第30話 受付嬢ちゃんが猛省

 拘束を解かれて一通り泣き終わり、シオリはグラキオちゃんとブラッドリーさんに付き添われて彼の屋敷を出ました。


 屋敷の部屋を出た途端、寒さに震えます。

 見れば、屋敷中が氷に塗れ、先ほど部屋にいた男女が首を残して全身凍結させられていました。死んではいないようですが、あれはもう動けないでしょう。

 これほどの氷を用いられる術士は殆どいません。

 その候補にして恐らく実行者――グラキオちゃんが彼らに軽蔑の視線を向けます。


「シオリに手を出した罰じゃ。ここがエドマの地なら砕け散らして大地の肥やしにしていたものを……!」


 彼らもよく見ればギルドで見かけた相応の実力の冒険者たちですが、怒ったグラキオちゃんに手も足も出ず瞬時に無力化されたようです。


 怒りの余り本当に相手の命を絶ってしまいそうな気配があり、シオリは咄嗟に助けてくれただけでも嬉しいと話を逸らしました。グラキオちゃんは少し照れながら、「まぁよい」と言って再度シオリの手を握りました。いつものかわいいグラキオちゃんです。


 屋敷を出ると、心配そうに中の様子を窺っていたギルド職員がわっと湧きました。自分は助かったんだと実感したシオリは、見上げた空がいつもより綺麗な気がしました。


 こうして、シオリ誘拐事件は幕を閉じました。


 ――ギルド職員が拉致されるという前代未聞の事件の被害者となったシオリは、その後猛烈にギルドの職員に心配されたり怒られたり泣きながら無事を祝われたり大変でした。

 皆反応はそれぞれでしたが、特にアシュリーちゃんからは「危機管理意識が全くなっていない」と烈火の如く怒られました。その怒りっぷりたるや、小言を言おうとしたベテランの先輩方が気迫負けする程でした。


「どうしていつもいつもいつもいつも他人には色々言うくせに自分の事にはぜんっぜん無頓着なのよ!! そういう中途半端な所が大っ嫌いなの私は!! いいこと!? 貴方は女なの!! 私ほどじゃないけど男が涎を垂らして見つめる女なの!! だったら女として男を退ける対策の三つ四つくらい練っておきなさい!!」


 珍しく何も言い返せないほどのド正論をぶつけられて、シオリはただただ平謝りするしかありませんでした、


 更に審査会からの派遣という形で飛んできたヒャッカお姉ちゃんに強烈なビンタと強力なハグを受け取りました。心底心配させてしまった申し訳なさや囚われたときの恐ろしさの反動で、こちらも泣きながら抱きしめました。


「お願いだから二度とこんなことしないで! あなたは私のたった一人の妹なんだから……!!」


 なお、ブラッドリーさんのことは思い切り睨んでいましたが、苦虫を噛み潰したような顔でお礼をしていました。この嫌いっぷりだけはお姉ちゃんと気の合わないシオリです。

 色々と積もる話もして、落ち着いた時間を得たシオリは天井を見上げながら今日のことを振り返ります。


 まさかデクレンスがあそこまで危険な人物だったとは……想像だにしていませんでした。

 しかしそれ以上に、そのデクレンスを最終的にサクマさんが撃退したというのも驚きました。


 匿名の通報を受けてシオリを探しに町に出たサクマさんはニーベルさんと共にデクレンスの工房に突入し、そこで用意していたらしい迎撃機械オプスマキーネ相手に大暴れ。

 挙句、転移神秘術で逃げてきたらしいデクレンスの謎の洗脳術に『反証数式』をぶつけて相殺し、最後にはデクレンスの『アロディータの宝帯』とかいう装備を奪い取ったそうです。


 『反証数式』は相手の術を完全に解析したうえで、そのまま効果を相手に返すという最高位術の一つ。これを実戦で行使するのは天空都市バベロス出身のゼオム以外には不可能ともいわれている絶技です。

 珍しく本当に驚きましたが、サクマさんはまぐれだと主張した上で「周りにはナイショにしといて」と口止めされました。


「結局デクレンス自身には逃げられちまったからな。ま、どうやらあいつはこの帯を媒介に洗脳術みたいなのを強化してたみたいだから、これさえなきゃそこまででもない筈だけど……すまん」


 突然の謝罪に困惑していると、今度はさんは、事の発端となったシェリアさんも極めて申し訳なさそうに頭を下げてきました。

 

「酒の場とはいえ軽々しく俺がけしかけるようなことを言ったせいで、こんな……」

「私もよ。いえ、むしろ殆ど私の責任だわ。人の好いポニーにあんなこと言えばこうなるかもって予想できたはずなのに……」

「いやいや余計なこと言った俺が……」

「いえいえ余計な相談した私が……」


 客観的に見て二人が悪いかと言われれば、そんなことはないと思います。しかし二人ともはまるで自分の事のように苦し気な表情で謝罪するので、いいですとあっさり許しても彼らの気が済まないような気がしました。


