第24話 受付嬢ちゃんが休暇
冒険者ギルドは年中無休ですが、従業員も年中無休かというとそんな訳はありません。沢山の日数は取れませんが、休暇だってきちんとあります。
出張で疲れたシオリは事前に申請しておいた休暇を利用してたっぷり休み、ついでに久々のショッピングのために同僚と外出していました。
プライベートのは数少ない、完全に受付嬢の衣を脱ぎ捨てる瞬間です。この時だけシオリは押し寄せる厄介者と煩雑な業務を忘れ、享楽的な私事に傾倒することが出来ます。
今日は普段シフトの関係で一緒に仕事をすることの少ない数名の同僚と休暇が被ったので、受付が苦手で書類処理に回ったというアムちゃんとたまたま出会って合流した夜シフトのネイビィちゃん、あとは飲食店ワンワン軒の看板娘である
実はシバコちゃんとは前々から交友があり、元は彼女と一緒に回る予定だったりします。
「まぁ、あたしは夜番だから割と昼はフラフラ出来るんだけどね」
「でもシオリと一緒とかかなり久しぶりだよね! いつ以来?」
常にテンションがフラットすぎて冷たい人呼ばわりされがちなネイビィちゃんと、スリムな見た目に反して実は大食いのアムちゃん。
二人ともほぼ同期ですが、一緒の職場で仕事をしているのにのんびり話せるのは仕事外ばかりです。唯一シバコちゃんは全員と定期的に会っているのですが、これまた仕事外で会うのは稀です。
女四人寄れば姦しい。
ショッピングしながらも話は盛り上がります。
シオリの会議でのトークはそこそこ盛り上がりましたが、一番盛り上がったのはシバコちゃんが従姉妹から聞いた彼女の故郷、コマヌ国であった事件とそれを解決に導いた冒険者の話でした。
「……という訳で! 病気の原因まで突き止めてしまってスゴかったみたいですよ!」
「なかなか刺激的なお話だったね」
ネイビィちゃんの言葉にシオリも頷きます。
シバコちゃんの故郷であるコマヌ国はこのギルドより遥か東の山に囲まれた地域なのですが、そこにあるケレビムの里で数か月前に大事件が起きたという話でした。
里の人々が次々に原因不明の病に倒れ伏し、あわや死人がという所で謎の薬師が颯爽と登場。無償で御薬を調合し、里が救われたという昔話みたいな話でした。看板娘ちゃんが姉と慕う従姉妹もこの薬師の死ぬほど苦い薬を飲んで復活したそうです。
「その後も突然魔物が出没したりしたそうですけど、ここで薬師さんに加えて別の冒険者さんがやってきて、お姉ちゃんと一緒に魔物を討伐! ……らしいです」
「ふーん。大ごとにならなくてよかったねー。なんで薬師が戦ってるのか知らないけど」
「あれ? でもケレビムって数多くの冒険者を輩出してることでも有名ですよね。余所者の人まで連れて行かないといけないほど強かったの?」
「ガネンテンっていう魔物だったらしいですよ。私は詳しくないんですが、知ってますか?」
ネイビィちゃんはどこかで聞いたような、といった感じで、アムちゃんは聞き覚えがないようです。自然とこっちに視線が集まってきたので答えてみます。
ガネンテンは危険度6の魔物で、古代に存在したとかしないとか言われているゾウなる生物をヒトとかけ合わせたキメラのような姿をしています。
驚異的なのはそのシンプルな強さ。
怪力、長い鼻のリーチ、分厚い皮膚の防御力と厄介の詰め合わせで、狭い場所で遭遇すると非常に危険です。確認された回数の少ない魔物ですが、主に迷宮に出没する事が多く犠牲者が後を絶たないことからギルド本部では危険度の繰り上げを検討していると耳にしたことがあります。
と、解説するとアムちゃんがぱちぱち拍手してくれました。
「流石は昼の受付嬢、知ってるねー!」
一方ネイビィちゃんは何故ガネンテンが現れたのかが気になる様子です。
「そんな場所になんで迷宮の魔物が……うーん、ときどき迷宮から湧き出る魔物発生時の討ち漏らしかな? 何にせよ大事にならなくてよかったね」
「薬師さんは神秘術使いさんでもあって、ケレビムは術は苦手な人が多いのも相まって大活躍だったみたいです! 最終的にはその冒険者さんとコンビネーションでこう、ドーン! って文字で書いてありました。何があったのかは分かりませんが」
「あんたのいとこってド天然か、もしくは文才ゼロね」
ネイビィちゃんの突っ込みがキレッキレです。
口には出しませんでしたがシオリもそう思いました。
「まぁ、手紙にはその人が男か女かすら書いてませんし否定はしませんけど」
