第15話 受付嬢ちゃんと指名依頼
ギルドの依頼は基本的には実力に見合っていれば誰でもクエスト受注が可能ですが、中には例外も存在します。
例えば、所属冒険者の中で条件を達成できる人間が限られる場合は、受注条件にその旨が追加されます。代表的な例としては特定の神秘術が使えることや、特定の専門知識及び経験と実績がある場合などがあります。
最上級になると名指し依頼も存在し、ブラッドリーさんやフェルシュトナーダさんなどギルド屈指の実力者でドリームパーティ結成なんてこともあります。そういった依頼は大抵の場合、緊急度も危険度も非常に高い案件です。
が、指名依頼というシステムにはちょっとだけ欠陥があります。
ギルドに出される依頼というのは、基本的に貴賎がありません。もちろん社会倫理上問題のある依頼、冒険者ギルドの依頼として不適切なものは排除されますが、大であれ小であれ依頼は依頼です。
小さな村の近くに魔物が住み着いて害はないが気味が悪いから追い払ってくれという依頼でも、急病の子供の為に特定の薬草が必要だから急いでほしいという依頼でも、魔物の群れを全滅させよという危険な依頼でも、依頼は依頼です。
全て早急に片付けるべき依頼ですし、手続きも全てルールに基づいて処理されます。時間制限による優先度の有無はありますが、それは依頼の優劣を決めるものではありません。
この話はギルド職員以外には理解しがたい話みたいで、シオリも上手く説明できる自信がありません。ともかくギルドにとってはどんなクエストも一定のルールの下に平等なのです。
しかしながら、依頼を出す側に限ってはその限りでもありません。
例えばこの町を含む周辺の統治を行う領主がいて、その領主の息子が典型的なボンボン冒険者で、息子に手柄を立てさせたい領主が事実上『息子の為の依頼』を出したとしても、それが必要なものでありルールに反しないならばギルドは断わることができません。
「ン~~~!! まさに冒険者のプロフェッショナルたるっ、このっ、ボクちんに相応しいッ!! 依頼だと思うのだが、どうかな麗しきシオリよ?」
フームス支部長を上回る贅肉を揺らした男が立ったまま寝言を言っています。
とりあえず曖昧に頷いておく、なんて反応をすると機嫌を損ねて長くなるので100%の営業スマイルで全面肯定すると、上機嫌に「うむ。妾にしてやってもいい」とか言い出しました。
寝たまま喋るとは器用なおデブさんです。
確定ではないようなので肯定も否定もせず笑顔を送っておきます。
うっかりお礼など言おうものなら勝手に勘違いを加速させるので面倒極まりないです。
周囲からは裏でバカ息子さんと呼ばれているこの人は、名をテルゲ・フンブラッハと言う絵に描いたようなボンボンのバカ息子です。父である領主に溺愛されて育ち、歩く度にたぷたぷ揺れる贅肉が彼の冒険者としての能力を全て物語っています。
装備はザ・成金――すなわち「冒険を分かってない人」です。
護衛騎士を二人も引き連れて毎度父から事実上の指名を受けた高額依頼を受けては、護衛に9割9分片付けさせてから残りの1分でラストアタックを決めてまるで自分が全部やったかのように自慢する典型的な小物です。
彼はギルド内では完全に鼻つまみ者で、冒険者たちが全員渋い顔をしてひそひそと話しています。
(同じボンボン冒険者のニーベルとどこでこんなに差がついてるんだか……)
(まったくだ。あっちのボンボンは謙虚な上に実力もあるのにな)
(このデブボンときたら全て護衛任せで自力では何にも出来ないくせに自慢だけはしたいのね。マジないわ)
(領地では随分脚光を浴びてるそうですよ。権力者でありながら敢えて民の為に戦いに身を投じる~、とか。実態を知ってると失笑ものですよねぇ)
(ま、そいつらも本心から称賛してるかは怪しいが……)
なお、逃げ足だけは健脚という噂です。
ちなみにクエスト内容は危険度4くらいの魔物が何匹か出没したから狩って欲しいという内容。場所はここのギルド管轄ギリギリかつ領主の直轄地に一番近い場所です。