 なので、わざと怒った顔をしてお詫びに今度晩御飯を奢ってくださいと言ってみました。

 ぽかんとしたあと苦笑されましたが、喜んで、だそうです。シェリアさんはともかく、もしかしてサクマさんの今回の大暴れは責任感の強さからなのでしょうか。

 またサクマさんの意外な側面を垣間見ました。


 セツナちゃんもやってきて、ぎゅーっと抱きしめられました。すごく心配してくれていたようですが、ものすごく癒しです。不謹慎にもちょっとだけ攫われてよかったと思えるほどのご褒美を堪能します。


「むぎゅー……だまってどこかにいっちゃメっ、だよ」


 そしてニーベルさんはというと、デクレンスさんの持っていた『アロディータの宝帯』を前に、険しい顔でギルド職員さんたちに説明をしていました。


「間違いない。これはその昔にエレミア教総本山『タンダリオン神殿』から強奪されたオリュペス十二神具の一つ、『アロディータの宝帯』……本物の聖遺物だ。あの男が『異端宗派ステュアート』の手の者だったのはほぼ確定だろうね」


 『異端宗派ステュアート』の名を聞き周囲が顔を青くしているのを見て、改めて自分がとんでもない事に巻き込まれていたのだと実感しました。


 現在、サクマさんが術返しに使った神秘数列を利用して彼に洗脳・記憶操作などされている人がいないかチェックが進んでいるそうです。

 デクレンスの周囲で起こっていた事の多くは彼自身の指示で仲間が手を回しての事でしたが、他にいないとは限りません。

 それにしても、とレジーナちゃんが頭の後ろで手を組みなす。


異端宗派ステュアートがまさかこのギルド付近に何年も潜伏していたなんてなー」


 意外だったなーくらいの反応の彼女に対し、モニカちゃんは本当に怯えていました。


「ギルド側も寝耳に水の大騒ぎで、もう大変ですよ……もう、シオリちゃんが帰ってきて本当に良かった! ほんっとうのほんっとうに!!」


 彼女の意見にレジーナちゃんがうんうん頷きます。


「シオリさぁ、ここまで危ない橋渡ってたんならちゃんと言えよなー。いなくなったって分かってマジ肝冷えて、アシュリーと三人でめっちゃ調べたんだかんな!!」


 そこだけはシオリの予想通りだったようで、見事三人はシオリより遙かに早く容疑者を割り出していたことだけは少しだけしてやったりな気分になりました。持つべきは友達です。


 ちなみにデクレンス直属とおぼしき部下たちは、全員アサシンギルドに連行されたそうです。連行者リストになんと隣町で見かけた犬耳の女の子が混じっていて、そんなに速い段階で見張られていたのかと戦慄すると同時に子供まで巻き込む異端宗派に嫌悪感を抱きました。


 この事件を境に様々な取り調べや報告があり、様々な人に心配や叱咤を受け、様々な事後処理を行い……シオリが通常業務に復帰するまでにゆうに1週間が経過しました。


 久しぶりに受付嬢としてカウンターに座ります。

 受付嬢人気というのは移ろい易く、1週間も休んでいたら担当をしていた冒険者が半分いなくなっていた、なんてこともあるくらいです。シオリもそれぐらいの覚悟はしつつも仕事が減るのはある意味楽できていいかも、と思っていたのですが……。


「シオリ復帰おめでとう! じゃ、この依頼やらせて!」

「馬鹿、バンガー。テメェまた分不相応なの頼みやがって……おう、俺ら本当に心配したんだから、次から無茶はなしだぜ」

「すまぁないが今月も金欠だ。割のいいのをいくつぅか見繕ってくれない?」

「コヴォールの依頼を頼む」

「うわぁ、マジクサだ! 臭……く、ない? いややっぱり若干臭いが、少しはマシになってヤヤクサになってる!?」

「名前変更。今日からお前はヤヤクサな」

「ラジプタだが???」

「ちょっと町を離れてる間に何かあったらしいけど、昼休みにでも聞かせてくれるかしら、シオリちゃん?」


 いざ仕事を始めてみるといつもの顔ぶれが次々にやってきます。


 いつもの日常が帰ってきた。

 いつもの日常が戻ってきた。


 そんな気分にさせられる困った冒険者たちを前に、久々に腕が鳴るのは職業病でしょうか。こうして後を引く大事件を背にしながらも、シオリは通常業務に戻ったのでした。


 ただ、その日を境に暫く警戒令ということでシオリには護衛がつくようになり、その関係で冒険者御用達の宿屋で暫く寝泊りすることになるのですが、それは少しだけ先の話です。

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