第19話 サクマとニーベルの閑話

 ニーベルとサクマは三ヶ月ほどの付き合いだ。

 旅先で偶然であった目立つ桜色の髪の変わり者――周囲には東大陸の出身だと言っているが、ニーベルはそれが見え透いた嘘であることに気付いている。


 確かに東大陸は複雑な海流のせいで西大陸と殆ど交流がないが、それでも一部の人間は東大陸がおおよそどのような場所であるか知っている。


 その上で言えば、サクマという男はそもそもこの世界の常識を何も知らない。


 記憶喪失か、何かの術で精神がやられて妄想に取り憑かれているのか、と最初は失礼なことを思っていたが、接しているうちに違うと気付いた。

 彼は極めて理知的で論理的で、そして自分の素性を決して喋ろうとしなかった。ニーベルも素性を探られるのが嫌なので、気楽で良いし不思議と気が合った。


 そんなサクマが突然「どこでもいいから遺跡を見学したいので案内してほしい」と言い出したときは珍しいと思ったものだ。

 今、ニーベルはサクマと共にヨーラン平原国に存在する神殿を見学しに行っていた。

 セツナは二人が世話になっている宿屋『泡沫』に相談して預かって貰っている。


「というわけで、ここがお望みの遺跡、大地の神殿だ。この世界で遺跡と呼ばれるのは神殿と、あとは大地の下に埋まる迷宮を指す」


 辿り着いたのは、今現在ヨーランで見られる数少ない神殿の一つ。

 観光や巡礼で神殿を拝むちょっとした人混みから少し放れたところから二人で神殿を見る。目を細めて神殿を見るサクマは、何故か胡乱げだ。


「いやこれ、遺跡……遺跡? 確かにそんな感じの質感してるし凄くデカイけど、これどっちかと言うと車輪のねぇ機関車じゃねえの? そんなに古くも見えねぇし」

「キカンシャが何かは知らないけど、大地の神殿と言えばどれもこの形だよ。神殿によって形は違うけどね」

「……どれも? 一杯あるの、大地の神殿?」

「もちろん。ロータ・ロバリーの常識だ」

「これが遺跡で神殿で乱立で機関車。情報多すぎて処理が追いつかねぇ……」


 サクマはまったく納得していない顔で何やらぶつぶつ文句を言っているが、暫くすれば彼なりにかみ砕いて理解するだろう。時折ニーベルが考えつきもしなかったことを口にするので、ニーベルは意外と面白がっていた。




 ◇ ◆




 この世界――ロータ・ロバリーを知るために行動を起こしたはいいが、いきなり機械的な代物が出てきて面食らう。

 サクマの目の前にあるのは、荒れ地のど真ん中に鎮座する車輪のない巨大な蒸気機関車のような大きな建造物だった。敷地面積は小さめのスーパーマーケットほどだが、高さもあってスケール感だけは凄まじい。


 レトロな海外の機関車によくあるカウキャッチャーのような柵の中心部に入り口らしいものがあり、やや遺跡っぽい質感や柱はあるが寝そべった円柱型の建物や複数の煙突、それに後方には石炭を積むスペースらしきものもある。


 観察するように周囲を回ると、遺跡の後方の土の色が違う事に気付く。色の違う土は遺跡の後ろに扇状に続いており、遠くの方を見ると周囲の荒れ地に似つかわしくない樹木やゲームに出てくるような不自然に巨大なキノコまで見える。


「なんだこりゃ。まるで機関車が通り過ぎた後が花咲じいさんよろしく緑に溢れていくみたいな……」

「その通りだよ。大地の神殿は女神エレミアの与えたもうた力によって我々の住む大地を少しずつ、少しずつ移動しながら再生してくれているんだ。少なくとも後者、すなわち大地の再生は確かなことだよ」

「え、じゃあこれ稼働どころか移動までしてんの!? 神殿なのに!?」


 サクマが不思議がっているのが不思議だとばかりにニーベルは首を傾げる。


「……? 神殿は大半がひとりでに移動するものだよ? バベロスなんかが代表かな。いっそスヴァル神殿みたいに動かないものの方が珍しい。他で動かない神殿と言えば、女神が建立したものではない人造の神殿くらいだよ」

「神殿って普通は全部人造だし、そもそも神を崇めるためにヒトが作るものだと思うんですがねぇ」


 どうやらこの世界の神殿は神が自分でおっ立てるものらしい。

 自己顕示欲クソ強の神なのだろうか。

 だとしたらいい神の予感がしない。

 サクマとしては過去に古代文明的な存在が作ったとしか思えないのだが、この辺を追求して女神を否定する異端者扱いされると面倒なのでこれ以上追求はしない。


「……荒れ地がないときはどうしてんだ、この神殿?」

「ヒトと魔物の戦いがある限りそんな時代はないね」


 ゴールドが視線をやった先には、所謂『大戦の爪痕』――骨になった魔物や大地を抉る幾つものクレーターがあった。

 二人や観光客が移動する道はギルドによって舗装されているが、それ以外の場所には戦争時のものの名残か粉々の金属片など激戦の名残が随所に見受けられた。

 破壊されて植物も碌に生えない不毛の大地を、この神殿は物言わず延々と再生し続けているのだろう。そんなものが世界に複数あって動き続けて、それでも戦いによる大地の破壊や汚染の方が早いというのだろうか。


