第23話 受付嬢ちゃんが甘える

 ギルドの定例報告会は暫く続き、やがて終えると懇親会に移りました。ギルドの同僚達と労をねぎらい合い、立食パーティで束の間の豪勢な食事に舌鼓を打ちます。


 豪勢とは言っても食材は全てギルドの敷地内で育てられたものです。退魔戦役で世界が滅茶苦茶になれば避難所として機能するギルドは、備蓄に困らないよう世界のあちこちにギルド所有の畑や農場を持っています。


 収穫物は保存食に加工されて各地に備蓄され、余ったら貧しい国に支援として送られたりギルド支部の食堂で古いものから使われていったりしています。この食事そうした食材が本当に食用に適しているかを確かめるための食事でもあるのです。


 そんな中、シオリは同年代のヒトと話したいのに中年のギルド支部長に捕まっていました。


「いいねぇ、きみくらいうら若い女性が職場で活躍するのは! 最近では女冒険者が男の受付も用意しろだの訳の分からんことを騒ぐが、受付嬢と言えば華やかな女性と相場が決まっていように! わはははは!」


 酒が入っているのか既にこの話は四回目です。

 シオリとしては、女であることと華やかであること以外中身のあることを言わないので単純に鑑賞物としての女性が好きなだけのスケベなのではないかと疑っています。


 たまに肩を触ってくるし、同僚達は別のヒトに捕まっていてフォローしてくれないし。最近になって気付いたのですが、こういうヒトたちは誰にも邪魔されないタイミングを狙っていたのではないかと思えます。

 こういうときアシュリー親衛隊と言わないまでも、誰か側にいてくれれば防護林になるのかなぁ――と終わらない話に辟易していると、かつ、かつ、と鋭いヒールの足音が近づいてきます。


「――おや、では私も受付業務をやりましょうか?」

「ん? なんだね君は。いきなり会話に割って入るのはマナー違反、で、は……!?」


 別ギルド支部長は声をかけてきた女性――その胸元にあるバッジに目を見開きます。

 エリートの証にしてギルドの緩みを正す審査会の所属を示す、銀色のバッジ。見る人が見れば相手が第三審査会に属し、支部長ですら迂闊な発言をすれば唯では済まない相手であることを示していました。

 女性は余裕のある笑みで丁寧にお辞儀をします。


「名乗りが遅れて失礼。第三審査会所属の審査員を務めます、ヒャッカと申します」


 ――お姉ちゃん!


 思わず声が出る、久々の姉との再会です。

 シオリより高い身長、整った顔、知的なメガネ、頭の後ろで髪を纏めたパインヘアと呼ばれる少しボリュームを感じる髪の纏め方、そして頭の先からつま先まで一本の線が入ったようなデキる人間特有の出で立ち。


「え? 身内に審査会の人間……し、失礼! すこし長く喋りすぎたようだね!」


 血相を変えた別ギルド支部長はそそくさと退散していきました。

 その背中を余裕のある笑みで見送ったヒャッカお姉ちゃんは、ゆるりとシオリの方を振り向き、そこでやっと家族に見せる優しい笑顔を湛えました。


「だめよシオリ。ギルドにはだらしない大人の男が山ほどいるんだから、助けてくれる同僚とは半径2マトレ以内を保たないと。貴方は自分で思っている以上に女なんだから、ね?」


 ヒャッカお姉ちゃんの手がシオリの肩を抱きます。

 さっきまでのおっさんの手とは違って柔らかく、暖かく、シオリをいつも抱きしめてくれた優しい匂いがします。


 ああ、お姉ちゃんだ。

 辛いときも苦しいときも、いつも守ってくれた世界にたった一人の自分の家族だ。

 ここ最近は顔を合わせる機会がなく手紙でばかりやりとりしていた姉に、シオリは抱きつきました。ヒャッカはそれを全身で受け止めます。


「あらあら、変わらず甘えん坊だこと。元気そうで安心したわ、シオリ」


 お姉ちゃんこそ相変わらず綺麗で優しいお姉ちゃんのままです。

 もしかしたら会えるかもと思っていましたが、嬉しくなったシオリはヒャッカお姉ちゃんの手を引いて他の同僚達の方へ向かい、自慢の姉を紹介します。


 才色兼備にして現場では辣腕を振るうシオリの自慢で憧れの姉です。周囲が「彼女があの!」と驚く中、ヒャッカお姉ちゃんはちょっと恥ずかしそうでした。

 恥ずかしがることはないのに、と思います。ヒャッカはシオリより四歳年上ですが、それでもこの若さで審査会に入るのは並大抵のことではありません。受付嬢の中ではそこそこ優秀な方であるシオリも審査会の試験結果はボロボロだったのですから。


