第14話 受付嬢ちゃんと昼休み
ギルド受付嬢の昼の憩い、休憩時間。
その空間に、今日はちょっとしたゲストがいました。
それは、サクマさんが連れていた正体不明の白い美少女です。
結局親が見つからずサクマさんが仮の親となった彼女は、セツナと名付けられました。今日はサクマさんもその友人ニーベルさんも用事があったので、ギルドに頼み込まれて一時的に彼女を預かっていました。
とても大人しいセツナちゃんは、ギルドで暇つぶしに使われるパズルで遊んでいました。一応事務仕事の人が側でちゃんと見ていてくれています。セツナちゃんはシオリに気付くと、とてとてと近寄ってきて彼女の顔を少し眠そうな綺麗な赤目で見上げます。
「う、しおり」
かわいい。
じゃなくて、最初にシオリに頼み込んで預けられたためか、セツナちゃんはシオリの名前を覚えてくれていました。しかし、原因は不明ですが彼女は5、6歳ほどの年齢に見えるのにその年頃なら出来て当然のこと、知っていて当然のことを全然知らないそうです。
なので、彼女はまだ「おかえり」も言えないのだとか。
シオリはセツナちゃんを優しく抱っこすると、自分の膝の上に乗せて頭を撫でました。彼女はきょとんとしていますが、嫌ではないのかシオリに身を委ねてくれています。暖かくて柔らかくてたまらなくかわいいです。
レジーナちゃん、モニカちゃん、アシュリーちゃんが各々シオリに話しかけたり印象を口にしたりします。
「もうすぐご飯だかんな、待ってろよセツナちゃん」
「この年頃って普通もっと多動だと思うんですけど、本当に大人しいですねぇ」
「ギルドを託児所に使うのもどうかなって思っちゃいますけど……」
別にいいじゃありませんか。
今シオリはすごく不満が少ない状態ですよ。
三人がひそひそ「おもいっきり私情じゃん」「シオリさん、こういうときキャラ変わりますよね」「公私混同だよネ」と喋っていますが、シオリはセツナちゃんを抱っこしているだけで先ほどまでの疲れが癒やされていきます。
さて、この時間になると大抵お話を始めるのはレジーナちゃん。
今日もその例に漏れず、ゴシップを用意していました。
「このギルドに、アサシンギルドの人間がいる!! ……っていう噂があるんだけどさー」
彼女お得意のどこから聞いてきたんだと聞きたくなる噂話です。
が、今回の見出しはなかなかに刺激的かつハズレ臭のする内容でした。
「アサシンギルドぉ!? だ、誰が狙われてるって言うんですか!!」
「きゃー! オニヤライの襲撃よー!
本気で怖がるモニカちゃんと面白半分に叫ぶアシュリーちゃん。
暇つぶしにはちょうどいいお話になりそうです。
アサシンギルド――それは
人殺し集団ということは犯罪者の集団なのか、と思われるかもしれませんが、名前をよく見てください。「ギルド」とついています。
そう、恐ろしいことにアサシンギルドは殺人を生業としているにも関わらず、超国家条約に明記された公的な組織なのです。便宜上ギルドと呼ばれていますが、冒険者ギルドとはほぼ別物となっています。
「まー、アサシンギルド自体は世界的に活動してっから一人ぐらいいてもおかしかないんだけどな?」
それもまた恐ろしい話ではありますが、平静を取り戻したモニカちゃんが疑問を呈します。
「で、でも、このギルドは取り立てて人や物流、政治の重大拠点と呼べる場所ではありませんよ? そんな場所にアサシンギルドが……わ、わざわざ入り込むものなんでしょうか?」
「ぬっふっふ~……ところが実はそうでもないらしいんだ。実は! この町にとある重要人物が……」
「いやーん! 誰々!? 誰なんですかー!? きゃー!!」
ここからが本番とばかりにレジーナちゃんが盛り上がり、またノリで盛り上がったアシュリーちゃんがキャーキャー言っています。もっとも、アサシンギルドの詳細については極秘にされている部分が多いので、この手の噂は常にありますが。