ド天然かつ文才ゼロというダブルコンボの可能性が浮上しました。
と――町中で何やら喧騒が起きています。
見慣れた女性と見覚えのある男性たちが何やらモメているようです。
「お断りだって何度も言ってるでしょ。貴方、信用ならないのよ」
「根拠もなくそうまで言い切られるのは心外だよ。言葉を尽くして語らえば誤解も解けると思うのだが、どうしてそう頑ななのだね?」
片や警戒心を隠そうともしない顔、片や慇懃な愛想笑い。
睨んでいるのは女性冒険者のシェリアさん。
シオリの担当冒険者の一人で、碧い髪が印象的です。
若手冒険者の中でも屈指の実力者で、神秘術と弓矢を組み合わせた遠距離攻撃に定評があります。
シェリアさんは
そんなシェリアさんに睨まれても一切臆さない冒険者の男性は、デクレンスという名のマギムの神秘術師です。
紫の髪に上質なマントが様になっており、故にこそ鼻につく感じがあると通評があります。確かアシュリーちゃんの担当だった筈ですが、彼についてはそれほど詳しくありません。
二人は周囲の目も気にせず白昼堂々と友好的とは言い難い会話を続けています。
「上を目指しているのだろう? だったら『互助会』に入るのはメリットしかない。冒険者の高みを目指すために仲間をえり好みする君にはいい話だよ」
「私は自分が組む冒険者は自分の目で見極める主義なの。しつこい男に斡旋されて選ぶ気はない。いい加減くどいわよ」
「そんな風に意地を張っていては、前のパーティの皆さんのように心が離れてしまうよ?」
その一言で、いよいよシェリアさんから明確な怒りが発せられます。
「……それは挑発かしら? だとしたら不愉快ね。自覚なく言っているのなら甚だ不愉快よ」
彼女からすれば踏み込まれたくないであろう部分にずけずけと口を出すデクレンスさん。今のところシオリからするとデクレンスの印象は予想以上に悪い男です。
シェリアさんは元々かなりいい線を行った冒険者だったらしいのですが、当時の仲間とともに上位冒険者と呼ばれる側に行くためにやった仕事で現実の厳しさを思い知らされて一度挫折したそうです。
このことが原因で彼女の当時の仲間は上に登ることを諦め、パーティは空中分解。挫折から立ち直ったシェリアさんは当時に負けないパーティメンバーを求めるも、なかなか見つからず燻っています。
そんな彼女の焦りに、デクレンスさんは寄り添っていません。
ヒトを説得するには、話の内容よりも話し方が重要なのです。
彼は終始上から目線を崩さず、わざとらしくため息をつきます。
「いつまでも意地を張らずに妥協を覚えなさい。いなくなった仲間の幻影が重なる人など見つかる筈もない。過去は美化されるものだ」
「……だとしても、貴方を候補に入れる気にはならない」
「ふむ。これ以上の説得は難しいか。また日を改めるとしよう」
あっさりと踵を返したデクレンスさんに、シェリアさんは苦々しい顔をしました。また来るからか、それとも彼女にとって痛い所を突かれたからか、或いは両方かも知れません。
遠ざかっていくデクレンスさんの背中が見えなくなったところで、隣のアムちゃんが「やっぱり怪しい」と呟きました。
「デクレンスさん、ちょっとよくない噂が多いんですよね。冒険者としてはどの項目も優秀だけど、絶対腹に何か抱えてるってアシュリーちゃんよく言ってましたもん」
しかし、こんな時も心の平静を保つネイビィちゃんは異を唱えます。
「悪事があるなら証拠が出るはずじゃない? ギルドだって間抜けじゃないんだから噂が出れば密かにマークするでしょ?」
「ギルドの介入出来ないギリギリの個人間のやりとりで色々してるって話です」
どうやらかなり
受付嬢の手に届く範囲じゃなさそうなので、もどかしくとも静観するしかないのでしょう。
シェリアさんはふぅ、と疲れたようなため息を吐きました。そしてこちらの存在を確認すると、安心したように近づいてきます。
「シオリ、今日は休暇だったんだ。道理でギルドにいないと思った。私服も似合ってるじゃない?」
まるで親しい友人のように挨拶するシェリアさんに、シオリも挨拶します。彼女はフェルシュトナーダさんのように仕事外の時間では一緒に食事をすることもある、私生活での気の置ける友人のような人物なのです。
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