 分かっていたことだが、この世界は予想以上に過酷だという事実を突きつけられた気分だ。


「ここだけの話、神殿は少なくとも数千年前から動き続けてるらしい」

「そんな昔の記録、魔物の大侵攻で失われてて残ってないんじゃなかったっけ? ギルドの勉強会でそんな話聞いたけど」

「三大国は例外だよ。それを知る機会は誰にでもあるわけじゃないけどね」

「そういうことか」

「そういうことさ」


 ニーベルは実家が相当地位のある家だから知っているのであろう。

 別に追求する気も言いふらす気もないので、流す。

 探られると痛い腹があるのは自分の方だからだ。

 ニーベルは遺跡に手を合わせて一礼する。

 彼はこの世界の最大宗派――エレミア教の敬虔な信者だが、宗教の教義と現実の差も正しく理解している。だからサクマの宗教的な無知に怒ることはない。


「この世界にはあちこちにこうした神殿がある。風の神殿、水の神殿、火の神殿……魔物たちも女神の神殿を破壊するのは畏れ多いのか、手を出すことはない」

「ほー。そんな素晴らしい女神ならもっと直接的に人類に救いの手を差し伸べて欲しいもんだがな。神殿の中に籠ってりゃ魔物を凌げたりしないの?」


 真っ当な考えのつもりで言ったが、ニーベルから返事がないことに気付いて流石に調子に乗って言い過ぎたかと思った。しかし、ニーベルは驚くほど真摯に答えた。


「出入り口らしい場所はあるけど入れない。女神エレミアにとっては魔物もヒトも等しく命……ということなのかもしれない」

「エレミア教の教義では、魔物は敵じゃないのか?」

「ないね。敵と呼べるのはヒトの欲望くらいだ。魔物らしい存在が出ることもあるけど、敵と解釈できるようなものじゃない」

「……」


 サクマにはそれが不思議なことに思えた。

 宗教は多かれ少なかれ、指導者側の都合の良い形に変化したり民意に合わせてその形を変えるものだというイメージがある。なのに、これほど苛烈な魔物の襲撃を受けることが教義で触れられていないというのはおかしい気がする。


(……エレミア教が誕生した後に魔物の存在が? いや、それでも……やめだやめだ。ニーベルでも分からないことを考えても仕方ない。ここはこういう世界なんだろう)

「……あっ、あのマッチ女」

「え?」


 不意にニーベルから聞き慣れない言葉がでてきてサクマが我に返ると、彼の視線の先でオレンジ色の長髪をツインテールにした女性が観光客相手に愛想よくガイドをしているようだった。

 年齢は十代中頃といった所だろうか。

 無意識に胸を見て、小さいなと失礼なことを考える。

 それよりも、基本誰に対しても礼儀正しいニーベルがいたずらっ子を見たような警戒感を顔に出しているのが意外だった。


「なんだよ、知り合いか? てかマッチ女って体型のことか?」

「そういう訳じゃないんだけど、あれはサーヤって言って厄介者なんだ。腐れ縁みたいなものさ。あいつまた悪さしてないだろうな……ごめん、ちょっと行ってくる」


 ニーベルは駆け足でサーヤという少女の方に向かっていく。

 途中でニーベルの存在に気付いたサーヤは、これまた面倒な奴が出てきたとばかりにげっと顔をしかめる。


「おいサーヤ、今度は善良な観光客にホラ吹き込んで金をせびろうとしてるんじゃないだろうな!」

「うげっ!? なんでニーベルがいるのよ!? 行く先々で出てきては因縁つけてきて、こっちのこと追跡してんの!?」

「こっちだってうんざりだが、見た以上は放っておけないだろ! 適当こいてないか横で見ててやるからな!」

「商売の邪魔だからあっちいけ、シッシッ!」


 険悪というよりは痴話喧嘩のようなどこか微笑ましい応酬を行う二人を尻目に、丁度いいとサクマはで神殿を調べた。

 しかし、生憎と元の世界に帰る手がかりは見つからなかった。

 ただ、気になることはいくつかあった。


 周囲の目がある手前実行はできなかったが、サクマはどうやら誰も入れない筈の神殿に入ることが出来ること。

 そして、あの神殿は少なくともこと。

 一万年の間に、何度かの手が加えられていること。


(すぐに日本に帰る術が見つかるほど楽じゃないだろうとは思ったけど、このデンジャラス異世界から脱出するのは当分お預けか……)


 どうやら、サクマはまだまだギルドでシオリに叱られる日々を送らなければいけなさそうだった。

 少しだけ羨ましいくらいに真っ直ぐで、ちょっとだけ前に進む元気を分けてくれる、あの子に。

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