アサシンギルドの成り立ちは30年前、第二次退魔戦役の頃に遡ります。
戦役で活躍した英傑の一人である『黒き風刃』は、退魔連合に協力するにあたって二つの条件を突きつけました。一つは自分の裁量で動かせる自治権と行動権を持った組織の結成を許可すること……もう一つは「
条約の文言によると、オニヤライとはつまり鬼殺しで、定義によると「許されざる罪を犯した者」と「心が鬼へと変じた者」の二つを鬼と認定し、これを殺すことで世界の安寧を図ることと書かれています。決して
(※本来は「儺」の一文字だけでおにやらいと読む)
これを知ったときは、こんな滅茶苦茶な権利をよく時の有力者が許したものだと戦慄しました。しかし『黒き風刃』は当時子供であったにも関わらず、この権利を認めさせるために二つの首を会議室に持ち来んだそうです。
一つは、危険度12の更に上――
魔将もそうですが、盗賊団の首領の首も衝撃的でした。
人類史上最悪の盗賊団は、英傑級の実力を持ったディクロムの頭領を中心とした犯罪者集団でした。村を潰して略奪し、女子供を攫って酷い目にあわせたり人身売買するなど当たり前。気に入らない相手は誰であろうと虫を潰すように殺害し、その勢力は最終的には一国家さえ滅ぼすほどの規模にまで膨れ上がったといいます。
人類史に残る中で、これほど巨大な犯罪組織は後にも先にも存在しないだろうと歴史学者が結論付けています。しかも勢力を保ったまま魔物侵攻が始まるまで数十年に亘って活動を続けた恐ろしい組織だったのです。
しかし、正規軍でさえ挑むのに腰が引ける犯罪集団を、『黒き風刃』は頭領の首を撥ねることで瓦解させたのです。これは国を単独で滅ぼしたに等しい戦果でした。
そしてもう一つ、
その脅威は今更語るまでもありません。
ギルドの規定では魔物の危険度12までで、魔将は13ではありません。
何故なら魔将との決戦はそれ自体が戦役内で発生した小さな戦争であり、一人でも倒しきれない魔将がいれば人類は滅亡するとされているからです。
誰がどんな作戦手段で実行したにせよ、魔将の首とはイコール人類存続に繋がる大戦果です。こんなものまで持ってこられては、嫌とは言えなかったのでしょう。
――細かい話はさておき、現在のアサシンギルドは魔物との戦いを念頭に置きつつも、その本質は人類そのものに対する「内部粛清」の役割を果たしています。不正、腐敗、悪質な犯罪……欲望に取り憑かれ人心を失った人を、彼らはこっそりと殺して回っているといいます。
誰が、どんな手段で殺されたかは誰にも分からない。
分からないけれど、殺人許可証を持った集団が存在する。
ある意味、その存在自体が抑止力なのかもしれません。
と、そんな深いことを考えていないであろうレジーナちゃんたちはまだ盛り上がっています。
「……つまりだな! ここ最近に
「ひゃーーー!! 今回はなんだかいつも以上に迫真でしたねレジーナさん!」
「アシュリーがノってくれて嬉しいよ~! モニカはどうだった? ……モニカ?」
「――……」
「失神してる!? 目を覚ませ、もうすぐ飯だぞ!!」
モニカちゃんは目を開いたまま気絶していたので、倒れないようソファにみんなで運びました。小心者の彼女には少し刺激が強すぎたようです。
レジーナちゃんの揺さぶりもあって短期間でモニカちゃんが目を覚ました頃、ギルド休憩室に漸く昼食が届きました。
「失礼します。クエレ・デリバリーです!」
現れたのは翼をもつ
茶髪と茶色の羽根を揺らした彼の両手には注文した出前が抱えられています。
実は今日は外が雨のため皆で出前を頼んでいたのです。
彼の年齢はギルド受付嬢と同い年か、もしかしたら少し下の年齢でしょうか。注文されたピザやパンなどを「どうぞ」とてきぱき渡してきます。セツナちゃん用のお子様ランチは特に丁寧に。
ピョールさんは最近クエレ・デリバリーで働き始めた甘いマスクの好青年。受付嬢たちを口説くどころか逆に口説かれることがある、ちょっとした人気者です。
「ところで、アサシンギルドのお話をしていたのですか?」
「あー。声デカすぎて聞こえちゃってたかー。出前さんも興味あるなら話そうか?」
「少し興味がありますね。丁度これを配り終えたので暫く時間がありますし。僕も種族は違えど翼をもつ民ですから」
爽やかな笑顔で頷き、ピョールさんまでレジーナちゃん劇場の観客になってしまいました。
さて自分はご飯にありつこう、と思っていると、セツナちゃんがくいくいと服のすそを引っ張ってきます。何事かと思うと、彼女はつたない言葉で疑問を投げかけてきました。
「なんれ……つわさあると、きょーみある?」
セツナちゃんはここ数日で段々言葉を覚えてきていますが、まだ舌足らずです。
そんな彼女は、恐らくですが何故翼をもつ民がアサシンギルドに興味を抱くのかが知りたいようです。可愛らしい彼女の疑問に答えようと、シオリはなるだけ優しい言葉で説明します。
実は件の『黒き風刃』は
――実際にはもっと根深い問題ですが、セツナちゃんにはまだ早いと思い敢えて伏せました。というのも、有翼の民は歴史的にも冷遇されることが多かった人々で、『黒き風刃』の行いは結果的に翼の民全ての社会的地位向上にも繋がりました。
どんな時代でも人殺しは言い逃れようのない悪行です。しかし、悪行でしか救われることのないヒトが世の中には時折いるのも、変えようのない事実なのです。
と、そんなことはセツナちゃんには伝えずにこの人のおかげで翼のある人たちが有名になったと当たり障りなく話をまとめて、分かった? というと、彼女は人差し指を口に当てて「う、う」と頷きました。
そして、シオリの膝から降りてトコトコとピョールさんの所に歩いてゆくと――その背中から垂れる羽をおもむろに一枚ブチッ!! と、引っこ抜きました。
「いだぁぁッ!?」
「ちょ、セツナちゃん!? それを千切っちゃダメだぞぉ!?」
悲鳴を上げるピョールさん。
唐突な蛮行に周囲も唖然です。
しかし、そんなこと知ったこっちゃない子供特有のゴーイングマイウェイなセツナちゃんは、羽根ペンに使われるような立派な羽根をひらひら見せてくる。
「はね。これ、くろい?」
「ああそうか、色のことがわかってないんだ……セツナちゃん、それは黒じゃなくて茶色だよ?」
「ご、ごめんなさいピョールさん! この子はその、あの、ちょっと世間知らずでして!!」
「い、いえ……大丈夫、大丈夫です。平気……」
涙目になりながらも引き攣った笑顔を浮かべる涙ぐましい紳士のピョールさん。子供特有の残酷な暴挙に受付嬢たち総出で謝り、なんとかセツナちゃんにもそれはいけないことだと理解してもらって事なきを得ました。
翼を持つ一族にとって、強制脱羽に伴う激痛は常人の想像を凌駕します。
人の痛みを理解する感受性の未発達が引き起こした悲劇です。
この件以降、ピョールさんは背後からの気配とセツナちゃんの視に怯えるようになってしまいました。
あな恐ろしや、アサシンギルドより恐ろしいのは子供の好奇心なのかもしれません。
◆ ◇
セツナは、食事に戻る受付嬢たちに背を向けて抜いた羽を見つめた。
そして、ふぅ、と羽に息を吹きかける。
すると羽の表面の茶色っぽい色が、埃が落ちるように剥がれていった。
中から現れたのは――吸い込まれそうなほどの漆黒の羽。
「……」
それをしばらくじっと見つめたセツナは、かぱりと口開いてその羽を一飲みにごくりと飲み込み、何事もなかったかのように自らの食事へと戻っていった。
その光景を目撃した者は誰もいなかった。
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