい、今回だけだぞ。つーかむしろ借りだ。ぜってーいつか返してもらうからな!)
サーヤは自分の心に精一杯の言い訳をし、意を決した。
◆ ◇
ニーベルとグラキオの視線が集中する中、居心地が悪そうにサーヤは口を開く。
「まずあの水棲魔物……ええい、名前ないと言いにくいわね」
確かに、とニーベルは思い相手をみる。
まるで何かをずっと考え想像しているように目を閉じる姿。
想像する魚――。
「じゃあ仮称としてソウギョと名付ける」
「おっけ。じゃ、ソウギョね。ソウギョは氷を水に変えるし水を動かせるけど、自ら氷を作ることは不得意だと思う。物質を凝固させる
「確かに。水も有効な攻撃手段ではあるが、氷の方が射出速度は勝るな。しかし、こちらの足止めを主としているのなら現状、彼奴は上手くやっておることになるぞ」
「まぁそうなんだけど、無駄な手間を一つ入れているって考えも出来るっしょ?」
神秘術とは解を導き出すまでの過程、すなわち神秘数列が多いほど高度な術になる。属性の複合はどうしても単一属性に比べると若干術式が複雑になり、その分だけ時間が掛かったり消費する神秘が増えたりするのは事実だ。
氷を水にして跳ね返すのなら、まず神秘術で神秘術に干渉して氷の動きを止め、属性を
「つまりさ、氷の術で水のコントロールを取られたら、取り返すまでに若干ラグがあるんだよ。底に付け入る隙があると思うし……そもそもの話いい?」
「何だい?」
「あいつは全身を水で覆っているけど、覆うってことは覆わないと身が危険ってことじゃね? 覆わなくても問題ない防御力だったら、その分の水を全部攻撃に回すっしょ? 逆説的に、あいつ実は防御力の面ではそこまで強くないんじゃないかなーって……」
「――生物とは須らく、意味のある姿を取る。エドマのことわざじゃが、可能性はあるな」
グラキオは一理あると頷く。
ソウギョの外見は、鱗こそあるかもしれないが表面が滑らかで硬度が高くは見えない。最低でも、あの魔物の防御力に『厚さ』はない。代わりに通常の魔物に比べてバランスが悪いまでに頭部が大きく、その姿が胎児を想起させる一因になっている。
元々そういう魔物なのだろう。
これまでのデータで、魔物は体における頭部、つまり脳の割合が大きいほど術の能力が高く、身体能力のどこかがそれに反比例するというデータがある。
何かを特化させれば、必ず他の何かが犠牲になるのが生物だ。
「だからさ……こっからが本番。全員で息ピッタリ合わせれば、あいつを倒せるかもって作戦」
その作戦を聞いた二人は暫く話に耳を傾け、そして特段の躊躇いもなく頷いた。
◇ ◆
魔物との戦いに激戦とか、接戦などといった言葉は必要ない。
勝てる作戦を用意すれば勝ち、失敗すれば負けるだけだ。
作戦を建てずに戦って勝てる者を英傑といい、負ける者に呼び名は残らない。
戦士は英傑になる必要はない。
生きるために知恵を絞り、戦い抜いて生き残ることこそが勝利だ。
サーヤは両手に槍を抱えている。
そのうちの一本をぐるりと回し、はぁ、とため息をつく。
「ニーベルぅ~……弁償してよ? マジで」
「そんな機能つけたってことはいつか使う覚悟はあったんでしょ? ま、上手くいったらギルドから特別功労褒章くらい降りるでしょ。恩知らずの君と違って俺も少しは恵んであげるよ。君の嫌いな歴王国の礼儀として」
「やっぱり要らなーい!! ……ごめん嘘。マニーマニープリーズ」
「自分に正直で宜しい。そろそろやるぞ」
サーヤの緊張もほぐれたらしい。
覚悟を決めたように彼女は槍を掲げ、そして――。
「射出角調整、風速、空気抵抗、噴射角、コリオリ力偏差……文字通り一発限りの切り札よ!! どぅおおおおおおおりゃあああああああッッ!!!」
大きく体を仰け反らせて槍を振りかぶったサーヤは、その一槍へ全身を捩じって運動エネルギーをありったけ注ぎ込み、一気に解き放った。
