第12話 受付嬢ちゃんと気になる二人

 世界に存在する三つの大陸。

 その中で最も小さく、最も過酷で、最も謎多き南の果ての大陸の「全土」を支配する超大国――それがエドマ氷国連合です。海流の激しさから外との交流は貿易船以外になく、空は過酷な寒波や雪風が荒れ狂う過酷な大地です。


 しかし、それ故にエドマのヒトは強い。

 そのことを証明したのがエドマ氷国連合の盟主――『白狼女帝』ネスキオ・シェーゼ・ラ・エドマそのヒトでした。


 彼女はなんと第二次退魔戦役に少数の近衛のみを引き連れて自ら戦いに参戦し、各国の度肝を抜いたそうです。


 王族は君臨し統治するものであってホイホイ死なれては困るので、普通なら精々王家の血を継ぐ人が箔付けと士気高揚の為にガチガチに固めた護衛と共に安全圏でお神輿になるのが関の山だというのがシオリの偏見、もといイメージです。それを見事に覆したのが『白狼女帝』ネスキオなのです。


「――してその結果は、現女帝たる『白狼女帝』による単独での魔将二体撃破よ! ネスキオ様は他の英傑とは一味も二味も違ったのじゃー!!」


 ……と、延々とお国自慢をするのは氷国連合出身のグラキオちゃんです。かわいい。

 今、たまたま並んでいる冒険者がいないのでシオリはニコニコ笑いながらグラキオちゃんのかわいさを堪能しています。彼女は勝手に腕を組んでうんうんと頷きます。


「エドマでは強さこそが王族の証! すなわちネスキオ様はエドマ最強! そしてネスキオ様が世界最強なのでエドマも世界最強なのじゃ!!」


 滅茶苦茶な理論を展開していますがかわいいので止めません。

 それに、資料に見た女帝ネスキオの単独魔将二体撃破は規模的には個人で二度戦争を終わらせたくらいの戦果ですし、負傷した記録もないようなので本気で最強かも知れません。


 お国自慢が止まらないグラキオちゃんですが、彼女自身も本当に優秀です。

 仕事の失敗は決して繰り返しませんし、最近は危険度4も余裕を持って倒し、単独で危険度5の魔物も撃破するなど、その実力は小さい体躯に釣り合わないほど強いです。

 流石は超実力主義国家。民も実力主義なのでしょう。


 ちなみに、喋り方が若干古風なのは憧れの女帝ネスキオの喋り方を真似ているらしいです。そういう子供っぽさがまた可愛いのですが、他の冒険者たちからは少なからず「小娘」「あざとい」「お国自慢がうるさい」といった否定的な印象を抱かれています。

 こんなにかわいいのに、皆さん見る目がないのでは?


「おっと、喋りすぎたの! では妾はそろそろ依頼に向かうのじゃ! またな、シオリよ!」


 今日も喋り倒して元気にすったか走り出したグラキオちゃんですが、そんな彼女には一方的に敵視している人物がいます。


「……今、戻った……ん?」

「うぬっ……貴様、ブラッドリー!!」


 入口でばったり出くわしてしまったその宿命(一方的)の相手こそ、ここの所属ギルドで最強と名高いブラッドリーさんです。


「ギルドに何の用じゃ!!」

「……ギルドに依頼結果の報告を」

「ちっ、妾が華麗に片付ける予定だった依頼を横合いから奪っておいて偉そうに!」


 そういう理不尽なところもちょっと可愛いですが、流石に濡れ衣過ぎます。ギルドが許可を出した以上、ブラッドリーさんの受けたクエストにはなんの責めを負うべき謂れもありません。

 このギルド内で彼に対してここまで強気に出られるのはグラキオちゃんくらいのものです。正直シオリとしては、いつか彼女の挑発が過ぎてブラッドリーさんにぶん殴られるのではないかと密かにハラハラします。


