Act.4 受付嬢ちゃんに!

第33話 受付嬢ちゃんに宿屋

 その日もシオリは日が昇り始めた頃に目を覚ましました。


 一度大きく伸びをして、はふぅ、とため息をつき、ベッドを降りて顔を洗い、身だしなみを整えます。栗色の長い髪を櫛でしっかり梳き、いつものようにポニーテールに纏めました。


 しかし、ここはいつもの職員寮の一室ではありません。シオリの私物はちらほらありますが、部屋は少し広く家具やインテリアもちょっと小洒落ています。ベッドも心なしかすこしフカフカです。

 はて、ここはどこだろう? 一瞬そうとぼけたことを考えたシオリの耳に、部屋の扉が開く音と聞き慣れた声が届きました。


「あら、目を覚ましたみたいね。そろそろご飯だから食堂に行きましょ?」


 そこに居たのは、私服姿のフェルシュトナーダさん。

 それを見てシオリはやっと自分がどこにいるのか思い出しました。ここは町の中心部に近い冒険者御用達の宿屋、『泡沫うたかた』。そしてここは、以前の事件で異端宗派に誘拐されたシオリを保護するために宛がわれた部屋でした。


 そう、現在シオリはここで何人かの冒険者たちや宿の人たちと、不思議な共同生活を送っているのです。


 着替えて廊下を出ると、ちょうど近くの部屋に泊まっているニーベルさん、そしてセツナちゃんが並んで歩いていました。サクマさんは見当たりません。

 二人はこちらに気付いて朝のご挨拶を交わします。


「おはよう! 今日も互いに頑張ろう」

「おはよう、シオリ」


 セツナちゃんは最近名前を呼んでくれるようになりました。

 ちょっと眠たげな顔がまた可愛らしいのでなでなでしました。手入れの行き届いたさらさらの髪がなんとも心地よい手触りです。


「サクマは今日もお寝坊さ。ま、起きてる方が珍しいしね」


 ニーベルは困ったやつだとばかりに肩をすくめます。

 シオリが攫われた際に獅子奮迅の活躍をしたサクマさんは、騒ぎが終わると相変わらずローペースの生活に戻ってしまいました。術が使えるという事で助っ人に呼ばれることも増え、本業じゃないと文句を言っていました。


 もちろん助っ人を拒否する権利はある筈ですが、文句を言う割にあまり断らない辺りに彼の人間性が見える気がします。

 寝坊はするのに仕事には遅刻しませんし、不思議な人です。


 『泡沫』の朝食は食堂で全員分振舞われます。料理の評判は中々で、宿泊客以外もちょくちょく食事目当てにやってくるそうです。

 今日も料理を配膳する従業員、ナージャちゃんが元気な笑顔で迎えてくれました。


「おはよう、みんな! さぁさぁ、一日の始まりは食事にあり! たーとおたべ?」


 額から一本の角がそびえたつ紫髪の少女、有角族ディクロムのナージャちゃんは年下ながら非常にしっかりした少女です。

 宿屋従業員なので家事洗料理どれもばっちり。

 どこにお嫁さんに出しても恥ずかしくないでしょう。

 夫婦喧嘩で頭突きすれば相手はイチコロです。物理で。


 正直、寮の食事よりランクが上なので嬉しい反面食べ過ぎて太ったらどうしようと怖かったりもしますが、朝食は元気の源です。疎かにせずしっかり食べます。

 向こうの席にはブラッドリーさんとカナリアさんの姿がありました。二人ともシオリを職場に送る係を務めてくれています。ブラッドリーさんだけでも強いのに破壊神カナリアさんまでいては流石にどんな悪人でも裸足で逃げ出すでしょう。


 そう、破壊の神という異名までつけられたカナリアさんがいたら……。


 シオリは段々不安になってきて、護衛名目で町中で数砲ぶっぱなしたりしませんよね? と聞いてしまいます。

 これにはカナリアさんも流石に気分を害したのか不満そうに口先を尖らせます。


「そこまで見境なくは――」

「やろうとしたら俺が止める」

「なんで食い気味なの!? 信用なさすぎじゃない!?」


 珍しくはきはき喋るブラッドリーさんにカナリアさんが抗議の視線を向けますが、信用がないのは当たり前です。

 彼女がここで働き始めてから暫く経過しましたが、最初にカナリアさんがギルドに来た際に備考欄に書き足した「過剰火力注意」の文言がまんま問題になったからです。


 普段感情が顔に表れないブラッドリーさんでさえ眉間に皺を寄せてため息をつきます。


「このギルドに入ってから、お前が、一体何度依頼主に苦言を呈されたと思っている。魔物を狩る為に数砲をぶちかましすぎて平野を穴ぼこにする。狙撃で山肌を抉り取って落盤事故を引き起こす。新型数砲の試射と称して放った弾丸が山火事を引き起こしかけたこともあったな。そして山火事防止のためと称して更に数砲を発射して周囲の地形を抉り取り、延焼を防いだ代わりに広域に亘って草木が消滅した。その度に俺がフェルシュトナーダに頭を下げて環境を直して貰ったこと、よもや忘れてないだろうな?」


