第34話 受付嬢ちゃんによるジャッジ
冒険者ギルドは一年に一度、町の広場でとあるイベントを行います。
その名も『新人組手』。
これは、町のギルドに入った新人や転入者を選出して実力の近い者同士で模擬戦をさせるというイベントです。彼ら新入者の実力を確かめると同時に、ギルドによる市民への娯楽の提供や、冒険者たちの顔を覚えて貰うなど複数の目的を以て行っています。たまに参加拒否する人もいますが、正当な理由なしには認められません。
今回はシオリがジャッジを任されています。
では第一回戦です。
片や、この間ワルフ討伐で痛い目に遭った力自慢の新人斧戦士のバンガーさん。
お調子者の彼は周囲からの歓声にまるで人気者であるかのようにアピールし、その姿から憎めない奴と評判です。村一番の力持ちだったらしい彼の斧の一振りは、威力だけならかなりのもの。後は落ち着きというものを覚えればよいのですが。
対するは自称術を使える程度の男、武器も持たないサクマさん。
全体的に謎の人で、今回の対戦においては「俺戦闘力ないっすから」と参加を断ろうとしましたが、ニーベルさんに半ば無理やり参加させられたようです。デクレンスさんの一件で活躍した彼の力量にはシオリも興味があります。
バンガーさんは人を見た目で判断し、勝手に油断しています。
「おっ、武器も持ってねーぞコイツ! へへっ、ちょっとばかし躓き気味な冒険者生活に勢いをつけられそうだぜ!」
「畜生あんにゃろう、こちとら元はニコチン中毒者だぞ。えーい、勝ち上がり式じゃないだけマシと思って一発かまして盛り上げて、適当なところでリタイアするしか……!!」
サクマさんにフェアプレイとか男の子の意地というものは一切ないようです。
あとバンガーさんは相手が神秘術師という事前情報を忘れるか、そもそも聞いていなかったようです。そんなバンガーさんは何故かこちらをチラチラ見ています。
判定を甘くしてくれということでしょうか。
もちろんダメです。
さっそく試合開始を宣言すると、バンガーさんが先制攻撃を仕掛けます。
「うおりゃあッ!! 華々しく散れぇッ!!」
「散るか馬鹿!! どわぁぁぁぁッ!? おいコレ、この斧って刃ぁ潰してるらしいけどこの威力で当たったらどのみち死ぬくない!?」
一応訓練用斧ということで人が死なないよういくつもの術によるプロテクトがかかった品ですが、確かにアレは死なないと分かっていても恐怖でしょう。意外な俊敏性で逃げるサクマさんと何も考えず追いかけるバンガーさんの追いかけっこが始まります。
会場はというと、コミカルな二人の動きにまぁまぁ温まっているようです。
さて、サクマさんはいつ動くのかと注目していると、試合に動きがありました。
サクマさんの回避が安定してきたのです。
「こいつ最初はビビったがよく見たら脳死ブンブンかッ!」
「何だノーシブンブンって!!」
「お前色々難しいこと考えて戦うの嫌いだろって意味!!」
短時間でバンガーさんの端的な弱点、動きの単調さを見切ったようです。
サクマさんは余裕を以て避けながら手元に見慣れない板切れを握り、なにやら指で触っています。皆からは陰になってて見えていないようですが、おまじないか何かでしょうか? 疑問に思っていると、サクマさんがその板を懐にすぐさま仕舞い、咥えている細長い煙管を短めの杖のように構えます。
「奔れ、弾けろ、
瞬間、彼のパイプの先端からまばゆい光と共にバチバチバチィッ!! と稲妻が横に飛び、バンガーさんに直撃しました。
「アバババババババババババババッ!?」
なんだか骨が透けて見える気がするほどビリビリと痺れたバンガーさんは、口からパイプのような煙を吹きながらうつ伏せにばったり倒れ伏しました。何も考えずノーガードで術師に斧を振り回していたのが運の尽き、動きを見切ったサクマさんの術でアッサリ敗退です。
解説のフェルシュトナーダさん、この戦いをどうみますか?
