第22話 受付嬢ちゃんが出張
冒険者ギルドの存在意義は何か、と問われれば、根底にあるのは一つしかありません。
それは、ヒトの存続のための第三次退魔戦役への備えです。
第一次退魔戦役終結後の超国家条約締結時から、ずっと決まっていることです。
ギルド支部の設置場所を世界地図で見れば、西大陸各国の中継地や重要拠点を余すことなく活動範囲に収めています。つまり、魔物との戦争が起きればすぐさまギルドを中心に防衛網、物資や人員の流通、情報の伝達が行われるネットワークを構築しているということです。
また、そのいくつかが機能不全に陥ったとしても近隣ギルドが手を結ぶことでカバーできるよう、第二次退魔戦役後に更にギルド設置場所の効率化が図られました。
今現在、
どこから地を埋め尽くすほどの魔物が湧いて出るのかはある程度解明されていますが、
つまり、第三次退魔戦役は今日に起きてもおかしくはないのです。
そういう訳で、各地に散らばったギルドは半年に一度報告会を開き、発生の前兆やギルド活動の妨げや非効率の発生の有無など、様々な事を報告し合っています。本日はまさにその日であり、シオリはその会議の場所に上司や先輩と共に出張中です。
「シオリは定例会議、初めてだったわね?」
共に目的地に向かう機械車の中で揺られながら、シオリはカリーナ先輩の確認に首肯します。定例会議はギルド支部長、秘書、その他数名の補佐が参加するのが通例で、今回は補佐の役目が偶然シオリに回ってきました。
「難しい事は殆ど秘書が処理するから、とりあえず自分がどの資料を管理しているかだけしっかり覚えてね? そこさえしっかりしてれば後はフォローするから」
ベテラン職員でもあるカリーナ先輩のアドバイスはいつも的確なので、素直に頷きます。もちろん書類は既にチェック済みですが、後でもう一度くらいはチェックしておきましょう。
それにしても、この機械車はどうやって動いているのでしょうか。
古代技術を基にエディンスコーダ鉄鉱国が開発した機械車は、第二次退魔戦役頃に実戦投入され、今では裕福な国家や組織は当たり前のように使っています。特殊な神秘数列を組み込んだ動力を使っているらしいのですが、シオリとしては馬に引かれてもいないのにすごいスピードで走っているのは何度見ても違和感がぬぐえません。カナリアさん辺りなら理解しているのでしょうか。
シオリの素直な感想にカリーナ先輩は同意してくれました。
「
困ったように笑うカリーナさんですが、ちょっとどころか全く想像できないシオリは苦笑いしか出来ません。
第二次退魔戦役以降、文明は加速度的に発展しています。
アーリアル歴王国のクリスタル・インフラに代表される神秘道具技術、鉄鉱国が日夜世界に送り出す機械技術、そして術そのものの発展。第一次退魔戦役以降の世界の発展速度は異常と言って過言ではありません。事実、この発展によって人類は第二次退魔戦役を乗り切り、今もまさに破壊されずに文明を保ち続けています。
しかし、どんなにヒトが強く高く発展しても魔物の脅威は全く止まることを知らず、今も多くの血と命が犠牲になっています。
終わりの見えない、果てしない戦いの連鎖。
戦いばかりが加速度的に進化していくヒトの技術。
エレミア教の神官が、以前に説法で「武力を求め過ぎた人類はいずれ自らをも滅ぼす力を得るのではないか」と現状に危惧を抱いていました。戦後を語る心の余裕があるのは羨ましいことですが、この世の殆どの国にそれはありません
柄にもなく難しい事を考えているうちに、車の窓越しに目的地が見えてきました。
それは、まるで一つの小さな町を一つの建物にまとめ上げたような圧巻のスケールでした。遠目に見ても大きなその建造物に、カリーナ先輩が目を細めます。
「シオリちゃんは初めてかな? ギルド本部に並ぶギルド所有の大型施設、『審査会』の本部よ。確か貴方のお姉さんは第三審査会の人間だったわよね? もしかしたら会えるかもね」
これが、審査会本部。
シオリの大切な家族が務める組織の拠点。
審査会はギルドの中立性を重んじる為にギルドの活動や行動を常に審査し続ける内部組織です。ギルドの活動指針には原則干渉しませんが、超大型迷宮では特に審査会の意向が強く反映され、ギルドのヒラ職員とはひと味違う優秀な人材を揃えていると聞きます。
果たしてここで、どんな報告が飛び交うのか。
そして、姉に会えるのか。
ごくりと唾を呑み込む受付嬢ちゃんに、カリーナ先輩は「驚くわよ?」と悪戯っぽく微笑みました。
◆ ◇
「極南大陸中央支部より報告! 今年も氷国連合は例年並みの積雪であります! 現在の活動は主に連合に依頼を受けての農業の手伝いと雪掻き! 魔物討伐は相変わらず親衛隊が全て片すため冒険者登録希望も未だ零であります! 草原が恋しいなぁ! 転勤まだかなぁ!」