 立て直したヒャッカお姉ちゃんは先ほどのすけべ男相手よりは柔らかい雰囲気で挨拶します。


「第三審査会のヒャッカです。妹がいつもお世話になっています、フームス支部長」

「いえいえ、彼女の普段の頑張りあってのギルドです。ねえ、クラレンツくん」

「そ、そうですね! シオリちゃんは受付嬢の中でも特に向上心に溢れ、厄介冒険者相手にも臆さずしっかり仕事をこなしてくれています」

「……ほう。妹に厄介冒険者、ねぇ」


 ヒャッカお姉ちゃんがメガネをくいっと意味ありげに上げます。

 お姉ちゃんはちょっとだけ過保護なのです。

 クラレンツ総務は探られて痛い腹もない筈なのに脂汗を流していますが、総務はトラブル時にちょっと対応が遅いなと感じることのあるシオリは助け船を出さず静観します。

 ふふふ、お姉ちゃんの威光に特に意味も無く戦々恐々なさい。それでシオリのちょっとした鬱憤が晴れますから。


 残念ながら途中で話上手のカリーナ先輩が間に入ったことで追求は有耶無耶になりましたが、一通り世間話をした後はちょっと真面目な話に入ります。

 ヒャッカお姉ちゃんは、件の冒険者の代謝について気になるようです。

 

「冒険者の入れ替わりの激しさは、どうも歴王国周辺のみで起きているようです。タイミング的に補助金の件が作用している可能性が高いですが、いやに冒険者側の反応が早いのがすこし気にかかりませんか?」


 シオリとしては大きなルール変更があればああなるものなのかなとは思っていましたが、フームス支部長は薄々気配のようなものを感じていたのか顎をさすって頷きます。


「何か、ギルドの知らない噂が足早に駆け巡っている気がしますね。異端宗派ステュアートのような輩の暗躍でなければよいのですが」

「審査会の方でもこの不可解な件は経過を注視しています。ギルド一つひとつはそれほどではなくとも、全体的には大きなムーヴメントになりつつありますから」


 普通なら組織の新陳代謝が進むことは悪い事ではありませんが、あまりにも急なのがヒャッカお姉ちゃんたちには気にかかるようです。


「シオリも仕事は程々に、変なのに深入りしちゃダメよ?」


 心配そうに優しく警告する姉に、シオリは心配要らないと明るく返します。もしまた変なのに付きまとわれたらまた頼もしいブラッドリーさんに護衛を頼みますから。

 と、告げた途端、優しかったヒャッカお姉ちゃんの目が怒りで吊り上がりました。


「ブラッドリー!? あのブラッド!? ブラッドが妹に近づいてる!? ちょっとフームス支部長、これはどういうことですか!!」


 劇的な変化にシオリは目を白黒させます。

 ヒャッカお姉ちゃんはブラッドリーさんのことを知っているのでしょうか。


「いいことシオリ! あの男は絶対に、絶対に怪しいんだから一切合切気を許しちゃダメよ!! 確かに仕事は出来るし生きて帰ってくるし言うことは聞くけど、あんな戦闘狂の経歴不明男に妹は任せないんだからね!? リメインズ時代に担当やってたこのお姉ちゃんが言うんだから間違いありません!!」


 大昔にシオリが無茶して怒られた時と並ぶ程の剣幕で肩を掴まれ、シオリはそんなにブラッドリーさんがアレなヒトとは思えないと反論を試みます。

 それに、そんなに危ないヒトならガゾムとはいえカナリアさんが同居を許すとは思えな――。


「なぁぁんですってぇ!? あの脳梁炸薬石女までシオリが担当してるって言うの!? こっ、抗議します!! 審査会から正式に抗議しますよッ!! あの歩く爆薬と狂人ブラッドリーを同時に担当するなんて過剰負担です管理不行き届きですありえませんッ!!」


 顔を真っ赤にしてフームス支部長とクラレンツ総務に噛みつくお姉ちゃん。完全に火に油を注いでしまいました。


 ――後にブラッドリーさんに聞いたことには、お姉ちゃんは彼らがリメインズでマーセナリーとして活動していた当時のブラッドリーとカナリアさんの実質的な担当だったそうです。


 カナリアさん曰く、「姉妹だったんですね! 言われて見れば雰囲気似てます! ヒャッカちゃんにはとっっってもお世話になりましたもん!」。

 ブラッドリーさん曰く、「俺は……彼女に迷惑をかけた覚えはないが……悪評があったからな。あとカナリアが警戒されるのは、自業自得としか言えない」。


 何やらかしたんでしょう、この人達。

 シオリの偏見に基づく個人的予想では、携行数砲をぶっ放してなんか壊したんだと思います。

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