「サクマの坊やのパイプは術の媒体だったのね。確かに人によっては武器を術の媒体として設定する人もいるけど、なんだかおしゃれね? 術の発動に踏み切るまでが遅かったけれど、
最後はちょっと苦笑していましたが、解説ありがとうございました。
……サクマさんのあの板切れを指でなぞっていたのは結局何だったのでしょう。
フェルシュトナーダさんは角度的にギリギリで見えなかったのか言及がありませんでした。
シオリの見立てでは、あの板きれに秘密があると見ました。
――その後も暫く新人同士の戦いが続き、やがて大トリの最終戦です。
片や、転入者にして経験豊富なお金持ち冒険者、ニーベルさん。
最近このギルドでも実力と甘いマスク、人当たりの良さで人気者になりつつあります。特に迷惑ボンボンことテルゲさんを追い払った件で彼の株は上がり続けていますが、その真の実力や如何に。
対するは、我がギルド新進気鋭の出世株、グラキオちゃん。
周囲には色々と言われてはいますが、向上心を失わず懸命に依頼をこなしてここ二年ほどでメキメキと頭角を現した期待の星です。なにより今日も可愛いですね。
「勝負とあらば手加減は抜きだ。恨みっこなしだよ、グラキオちゃん!」
「当然よ! むしろ手など抜こうものなら指の一本でも貰っておる所じゃ!!」
データ上の二人の実力は拮抗していますが、ニーベルさんの冒険者歴はグラキオちゃんの二倍少し。しかも幼い頃から剣を叩き込まれていたらしいニーベルさんは総合的に手強い相手です。
一方のグラキオちゃんは可愛いだけでなく氷の神秘術の出力が予想以上に凄まじいことが判明しているので、あれが決まれば幾らニーベルさんでも厳しいでしょう。
個人的にはグラキオちゃんを応援したいシオリですが、ここは心を鬼にして公平ジャッジです。
では、試合開始を宣言します。
ニーベルさんは剣を掲げて決闘の形式に則った後、深い踏み込みと共に一気にグラキオちゃんに肉薄します。
「参るッ!! つぇあああああああッ!!」
「ぬぅッ、この剣圧……ただの道楽者ではないな!!」
開始と同時に気合一閃。
凄まじい速度で振り抜かれた剣を間一髪で躱すグラキオちゃん。
しかしニーベルさんはバンガーさんと違って次々に剣を繰り出しながら流れるようにグラキオちゃんを追い詰め、グラキオちゃんもすぐさま迎撃に移ります。
多彩な武器を持つが故に軽業師の異名をも持つグラキオちゃんですが、最も好んで使うらしい二本のマチェットが引き抜かれ、凄まじい速度で刃と刃がぶつかります。術を使わないのは、使う際の一瞬の隙を突かれることを警戒してのことでしょう。
「ハァッ! せいッ! このッ!!」
「二刀流か!! グッ、手数が多いね!!」
大胆に体を動かしスピードで反撃に出るグラキオちゃん。
ブーツにも鉄の刃を仕込んでおり、時折体術を交えてニーベルさんを翻弄します。
そのスピーディーな攻めに今度は防戦に回るニーベルさんですが、その口元は実に楽しそうに笑っています。グラキオちゃんはそれを気味悪がって叫びます。
「何が可笑しいのじゃ、ニーベル!!」
「楽しいんだ!! 歴王国に籠っていたら絶対に戦えなかった相手、見ることの出来なかった戦法が!! それと戦えることが!!」
「貴様……さては唯の武術馬鹿であるな!?」
「誉め言葉だねッ!!」
どんどんヒートアップしていく剣戟に会場も大盛り上がりです。
うら若くも勇敢なグラキオちゃんは一部では熱烈な人気なのですが、ニーベルさんの人気も相当なもの。既に黄色い歓声を上げて応援する女性たちの姿があります。よく見ると黄色い声援の中に呆れるほどチョロくてすぐ破局することに定評があるプリメラ先輩も混ざっています。
幾度無く刃を交えた末に、二人が互いに距離を離しました。
これは、いよいよ大技を使うようです。
「よかろう! 貴様の雄姿に免じて妾の真なる実力の一端を見せてくれる! その身で味わえる栄誉に震えるがよい!」
「名残惜しいがそろそろ決着をつけないとね! 次の一撃に……全力を捧げるッ!!」
瞬間、二人の周囲の大気が逆巻きます。
凄まじい迫力、次の一撃が勝敗を決すと見ました!