通常冒険者のすべき仕事を堂々奪って比率のおかしい報酬を受け取っていると言えば、テルゲさんが如何にギルドにとって迷惑なのかご理解頂けるかと存じます。
常に人を使って名誉とお金だけ独占したがり、自分を褒めてくれない相手には露骨に機嫌が悪くなり、そして親の権力と護衛がいなければ評価点がゼロもしくはマイナスになってしまうのにシステムの欠陥を利用することで実績は数値上……ギルドという組織にとって、これほど迷惑な冒険者はいません。
ギルドは中立機関ですが、同時にその土地その土地で住民に受け入れられるために権力者とは一定の友好関係が必要なのも事実です。目に余る場合は法的な衝突もあり得ますが、それを繰り返していればいずれギルドは権力ですべてを押し通す機関になってしまいます。
よって、こんなバカ息子のテルゲさんとその息子を猫かわいがりする領主に自ら喧嘩を売っていくわけにはいかないのです。
いかないのですが……それをいいことに調子に乗るので対応に苦慮します。
「ところで今夜、お時間はあるかな? 貸し切りのホテルのスイーツルームで料理に舌鼓を打ち、星を見ながら語らおうじゃないか?」
気障なセリフで口説こうとしてくるテルゲさん。
生理的に無理な発言に鳥肌が止まりません。
ちなみに顔はやや整い気味、かつそれを台無しにする程度に贅肉でたるんだスケベ顔です。そういうのはアシュリーちゃんに声かけするといいと思うのですが、親衛隊に阻まれて断念。レジーナちゃんは好みではなく、モニカちゃんとシオリならシオリがいいと思ったのかこのように実ることの決してないアタックをかけてきます。
さて、この手のナンパは普段なら誰か周囲がフォローに入ってくれるのですが、頼りになりそうなカリーナ先輩は手の離せない状況。自力で何とかしなければいけません。
と、斧使いのバンガーさんがテルゲさんに詰め寄ります。
「おうおう、依頼そっちのけで受付嬢にコナかけるなんて冒険者としてどうなんだよ? シオリちゃんの迷惑も考えな!」
一見凄くいいことを言っていますが数日前には自分も似たようなことをしているのでお前が言うな感が凄いです。でも今だけは応援しましょう。頑張れバンガーさん。
「ほほう、ボクちんのパパがこの近くの領主であることを知っていての言葉かな? きみ、名前は? 出身地は?」
「そ、そんなこと聞いてどうするんだよ!」
「権力者はねぇ、凡人に出来ないいろんなことが出来るんだよ。きみの一族郎党、路頭に迷わせたりねぇ」
「は――!?」
バンガーさんが言わんとすることに気付いて顔面を蒼白にしたのを見たテルゲさんは、鼻で笑って彼を押しのけます。バンガーさんは迷った瞳でシオリを見ましたが、事実上の脅迫を前に家族を選び、それ以上何も言えなくなってしまったようです。
……仕事柄バンガーさんの家族構成を知っているシオリとしては、責める気は毛頭ありません。ちょっとがっかりしましたが、それでも悪いのはどう考えてもテルゲさんです。
当の本人はもうバンガーさんの存在は忘れたかのようにカウンターに手をかけて身を乗り出してきます。
「実はもう予約を取っているんだ、2人分ね。ああ、遠慮せずともボクちんの奢りだとも! 6万ロバル程度は大した額ではないしね!」
と、言いつつも金額を口に出すのは、それが一般人にとって少額とは言い難い額であることを誇示したいからでしょう。6万ロバルと言えばシオリの月収より更に多い金額で、通常の冒険者がおいそれと出せるものではありません。
しかも既に予約取ってるんだから来いよというプレッシャーもかかっています。これまで予約の話まで出してきたことがないので、今日はかなり本気なようです。
しかし、シオリはこの話を受ける気はありません。
第一に、シオリはその手の誘いを受け付けていません。
第二に、ホテルに連れ込まれるのは身の危険を感じるし、何かが起きてもテルゲさんは権力でもみ消せる立場にあるから。
