第27話 受付嬢ちゃんが調査

 ギルド内で調べられる冒険者の事柄はそこそこあります。

 まず、ギルドに登録される関係でその人物の国籍、種族、経歴。

 更には簡易ながら身辺調査によって家族構成等々も記録されています。


 所持している資産も、理由があれば国の税務署から情報を得ることは可能です。

 この部分については国とは持ちつ持たれつです。どちらかのチェックで不審な金の動きがあると相互に情報を出し合い、不正を暴きます。治安維持部隊――この国では内察とか呼ばれていますが、そことも連携を取ることはありますが、ギルドそのものに逮捕権はありません。


 話が脱線しましたが、一人の冒険者とは言えこれらのデータすべてを確認するのは困難です。

 国家を相手に「個人的に怪しいから」ではデータを提示してくれないので、何か欠片でも説得力のある不審点が必要です。飲みの日では酒の勢いもあって成程と思いましたが、改めて考えると単純ながらなかなかの難題です。

 かといって、このまま引き下がりたくはありません。

 やるだけやってみます。


 ……。

 ……。


 確認した限り、ギルドから支払われた報酬は表向き問題はありません。

 しかし受け取り側の口裏合わせや行方不明冒険者の事を考えれば、決定的な証拠はないものの不審点が多いもの事実です。だからこそギルドは警戒してチェックをしているのです。それでも時折不審な点が散見されています。


 で、あるならば、チェックの及ばない場所――自宅内か町の外。

 そこで何やら秘め事をされればギルドは流石に目が及びません。

 デクレンスさんの取り巻き冒険者から突き崩すという作戦は今まで幾度か行われたようですが、トカゲのしっぽ切りに終わってます。切り離された後のしっぽを辿っても、追いきれないし大したものは出てきませんでした。


 ……。

 ……。


 視点を変えてみましょう。

 デクレンスさんは確かに冒険者としての実績がありますが、チームで事に当たれば必然的にチームで取り分が分かれます。そのためチームでのクエスト受注時には取り分の最低割振額が指定され、現場で何が起きようがそこだけは絶対に揺るぎません。


 デクレンスさんはチームリーダーということもあって他の取り巻きより取り分は多めですが、それでも分割されているので額としてはそこまでではありません。ところがデクレンスさんは小さいとはいえなかなか立派な屋敷を持ち、そして取り巻き冒険者も含め整った装備品を維持しています。


 彼らの装備を思い出し、その概算額を算出。

 そして彼らの収入と税収を含めて維持費等釣り合いが取れるか計算します。

 釣り合いは……取れると言えば取れていますが、それはその他の傷薬エイドをはじめとした冒険に必須の消耗品や生活費を差っ引いた概算です。また、メンテナンス費用も一応計算に入れてみましたが、彼らが装備品を汚して戻ってくることは少ないためここにも誤差があります。


 修理費――ある種、チーム冒険者の利点の一つです。

 集団で行動すれば安全性が増し、装備の損耗度が下がる傾向にあります。

 そして装備修繕費は、商業団体との提携によってギルド登録店のみ少額ながらギルドより修繕費補助が出ている筈です。ちなみに修繕補助は前年度のデータを基に今年分を試算し、年度の初めに支給する形になっています。


 補助金のデータを頼み込んで見せてもらい、その中からデクレンスさんとその周辺の修繕費を漁ってみると、ここで漸く眉を顰める点が出てきました。


 軽度の修繕が発生しているのです。


 メンテナンスをまめにすることは冒険者の心得ですが、彼らの修繕費は装備や鎧など多岐にわたり、明らかに多すぎます。その分だけ余分に支出が発生している筈なのに、何故なのでしょう。こんなことをしても得するのは修繕する側の店です。

 補助金があるからと言ってお金を払うのはあくまでデクレンスさん側ですから、総合的にはマイナスになる筈です。補助金の資料を管理していた職員ともども首を傾げるしかありませんでした。


 ちなみに、ここに至るまでに要した時間はなんと三日です。

 通常業務の合間は難しいので休み時間と勤務外時間を使っていましたが、労働時間と給金が釣り合わなくなると上司からお小言を言われてしまいました。ギルドの労働は働きすぎも働かなすぎもないピッタリのバランスが理想ですから、致し方ないでしょう。


 ……。

 ……。


 脱税疑惑の路線を攻めてみます。

 税金の滞納などの問題があればギルドにも情報が入りますが、そのような情報が入っていない以上は今の所問題なく払っているのでしょう。土地関係も調べてみますが、冒険者名義での土地は自分の家しか所有していないようです。


 次は何を調べようかと休み時間中に書類を眺めていると、レジーナちゃんに「何見てんの?」と横からひったくられました。彼女は書類を流し見して、ある部分を指さします。デクレンスさんたちが装備品メンテを行っているお店の名前です。