最初腕力だけで投擲されたそれは、射出一秒後に槍底部から炎を噴出し、みるみるうちに投擲の初速を超えるて加速。更に槍の先端が白熱し、槍そのものの纏う熱が加速度的に上がっていく。
すぐさま状況に気付いたソウギョが全面へ巨大な水柱を射出して槍にぶつけるが、触れたそばから水分を瞬時に蒸発させた槍は水柱の中を一直線に突っ切ってゆく。
『――ァァァ』
ソウギョは攻撃方法を変えて渦潮のように海流を荒々しく回転させるが、音速を突破した槍は
全ての防御を突破した槍はしかし、流石に押し寄せ続ける水の全てを弾ききれなかったか、超音速と高熱で到達直前に罅割れてゆっくりと自壊してゆき――。
瞬間、衝撃。
轟爆音を響かせて、槍が超高熱の塊となって大爆発を引き起こした。
『――ィィィ』
膨大な熱量がソウギョに押し寄せ、爆風と高熱が全身に纏った水の衣を強制的に引き剥がしていく。放射線状に飛び散る水、水蒸気、そして熱の塊が通り過ぎたとき、その中心部にいたソウギョは全身の表面を焼かれ変わり果てた姿になっていた。
しかし、焼け焦げた表面がボロボロと崩れ、その中から再び真新しい皮膚が浮き出てくる。高位の魔物が持つ自己再生能力だ。周辺に飛び散った水分も既に神秘術でコントロール権を取り戻し、群がるように水粒が殺到する。
されど、その一瞬こそが致命的な隙だった。
「極南の息吹よ、
爆発前から動いていたグラキオの両手が空に掲げられ、晴天だった空から突如として極低温の空気の塊が叩き付けるように降り注ぐ。氷の術でありながら
『――ァァァ』
だが――ソウギョの抵抗力はこの程度ではない。術に特化した能力をフルに活用したソウギョは自らの体液に術を強制発動させ、自分自身の凍結を防ぐ。同時に凍らせられた水も数秒をかけて再び奪い返そうと術を拡大させる。
――されど、その数秒こそが狙い。
「「チェストォォォォォーーーーーーッッ!!!」」
時間にすれば僅かな間隙。
しかし戦いに於いては致命的な間隙。
ソウギョの眼前に金色に燃える槍を持った二人の男女の姿が迫り――そのまま、金色の流星はソウギョの頭部を穿ち、抜けた。
これが、サーヤの作戦だった。
『アタシの槍にはね、神秘を溜め込むコンデンサがあるのよ。クリスタル・コンデンサと原理は一緒。もうアタシ自身は結構神秘消耗しちゃってるけど、槍の片方に
『ならば妾が追撃を仕掛ければよいだろう』
『うん。でもグラキオとソウギョの術は互いに互いを打ち消し合うから、状況によっては振り出しに戻ると思う。だから――グラキオがアイツの水を封じた瞬間、もう一本の槍でアイツを貫く。ただ、神秘が足りないから……』
『俺の『オーラ』を使って威力を高めようってことか……』
オーラの扱いが上手いニーベルが納得する。
神秘とも生命力とも違う不思議なエネルギー、オーラ。
それはかの
ニーベルは冒険者駆け出し時代に偶然ジンオウの弟子を名乗る男性に世話になり、そこでオーラを習得していた。
その力を使い、ニーベルとサーヤは二人で槍を加速させ、敵を貫いたのである。
空中で失速した二人は、回り込んだグラキオに拾われて息を吐く。
「名付けて……ライトニング・ゴールデン・ドーン!」
「いいや、
「どっちも風情のない名前じゃのぉ。しかし、残り二体のソウギョを放置して進まねばならんのは癪であるな……」
「大丈夫! 一番町に近い一体を倒したし、さっきちらっと見えたけど他の遊撃部隊が戻ってきてる。町に被害が出る前にフェルシュトナーダさんたちが倒してくれる筈だ!」
「ン。なら今回は奴らに手柄を譲るとしよう。口を閉じておけよ、揺れるぞ!!」
勝利の余韻も何もなくグラキオが加速し、三人は町へ急いだ。
セツナ、そしてシオリを助けるために。
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