第三に、たったいま目の前で起きた婉曲な脅迫行為を個人的に許せなくなったからです。
「さあ返事を聞こうか、シオリ!」
――お断りします。
「耳がおかしくなったかな。もう一回、落ち着いて考え――」
――依頼手続きは終了しておりますので、お帰りはあちらです。
これまで彼の機嫌を損ねまいと徹してきましたが、シオリの担当冒険者を脅迫することはたとえ明確なルール違反でなくとも社会倫理にもギルドの理念にも即していません。
これから、シオリか周囲の人が権力者による嫌がらせを受けるかも知れません。姉にまで危害が及ぶかも知れません。特にアーリアル歴王国とその属国や友好国の文化圏に於いて、領主というのはそういうことが出来るほどの権力を握っています。
テルゲさんの声が低くなりました。
「訂正して、謝罪して、食事をしたいと懇願しろ。賢いシオリなら分かるな? これ以上ボクちんに恥をかかせるな」
――恥を知らない貴方なら、いくらかいても平気かと思いますが。
「……!!」
一気に空気が張り詰めます。
まさに一触即発。
それでもシオリはカウンターから逃げることもしなければ、目を逸らすこともしません。内心は当然恐ろしいし、自分の選択が大きな災いを呼ぶかもしれないと思うと逃げ出したいです。
でも、いまここで逃げたらシオリは自分を許せないから。
テルゲさんの顔に激昂の赤みが差したその瞬間、場の空気を突き破る暢気の声がギルドに響きました。
「あれ? テルゲじゃないか!」
「チッ、誰だ馴れ馴れしく俺に話しかけ、る……のあ?」
無粋な邪魔者めと言わんばかりの声がしぼみ、テルゲーさんの顔色がさっと変わります。追い詰められたシオリの前に現れたまさかの救世主は――。
「え……え、なんでここにニーベル!? ……さん……?」
「お前冒険者してたのか! いやぁ、こんなところで知った顔に会えるとは嬉しいなぁ!」
ボンボンにはボンボンを! なんとニーベルさんが登場です。
どうやら二人は面識があるのか、止めに入ろうとした護衛の手もぴたりと止まります。そういえばニーベルさんは歴王国の名家と聞きます。テルゲさんはヨーラン平原国の領主の息子ですが、そのヨーラン平原国はアーリアル歴王国の事実上の属国とされています。そのアーリアルの名家ともなると、完全にニーベルさんの方が格上です。
件のニーベルさんは親しげにテルゲさんの背中をぱしぱしと叩いて再会を喜びますが、明らかにテルゲさん側が歓迎していません。
「親父さん息災かい? 跡継ぎ息子だろうによく冒険者になる許可下りたな!」
「え、ええ! 特別に許してもらいまして! し、しかしニーベルさんはどうしてここに!?」
「ちょっと野暮用があってな。暫くここで活動する予定だ」
「……ッ!?」
マジかよ聞いてねえぞ! という苦虫を噛み潰したような顔を彼に見えないよう一瞬だけしたテルゲさん。先ほどまでとは打って変わって権力に追い詰められる側になった彼は二言三言社交辞令のような会話を交わすと「では、クエストがありますのでまたの機会に!」と足早に去っていきます。
まさに負け犬が尻尾を巻いて逃げたと形容するに相応しい光景です。
ニーベルさんはというと、走る度にブルブル贅肉を揺らす後ろ姿を懐かしげに眺めています。
「いやー、若干リバウンドはしてるがだいぶ痩せたなー……」
え、あれで!? と周囲が思わず声を漏らします。
そこでやっと周囲の視線を集めていることに気付いたらしいニーベルさんは恥ずかしげに会釈します。
「あ、ごめんごめん。もしかして邪魔しちゃった?」
滅相もないと首を横に振ります。
しつこく絡まれていたので追い払って頂いて有り難いです。
自称華麗なる男を華麗に撃退した華麗なるニーベルさんに周囲もほっと胸をなで下ろしています。
過去にニーベルさんを不審者ボンボン呼ばわりしたシオリはどうかしていました、とは口には出しません。
それにしても、お二人はまぁまぁ古い仲なのでしょうか。