「東大陸東南東第三支部より報告! 相変わらず
「西大陸アーリアル歴王国首都支部より報告。
「中央海列島第4支部より報告~。地殻変動でこれまで通れなかった海域に行けるようになったってことで、また未確認文明と種族を発見~。現在はその国から偶然外に出てきた人たちに内情を聞きつつコンタクトを取れないか模索中~~……ふわぁ、時差ボケきっつ……」
驚きました。もはや驚きすぎて逆に冷静になっています、
各地、地方や統治能力の高い場所ではいわゆるウチのような形態をそもそも取っていないようです。活動も思想も目的もてんでバラバラ。というか私情が酷いです。真面目にやろうとしているウチが逆に浮いている気がしてきました。
ギルドは各地に散らばる以上、ある程度は郷に従って地域に馴染む必要があるというのは分かりますが、巨人の背中掻きが仕事になるってどうなんでしょう。テロも起きてるし、未発見文明見つかってるし、もぉ滅茶苦茶です。世界はハチャメチャに満ち溢れているのだということをシオリは今日知りました。
人類のつながり、相互理解。それは極めて重要な事です。
30年前の第二次退魔戦役では、超国家条約未加盟国である国家とも根強く交渉したことで、のちに「神腕」と呼ばれる英傑が戦場に助太刀に入ってくれました。「神腕」は、その名の如く神の如き腕で敵をなぎ倒し、最終防衛線を押し戻すという力業で人類を救いました。
ピンチの人類の前に颯爽と現れ、武器も持たずに素手で魔将と渡り合った彼は、今では世界中の男の子の憧れの的です。当人は世界を旅して回っているそうですが、そんな彼もギルドの異種文明交渉がなければ出てこず、もしかすればそのせいでシオリが生まれてこなかった可能性まであるのです。
……と、そんなことに思いを馳せているうちにウチの支部の番が回ってきました。フームス支部長は物怖じ一つせず立ち上がると、きっかり報告を行います。
「西大陸中央第17支部より報告。冒険者登録は平均1年30名前後を維持していましたが、ここ最近になってヨーラン平原国の補助金の扱いが大きく変わったことで登録者と引退者が同時に増加しているのが懸念事項です。今のところ魔物の討伐に問題は起きていませんが、ここ最近で危険度の高い魔物の出現が増加中です。対策として元マーセナリーの冒険者ブラッドリーからの紹介で腕利きを数名こちらへ移籍させることで対応しています」
真面目です。
真面目すぎます。
周囲から「相変わらずあそこはスゲェ冒険者ギルドっぽいこと言うなぁ」とか「あそこは相変わらず受付嬢のレベルたけーな」とか「いーなー俺らもそういう報告したい。漁獲量の報告と新型船の紹介はこりごりだよ~」などといった声が聞こえてきます。
やっぱりこの支部は周囲からしても浮いているようです。立地的に強力な防衛力や組織力を持った組織が少ない上に超巨大迷宮二つの丁度中間という絶妙にデンジャーな立地がそうさせてしまうのでしょう。
つまるところ、これからも頑張らねばということか、と一人納得したシオリは使われた資料を仕舞い、途中でふとブラッドリーさんの資料を見つけます。
そこに書かれているのは衝撃の情報――なんと、ブラッドリーさんの同居人の欄にあの大砲を持ち歩く危険人物カナリアさんの名前が書かれているではありませんか。
これはその、あれでしょうか。
そういう関係だと言うのでしょうか。
予想外過ぎる情報にフリーズしていると、カリーナさんが小声で諫めます。
(こら、報告の番が終わったからってプライベートな情報の覗き見は感心しないわ……あの二人、元はコンビ組んでたみたいよ? 私の見立てでは『そういう』関係ではないと思うわ。だから気落ちしないの)
いえ、気落ちしているわけではないのですが。
というかブラッドリーさんに気があるというのは噂であって事実誤認です。
ただ単に全く結びつかない二人だったのが驚きだっただけです、とシオリは小声で口早に主張しますが、その態度が余計に怪しいのかカリーナさんは「不文律も絶対ダメとは言わないわ。プリメラも自己責任でやってる訳だし」と妥協するようなことを言います。ひどく釈然としません。
(まぁ、惹かれるのも分かるわ。孤独そうに見えるから不安で一緒にいてあげたくなるし、顔もいいし、あそこまでべらぼうに強い人なんてそうそういないもの。貴方に対してもなんだか優しいしね)
最後の情報は初耳ですが、ともかく、孤独そうというイメージが払拭されたのはシオリ的にはよいことであるのは分かっていただきたい所です。
ちなみに、頭の片隅の更に際辺りに、カナリアさんと『そういう』関係なら実は女性趣味もアレなのではという邪な考えを抱いてしまったことは秘密です。
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