 強めの圧で詰め寄るブラッドリーさんですが、それもむべなるかな、カナリアさんの数砲の破壊痕はギルドの想定を遙かに超えて深刻でした。


 彼女が披露した愛用の携行数砲『パンナ&コッタ』の威力の過剰さも然る事ながら、彼女は自作の数砲を数多く所持しており、その中にはもうヒトの取り回すサイズじゃないトンデモ砲が数多くあります。

 カナリアさんはそれらを得意の怪力で振り回し、魔物討伐の仕事に際してノリノリでぶっ放しているようなのです。


 結果、地形は破壊され尽くし、依頼主からは「魔物を倒してくれとは言ったがここまでのことは聞いていない」とちくちく、或いは怒濤のクレームを受け、その度にブラッドリーさんが地形を元に戻す為にフェルシュトナーダさんを連れて間に入って謝る……これを、それはもう何度も繰り返しています。


 尤も全てそうという訳ではなく、大型の厄介な魔物や空の魔物に対して彼女の数砲は極めて有効です。その破壊力から今や当ギルドトップランクの戦闘力に数えられているのも確かです。


 しかし、それにしたって破壊しすぎる。

 故についた渾名が『破壊神』。

 幾ら彼女の出身であるエディンスコーダ鉄鉱国の国王が『大砲王』の異名を持ち『六尊傑グローリーシックス』が一角のフラッペリン王だからって、もしかして国民までこんなのばっかなのでしょうか。


 ブラッドリーさんは以前からこのカナリアさんの悪癖を把握していたらしく、ここ最近はずっと仕事の傍らで後始末に奔走しています。

 そんな彼の追求に、カナリアさんは露骨に目を逸らしました。


「ん、ん~? そんなこともあったようなぁ?」


 直後、彼女の顔面にフェルシュトナーダさんのクィンクェの神秘術が直撃します。


「ひゃぶっ!?」

「まだ寝ぼけているようだから顔を洗ってあげたの。あのね、貴方年齢的には大人なんだからきちんとした責任感を持ちなさいな」


 フェルシュトナーダさんが指をくいっと曲げると顔面に直撃した水が飛び散らずに虚空に消えましたが、そんなことをする程度には彼女もカナリアさんの行動に辟易しているようです。


 流石にダブルで責められるとばつが悪かったか、カナリアさんは「はーい……」と項垂れて頷きます。


「はー、うちの国なら試射し放題だったのになぁ。外は肩身がせまいなぁ。おじさんに頼んで試射場作って貰おうかなぁ」


 さらっと言いましたが、あの火力の武器に耐えうる試射場なんてポンと作れるものではないんじゃないかとシオリは疑問を呈します。


「フラッペリンおじさんならノリで作ってくれそうなんだけどなー」


 彼女の砲撃好きは一族の性質説浮上。

 フェルシュトナーダさんが眉間を押さえてため息をつきます。


「あのねぇ、いい年して親戚に甘えるこどもじゃないんだから自省というものを……ちょっと待ちなさい。フラッペリンおじさん???」


 言われてシオリちゃんたち全員が、あれ? と気付きます。

 フラッペリンと言えばエディンスコーダ鉄鉱国の王と同じ名前です。カナリアさんはそれがどうしたとばかりに首を傾げます。


「フラッペリンおじさんは父方のいとこですけど?」


 炸裂弾が爆発したような衝撃が皆の心に走ります。

 ブラッドリーさんでさえ動揺しています。


「おいカナリア、初耳だが」

「え? 言うほどのことじゃなくないですか?」

「王家に連なる血筋ということだろう」


 いとことということは普通に考えれば王家の傍流で、貴族制社会で言えば最高位である公爵家くらいの地位でも全然おかしくない血筋です。

 つまり、カナリアさんは高貴な家のお嬢様ということになります。そう考えるとこの自制心のなさと常識のなさもある意味頷けますが、カナリアさんはあっけらかんと否定します。


「や、鉄鉱国は国にならないと超国家条約に参加できないから一応他国を参考に国の体系を整えただけで、別に高貴な血筋とかありませんよ? まぁ、確かにうちの一族は代々国内最大の武器工房を取り仕切ってはいますけど……みんなノリで数砲ぶっぱなすのは大好きです」

「余計にタチが悪い」


 ――後に後れてやってきたサクマさんがカナリアさんの異名に『爆殺一族』とつけたのを誰も否定出来ないほどには、カナリアさんは歩く危険物でした。

 抑止力と言えば抑止力ですが、側に置くには危険すぎないかな、と、シオリは遠い目をしながら思いました。

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