Act.3 受付嬢ちゃんが!
第20話 受付嬢ちゃんが新業務
シオリたちの所属するギルド西大陸中央第17支部はヨーラン平原国の中にあります。そしてヨーランという国は三大国の一つ、アーリアル暦王国の実質的な属国です。
属国とは言っても別に不当な要求を受ける訳ではないですが、簡単に言えばヨーランは国際社会で常にアーリアルに迎合し続けることで彼の国の儲け話に真っ先に一枚噛んで甘い汁を分けて貰っています。
代わりに、ヨーラン平原国は魔物の侵攻が発生した際に地理的にアーリアルの盾になるような場所にあるので、アーリアルはヨーランがいれば有利だし、ヨーランも大国アーリアルに手を貸して貰える……二国はアーリアル優位とはいえ相互の利害関係で結ばれているのです。
ヨーラン平原国はそれでいいのかもしれませんが、アーリアル歴王国の影響力はヨーランの行政や立法にまで及んでおり、アーリアルが『これをやる』と言い出せば真っ先にヨーランがそれに乗っかります。
そのため、ヨーランが急に何かをやりだす場合は大体アーリアルの働きかけが行われ、その度にギルドは対応に追われます。
ぶっちゃけた話、アーリアル歴王国はギルドの中立性に間接的に介入しようとしている節があるのでギルドの悩みの種となっています。
残り二つの悩みの種は、東大陸でギルドシステムがなかなか普及しないことと、エドマ氷国連合のギルドが機能不全に陥っていることくらいでしょうか。
「――という訳で、またギルドの取り扱う補助金が増えまぁす。手続き的にはそれほど今までとは変わらないけど、みんなしっかり目を通しておいてね~」
カリーナ先輩のしなのある声が会議室に響き、全員が渡された新マニュアルにげんなりします。
真っ先に不満を口にしたのはやはりレジーナちゃんでした。
「またかよ。多くね? あたしがギルド入ってからで既に10回目だぞ? ギルドのシステムってそんなポンポン変わっていいワケ?」
真面目なモニカちゃんも流石に辟易したのか、書類をめくりながらため息をつきます。
「あくまでヨーラン側が財源を負担してるのでギルドに損はないですけど……従来の補助金に加えて鍛冶屋補助金、冒険関連施設の優遇制度、行方不明者捜索依頼の補助金、遺族への保証金……どれもヨーラン平原国の冒険者を増やすためのものですねぇ」
「財源どこから引っ張ってきてんだよ~」
もちろん、アーリアル歴王国の資金援助でしょう。
なにせヨーランの冒険者が強ければ強いほど、退魔戦役が起きたときにアーリアル本土の安全性が増しますから。
「そんな金あったらウチらにボーナス払えよ~~~!!」
「まったくですぅ~~~! 苦労するのは現場ですよぉ!? ブランドバッグ買いたい新作コーデ揃えたい美味しいもの毎日食べた~~~い!」
「食べた~~~~い!!」
滅茶苦茶な要求をするレジーナちゃんにぶりっこアシュリーちゃんも追従して二人で両手をばたばたさせます。二人とも流行に敏感で浪費が多めなのでお金の話となるとすぐに団結します。
しかし、認めるのは癪ですがアシュリーちゃんの言葉にも一理あります。
こうも補助金の類が多いと処理する側の負担が増える一方です。この手の書類は申請前に職場内で複数人がチェックしなければならないので余計に面倒なのが目に見えています。
いつの時代もいいように使われるのは現場の人間。
何かしらの対策をギルドに練って欲しいものです。
◇ ◆
新制度の開始から数日間、受付嬢を初めとするギルドはかなり忙しかったです。しかし数日もすると段々落ち着いてきて、なんだかんだで慣れてきました。
ここで気をつけたいのが、この慣れたというのは忙しい環境に慣れただけであって、負担そのものは増えたままだということです。
つまり、仕事増えすぎ問題は解決していません。
「専用窓口を増設する話はしてるみたいですよぉ」
……とは、たまたま他の二人より早く休憩に入ったことで二人きりになった際のアシュリーちゃんのコメントです。
アシュリーちゃんの小耳は憎らしいくらい正確な情報なので当たるでしょうが、あなた忙しいのを理由に一見の冒険者のうち顔がよくなさそうなのをわざとシオリのカウンターに流しましたよね?
「えー、そんなぁ。多すぎてパニクりそうだったから仲間を頼っただけですよぅ」
そうですかそうですか。
ではシオリも今度から忙しくてパニクりそうなときは滅茶苦茶不潔で近づくだけで体臭がきついマジプタさんをアシュリーちゃんの方に任せましょうか。持つべきは仲間ですよね?
「……」
……。
「……チッ」
思いっきり舌打ちしたよこのぶりっこ。
しかし牽制程度にはなったのか、それ以上見え透いた嘘をつきはしませんでした。
ラジプタさんは別名マジクサさんと陰口を叩かれるほど臭い迷惑冒険者代表です。
特筆すべきは異常なまでに不潔なその出で立ち。
常にフケだらけで歯は黄ばみ、息をする度に腐ったドブみたいな臭いが放出され、それが従来の体臭と混ざることでこの世のものとは思えない壮絶な刺激臭に変貌します。
もちろんギルドに来た時点で全員に悪臭ダメージが入りますが、アシュリーちゃんは過去にこの悪臭に耐えられず口を抑えてトイレにダッシュした実績からマジプタさんを異常に嫌悪しています。いや、好きな人いないですけどね。
臭いが相手ではアシュリー親衛隊とてものの役に立ちません。
別に本当にする気はないけど、こちらがその最終兵器を持っていることくらいはちらつかせておかないと、いつも押しつけられてはたまったものではありません。
暫く、沈黙。
レジーナちゃんとモニカちゃんまだかなー、と思いながら暇つぶしに今日の対応の反省点を書きとどめていると、アシュリーちゃんがぶりっこモードに戻りました。
「シオリちゃんってぇ、面倒見がいいですよねえ」
周囲にはそう言われますね。
「どんな曲者冒険者相手でも、専門じゃない場合を除いて誠心誠意対応してますって言うかぁ」
まぁ、受付嬢の原則ですし。
本音を言えば会いたくない人もいますけどね。
周りには時々受付嬢の鏡だとか言われますけど、正直なんでそんなこと言われるのかがシオリ自身には分かりません。他の三人と比べて秀でたものがないシオリは、こつこつ努力しないと置いて行かれる平凡な女です。
だからこそ、それでもシオリの元にやってくる担当冒険者さんたちには受付嬢としてできる限りのことをしてやりたいと思います。
と、いうようなことを砕けた調子で言うと、アシュリーちゃんはにっこりと100%の営業スマイルを返してきました。
「そうやって誰にでも優しくしてると、そのうち何時ぞやの勘違い男みたいに良くないものまで引き寄せちゃいますよ。世の中っていいヒトが真っ先に損するように出来てるんですもーん」
その言葉に返事をする前に、他の受付嬢たちが戻ってきて会話は中断されました。
あれどういう意味なのか聞き返せないまま仕事に忙殺されるのでした。
――このとき、既に異変はじわりと滲むようにギルドの見えない場所で侵食を始めていたのですが、このときはまだ誰もそのことに気付いていませんでした。
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