「大地潤す
「燃え上がれ闘志!! 我が一太刀に歩んだ道と感謝を込めてッ!!」
グラキオちゃんのマチェットに螺旋を描く水がまとわりつき、凍り付いて二振りの長剣となります。瞬時に距離を取ったグラキオちゃんは空中で宙返りしながら着地し、地面に足がつくと同時に凄まじい速度で疾走しながら双氷剣を構えます。
フェルシュトナーダさんが驚愕します。
「ただの氷じゃない。かなりの神秘が凝縮されてる! 下手に剣を交えれば冷気で氷付けになるわよ!」
対するニーベルさんはすさまじい闘志をオーラとして噴出しながら剣を上段にどっしりと構えます。相手の全力を受け入れる覚悟と、それに応える必殺の一撃を放つ決意が同梱した強い瞳がグラキオちゃんを睨み、迎え撃ちました。
「氷燕斬ッッ!!!」
「チェストォォォォォーーーーッ!!!」
巨大な力と力が激突し、音を置き去りにした衝撃が周囲に撒き散らされます。
目を開けていられないほどの衝撃に思わず顔を庇ったシオリですが、すぐさま勝敗を確認するために広場の中心を見ます。
そこにあったのは――地面に生え揃う二列の氷の柱の丁度中心で体が半ば氷漬けになったニーベルさんと、マチェットを二本とも手放して大地にひっくり返るグラキオちゃんでした。ニーベルさんは意識はあるようですが氷によって身動きが取れず、グラキオちゃんも意識はあるようですが体がついていかないようです。
「ふ、ぐぅ……剣圧だけで、この妾が……」
「あはは、押し切れなかったかぁ……」
少し迷いましたが、シオリは声を張り上げて引き分けを宣言しました。
決着はつかなかったものの会場はすさまじい戦いに大盛り上がりで、グラキオちゃんを毛嫌いしていた人たちも実力だけは認めざるを得ないとばかりに不本意そうに拍手を送るほどです。シオリも二人に惜しみない称賛を贈ります。
フェルシュトナーダさんに即座に回復させられた二人は、互いの健闘を讃えて握手をします。
「馬鹿力めっ。妾はまだ本気を出しておらなんだから、勘違いするでないぞ!」
「あながち嘘でもなさそうなのが末恐ろしい。でも、次は術ごと斬ってみせるよ」
どうやら、互いにとってよい刺激になったようです。
こうして、恒例行事の『新人組手』は大成功で幕を下ろしました。
……え? 一人忘れてないかって?
「なぁぁんで私は参加できないんですか!! 納得できませんよブラッドさんッ!!」
「……カナリア、お前は町の広場で
「大砲は強い方がいいじゃないですかぁ~~~!! 納得いきませぇぇ~~~~~んッ!!」
最近来たばかりなので新人のカテゴリに入る筈なのに危険視されハブられたカナリアさんの八つ当たり砲撃で、ドギャギャギャギャァァーーンッ!!という凄まじい炸裂音が遠くの山から響き渡りました。
翌日、カナリアさんのストレス発散に付き合わされたブラッドリーさんによって、彼女が昨日のうちに危険度六の魔物を十二頭、危険度七の魔物を三頭、そしてタッグでの戦いで危険度八の魔物を一頭討伐した旨の報告を受けたシオリは、やはりカナリアさんを参加させなくてよかったと心の底から思いました。
なお、回収された魔物の死体はほぼミンチだったそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます