第13話 受付嬢ちゃんとOB

 昼の休憩が段々と近づいてきた頃、厄介者が現れました。

 ギルドのカウンターにてシオリは渋い顔をします。

 相手は、自称元ギルド職員の小太りのおじさんです。


「だ、か、ら!! アシュニダを出せと言ってるだろ!!」


 ですから、そんな職員はいません。


「私を誰だと思ってるんだ!! ギルドの元職員だぞ! アシュニダはまだ仕事を続けている筈だ!!」


 貴方が誰かは知りませんが、そんな職員はいません。


 謎のおじさんは勝手に怒り散らかしていますが、どんなに怒ってもアシュニダなる名前の人物も姓の人物もギルドにはいません。

 このおじさん、いきなり冒険者の列に割り込んで親しげにアシュニダなる人物を出すよう言い出したのですが、そもそもやってくるカウンターが間違っている上にこのギルドにアシュニダという人物はいないのでそう伝えると勝手に怒りだしたのです。


「隣町からわざわざ来たのに何だその態度は!! 無礼だぞ!!」


 別に頼んだ訳でもないのでどこからこようがギルドとしては知ったことではありませんし、無礼なのは礼儀のれの字もないあなたですし、何度も言いますがアシュニダという人はギルドにはいません。

 そもそも何のご用件なのでしょうか。


「アシュニダに渡すものがあったんだよ!!」


 だったら運び屋に頼むか事前に連絡してその方のご自宅を訪ねればいいと思います。ギルドにいきなり来られても困ります。ちなみにギルドが預かってその人物に渡すというのも受け付けません。渡す相手がギルド内にいないのですから。


「元職員に何だ、その口の利き方はぁ!!」


 元職員なら今はただの市民じゃないですか。

 ギルドOBを特別接待する業務は今も昔もギルドにはありません。

 誰に対しても公平であるべしという理念を知らない訳ではないでしょう。


 シオリも先ほどグラキオちゃんから貰ったかわいさエネルギーをフル活用してなんとか苛立ちを抑えてきましたが、イエスノーのやりとりすら成立しない相手に延々と対応していると流石に言葉に棘が出てしまいます。


 シオリの返しにおじさんはますます顔を真っ赤にしますが、そこで漸く事態に気付いた上司のクラレンツ総務が駆けつけます。クラレンツ総務は悪い人ではありませんが、押しに弱くやや消極的な性格なのでこういうときにいつも遅いです。


「ブーガ先輩、お久しぶりです。お話はあちらでお伺いしますから……」

「どういう教育をしてるんだクラレンツ!! この女、私を知らんわアシュニダがいないと抜かすわ、挙げ句この私に説教だぞ!!」


 どうやら総務の先輩、すなわち大先輩だったらしいブーガさん。

 彼の凄い所は、ギルドも冒険者もこの場にいる誰もが全員このおじさんこそ一番迷惑だと視線で物語っているのに一切悪びれないところです。都合の悪いものが一切認識出来なくなる能力者なのでしょうか。

 クラレンツ総務は健気にも必死にフォローをします。


「ブーガ先輩はシオリくんと入れ替わりで退職したので顔を知らなくとも無理はないですよ。それにアシュニダはあのあと結婚して奥方の姓を名乗るようになったので、今はアシュニダじゃないんです。シオリくんの所属前の話ですから、ね?」

「だからなんだ! 知る努力を怠っている奴が悪い! このおれが現役だった頃はこんな大した努力もしないバカ女はすぐに教育してやっていたのに、お前ときたら色目でも使われて甘やかしてるんだろ!!」


 シオリは久々に人を殴りたい気分になりました。

 呆れて聞いていた女性従業員全員の目つきが変わります。

 今のは、もう仕事も関係が無い純粋な侮辱です。

 気の優しいクラレンツ総務はフォロー不能な先輩の暴言に顔面蒼白になっています。


 そんな中、とてもふくよかでにこやかな中年の男性がゆっくりとギルドの奥から出てきました。このギルドの長、フームス支部長です。支部長に気付いたブーガおじさんは急に挙動不審になります。


 ははぁん、とシオリは察しました。

 どうやらブーガおじさんは長いものに巻かれる性格のようです。


「お久しぶりですね、ブーガくん。健康面を理由に退職して数年経ちましたが、元気なようでなによりです」

「は、はい! フームス先輩!!」

「それでブーガくん。うちの受付嬢のシオリくんに何か不満が?」

「そそ、そうです! 職員の旧姓もOBの顔も把握していないというのは、い、いささか問題では!?」

「まぁ、知っていた方がいいことではあるかもしれませんね」

「それならっ!!」


 同意が得られたと思って舞い上がるブーガおじさん。

 まさか、面倒臭いからシオリが悪いということにされるのではと内心不安を抱いた刹那、フームス支部長は「ですが」と言葉を遮りました。


「シオリくんは若いのにとても頑張り屋なんだ。若い職員の中でもその仕事の丁寧さは定評があって、普段は苦情の多い受付窓口にシオリくんへの感謝の手紙を届けてくれる冒険者さんもいるぐらいなんだよ?」

「え……そ、それは職員として当たり前で、私の顔を……」

「会ったこともろくにない人の顔を覚えるのは私でも難しいんじゃないかなぁ。実際きみ、いまカウンターにいる他の受付嬢たち全員の名前が言えるかい?」

「いや、それは、なんというか、話が、えっと……」

「だよねぇ、難しいよね」

「そ、そうですね! あははは!」


 ひとしきり笑ったのち、フームス支部長は変わらぬ笑み、変わらぬ声色でブーガおじさんに訊ねました。


「うん。じゃあ――うちの可愛いギルド職員のことを何と言ったか、もう一度確認しても良いかな? 私の勘違いでなければ聞くに堪えない暴言を口にしていたような気がしたんだけれども。ギルドに長年務めていたなら、さっき自分が口にした言葉くらい覚えてるよね?」


 今度は、ブーガおじさんの顔が真っ青になる番でした。




 ◇ ◆




 騒ぎが無事収まり、休憩のためにデスクに向かう四人の受付嬢たち。

 話題は当然さっきのブーガおじさんです。

 ギャル受付嬢のレジーナちゃんは鼻息荒く腕をまくって見せます。


「フームスぶちょーが出てくんのもう少し遅かったらこの手でぶん殴ってやろうと思ってたのにな~」


 そんな彼女の肩を掴んで泣きそうな顔をするメガネ受付嬢のモニカちゃん。


「本当にやめてくださいよぅ!? また処分受けて給料十分の一にされたいんですか!? さっきだってもう殴る気満々で席立って腕ぐるんぐるん回してましたよね!?」

「アタシあーいうの見てるだけでイライラすっからな!!」


 笑顔で肯定するレジーナちゃんにモニカちゃんは「やっぱりぃ……」と肩を落とします。レジーナちゃんの手の早さは有名で、上司が相手だろうが冒険者が相手だろうが腹が立てば容赦なく手が出ます。


 一番凄かったのは魔物知識マウントを取ろうと依頼に関係ない魔物知識をクイズにして延々と絡んできた冒険者に「図鑑と話してろ!!」と分厚い魔物図鑑を顔面に叩き付けて気絶させた事件です。あれは思わず周囲から拍手が出るほど見事なクリーンヒットでした。

 もちろんその後、普段は優しいクラレンツ総務に鬼のように怒られていましたが。


 ぶりっこ受付嬢のアシュリーちゃんはくすくす笑います。


「レジーナちゃんのそういう割り切っちゃう所、尊敬しちゃいますぅ。私だったら怖くてあんなに強く言い出せないですもん」


 それはそうでしょうとも。

 なにせアシュリーちゃんに同じ事をすれば、常に彼女の周囲に数名は必ずいるアシュリー親衛隊が即座に相手を取り囲んで声も出せなくなっている筈だからです。そうなるよう立ち回っている彼女の人心掌握術と狡猾さが覗えます。

 というか、支部長が庇ってくれた瞬間にシオリにしか聞こえないくらい小さく舌打ちしたの、ばっちり聞こえてますからね? むしろわざと聞かせましたね?


 もちろん敢えてこの場で指摘するようなことはしませんが、本心を隠したアシュリーちゃんは心にもないことをつらつらと喋ります。


「シオリちゃんに助け船が入って本当に良かったですぅ。心配したんですよぉ?」


 意訳……自力で解決出来ずに人に助けて貰うの待ってるとか受付嬢として無能すぎない?


 それに対してシオリは笑顔で答えます。


 ――大丈夫ですよ。私たちの仕事ぶりをしっかり見ていてくれる心強い支部長がいることですし。


 意訳……上はちゃんと見てるから、お前の陰険な本性が誰にもバレないと思うなよこの性悪受付嬢。


「うふふふ」


 あははは。


「……シオリとアシュリーって時々変な力場ぶつけ合ってることないか?」

「え? さ、さぁ……喧嘩してるんじゃないからいいんじゃないですか?」


 ……普通に私情を挟まず仕事の同僚として接してくれれば何の不都合もなく過ごせる筈なんですが、なんでシオリに対してだけ角を立てるんでしょうかこのぶりっこは。受付嬢人気ランキングってそんなに大事なの?

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