「ここ知ってるわ。完全予約制で使い勝手が悪いってんであんまり客が入ってないのに、何故か潰れないヘンな店。デクレンスの一派がちまちま出入りしてるけど、本当は仕事してねぇんじゃないかって話だぞ?」


 どうしてか聞くと、レジーナちゃんはあっけらかんと答えます。


「剣だ鎧だと金物持ち込んでんのに、金槌の音が全然聞こえないんだってよ」


 なるほど、それは確かに怪しいです。

 金属装備のメンテナンスは、場合にもよりますが形状の修正などに金槌でカンカン叩く作業があるものです。叩かないものというのは極端に損傷が激しいか、叩いた程度ではもう元に戻らない廃棄品でしょう。

 デクレンスさんより、そのメンテをしているお店が不審に思えてきました。

 寄り道がてら、一度お店の方を洗う為にギルドの商工業部門で資料を借ります。


 お店が開業したのは約50年前となかなか古い工房です。

 ただ、ずっと工房だった訳ではなく、戦争時に店の経営者が前線へ手伝いに動員されて還らぬ人となってから10年前後の空白の後に別の人が果物店として利用。しかし経営が上手く軌道に乗らなかったのか5年前に廃業し、今のお店の主人はその後に入った人物のようです。


 経営者は元冒険者で、一定の実績を重ねて商人証を手に入れて開業。

 出費と収入のバランスは僅かに黒字。

 あまり余裕があるお店ではないものの、とりたてて問題もないように見えます。

 しかし書類をよく見てみると、開業時の資金の出どころに不透明な部分がある旨が書き込まれていました。それが何を意味しているのかは不明ですが、違法であると断言できるものではなかったようです。


 お店の運用にあたって年度毎の帳簿がありますが、データ上は普通の小規模鍛冶屋程度のものを仕入れています。仕入れ先は隣町の商人ですが、何故かこの町で買うのに不便な物品が見当たらないのが引っかかりました。わざわざ隣町から仕入れれば輸送コストがかさむ筈なのに、不思議です。


 調べれば調べるほどに、このお店はちぐはぐです。

 修繕記録と物品記録はある程度釣り合っているようにも見えますが、デクレンスさんたちの装備の損耗度を考えると取りすぎな気もします。本当にこのお店はメンテナンスを行っているのでしょうか。デクレンスさんと間接的な関係がありそうに思えます。


 余分に仕入れをして無駄な出費を出すのはお店側です。しかも客から余分にお金を取っている可能性があるお店に、どうしてデクレンスさんはわざわざ通い続けるのでしょうか。訳が分かりません。首を傾げながら書類をぱらぱらとめくっているうちに、一つの個所に視線が落ちました。


 お店の経営者のほかに、経営アドバイザーというあまり見慣れない職務を与えられた従業員がいました。その人物の名は――デクレンスさんです。


 シオリの頭の中で、何かがカチリと繋がった気がしました。


 翌日、シオリは出張を利用して隣町に向かいました。

 町に入った途端に視線を感じて見てみると、可愛らしい垂犬人リィバムの少女がじっと見ていました。リィバムはケレビムの亜種的種族で、垂れ耳なのが実に可愛かったです。


 もしかしたらこの町にもワンワン軒のような郷土料理店があるのかもしれない、と密かに気になるシオリでした。


 隣町には別のギルド支部が存在し、そこでもやはり自分の職場のそれと同程度の情報を取り扱っています。

 今回シオリが知りたいのは隣町からデクレンスさんのお店に物品を卸している商社についてです。情報を求めると本来業務から外れていると嫌な顔をされましたが、頼み込んで特別に見せてもらえることになりました。


 その商社のアドバイザーに、デクレンスさんの名があります。

 やはり、とシオリは唸りました。

 商社が例のお店に回している物品について出どころを探ってみると、近隣の別の町からやってきています。恐らくはその場所を調べると更に別の場所が、といった具合に延々と回った末、どこかで追えなくなってしまうのでしょう。


 実際にその商社に行ってみましたが、小規模な商社で輸送専門のため中身については知らないようでした。デクレンスさんについては、起業時に資金提供をしてくれたのでそれ以来繋がっていると言います。

 確認を終えたシオリはメモを書きながら頭の中で情報を組み立て、デクレンスさんの不正の実態をほぼ確信しました。


 未だ庶民の移動手段としてはポピュラーである馬車から降りて町に戻ったシオリは、この情報をギルドだけではなく姉にも流そうと思いました。これだけ狡猾な立ち回りをするのなら、組織的な犯行の可能性もあります。


 歩きながらそこまで考えて、ふと思います。


 もし組織的犯行であるのなら、シオリが色々と嗅ぎまわっていたことは前の町で商社に行った時点でバレてしまったのでは?


支配オクトの奔流よ、眠りに誘え』


 物陰から聞いたことのある何者かの声がして、眠気に体が傾いていくのを自覚しながら、シオリは己の迂闊さを呪いました。

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