「ああ、テルゲとは昔社交パーティで会ったんだが、父親の領主さんが心配するほど太っていてね……そこでうちの実家横にある訓練場に放り込んで痩せさせてくれという頼みを受けて、俺が暫く訓練に付き合っていたんだ」
「ほーん、そりゃまた数奇な縁だな」
いつのまにか後ろにいたサクマさんが小さなパイプをくゆらせながら気のないようなことを言います。ギルド内は禁煙という訳ではないのですが、できれば遠慮してくださいと前に言ったら、まさかのくゆらせているのはリラックス効果のある合成ハーブでした。紛らわしい人です。
なお、セツナちゃんはどこからともなく気配を嗅ぎつけたのかとてとてサクマさんに駆け寄り、ぽんぽん頭を撫でられています。
「しかしお前、ありゃ『懐かしい人に会った』ってツラじゃなかったぞ。俺には逃げてるように見えたが、なんか嫌われるようなことしたんじゃねーの?」
「えー、そうかな? ただウチの家の流儀でトレーニング一か月つけただけだけど。一週間過ぎたころから鬼気迫るほど訓練に気合が入ってたし、一緒に汗を流した仲さ」
「……流儀って、たしかお前の家って1700年前に武功で貴族までのし上がった軍門だよな」
「そうだけど? 特訓って言えば1週間叩きのめされ抜いて身も心もズタボロになってからが本番だろ? そこまでは準備運動だぜ」
「うわぁ」
笑顔でさらっと恐ろしいことを言うニーベルさん。
彼の強さの理由の一端が垣間見えました。
きっとテルゲさんはその時のトレーニングとやらがトラウマになってニーベルさんが苦手になったのではないかと思いましたが、言わないでおいてあげました。
当の元凶はテルゲさんに避けられている自覚すらないようです。
もしかしてかなりの天然さんなのでしょうか。
一応このことは覚えておこう、と心に留めるシオリでした。
それにしても、1700年前に貴族に……どこかで聞いたことがありますが、はっきり思い出せません。下の名前が上からの指示で伏せられているので確認のしようもありません。
騒動が収まり、ニーベルさん達も去って暫くすると、バンガーさんが申し訳なさそうにカウンター前に立っていました。
「ごめん、シオリちゃん……俺……」
項垂れるバンガーさんは、さきほど庇いきれなかった自分を恥じているようです。しかし、あの状況では致し方のないこと。それにバンガーさんの家は貧しく、こんなところで職を失うことが出来ないことくらいシオリも知っています。
だから、気にすることではありません。
「それでもっ! 悔しいよ……俺がもしブラッドリーみたいな凄い奴ならあのデブボンに怯んだりしなかったと思うし。シオリちゃんは勇敢に立ち向かったのに、俺ってダッセぇ」
無力感からか暗い顔をするバンガーさんに、以前の根拠のないエネルギーは感じられません。
ですが、それはそれ、これはこれです。
それに、知らなかったとは言えバンガーさんは一度はテルゲさんに噛みついたではないですか。
それは間違いなく善意であった筈です。
少なくともシオリは嬉しかったですよ。
「シオリちゃん……」
バンガーさんは突然自分の顔を両手でばちんと叩いて気合いを入れ直すと、まっすぐ前を向きました。
「俺、頼られる男になりてぇ。シオリちゃんが困ったときに安心して声をかけてくれるようなでっかい男になるよ」
はいはい、期待せずに待っています。
でも一つだけ忘れないでくださいね。
冒険を終えて無事にギルドに帰ってくることが、冒険者の一番の価値です。
二流であろうが三流であろうが、それが守れなければ意味がありません。
そうですね……さしあたってはニーベルさんにトレーニングでも頼んでみては? きっと生存能力が上昇しますよ。
「げぇっ、それだけは勘弁!! 魔物と戦う前に訓練に殺されちまう!!」
テルゲさんに脅されたとき以上に顔面蒼白になるバンガーさんに、周囲がどっと笑いました。
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