 グラキオちゃんはブラッドリーさんの事を一方的にライバル視しています。


 実力があり周囲に認められている彼と比べ、グラキオちゃんはうら若さ、ギルドが特別扱いしていること、プライドの高さに喧嘩っ早さから実績を出してもなかなか周囲に認められません

 若手からはその力を妬まれ、中級の層からは侮られ、ベテランからは精神的な未熟さから評価は低め。良くも悪くも目立つ彼女はやや嫌われがちです。かわいいのに。


 もちろんシオリをはじめ彼女を認めている人もいますが、悪い意味での古参と口先ばかり達者になる人たちは良識者の100倍は騒ぐものです。世間的には悪い方の言葉ばかりが伝わるせいで、「認められていない人」になってしまっているのです。


 このことからグラキオちゃんはブラッドリーさんを超えるべき目標、退けるべき障害としてとにかく彼に強く当たります。時には手を出すこともありますが、防御に定評のあるブラッドリーさんはビクともしないのが殊更にグラキオちゃんの神経を逆なでするのでしょう。


「図体ばかり無駄にデカい独活ウドの大木め、妾はギルドを出るのだからそこをどけ!!」

「……」


 避けて通るのはプライドが許さないのか滅茶苦茶なことを言うグラキオちゃん。これは後でマンツーマンの反省会を開いて非を認めたグラキオちゃんの頭をなでなでして「よく出来ました」と言って落ち込みから立ち直る彼女を見なければいけない案件になりつつあります。

 ただ、周囲の冒険者さんたちは冷ややかです。


「あーあー滅茶苦茶言いやがる。調子に乗りやがってよぉ」

「また犬が騒いでやがらぁ……」

「ブラッドリーも一発殴って立場ってモン分からせてやりゃいいのに……」


 狼人フェリムの彼女は犬扱いを何よりも嫌うのを知っていての悪口。これは黙って内申の評価を半減させていいくらいの案件です。個人的な見解ですが。


 小声で不穏当な野次を飛ばす周囲をよそに、喧嘩を売られたブラッドリーさんは理不尽な罵声を浴びせられたにも関わらず「そうか」と言うと、すっと道を開けました。ギルドにやってきてこの方、ブラッドリーさんは人助けや仲裁以外で自ら波風を立てたことが一切ないことで有名です。


 素直なのはいいことかもしれませんが、これがまたグラキオちゃんには「相手にされていない」と感じさせて余計に神経を逆撫でされてしまいます。毛をフシャー! と逆立てたグラキオちゃんはとうとう掴みかかりました。


「貴様ァ!! 妾を童扱いするのもいい加減にしろッ!! 妾を誰と心得るッ!!」

「………」


 するとブラッドリーさんはスッと目を細め、ゆるりと手を持ちあげます。

 まさか、遂に逆鱗に触れたのでしょうか。

 シオリは慌てて席から立ち上がって二人の間に走ります。しかし距離があって間に合いません。周囲が「遂に」とにわかに色めき立つなか、ブラッドリーさんはグラキオちゃんの頭に手を伸ばし――。


「……落ち着け」


 なでなでと頭を撫でました。

 シオリはそのまま盛大にズッコケてカーペットの上をズサー! と滑ってしまいました。

 グラキオちゃんは予想だにしない行動に驚き。言いたい言葉が出てこないように口をパクパクさせます。


「な、ななななななな……!!」

「……今ここで騒ぎを起こせば、お前の担当をするシオリの立場がよくない」

「んぐっ……!!」


 言葉に詰まったグラキオちゃんがチラっと転んでいるこちらを見て躊躇います。どうやら予想以上にシオリはグラキオちゃんに懐かれていたようです。正直すごく嬉しい。

 ブラッドリーさんは彼女を諭します。


「……お前はまだ大きな力を秘めている。今は焦らずとも、いずれこのギルドで一目置かれる存在になるだろう……お前は才能ある努力家だ。才に恵まれ、努力を重んじる精神を育み、今ここにいる」

「き、きき、貴様などに讃えられても気色の悪いだけであるぞッ!」

「……そうか、すまない。しかし、だからこそ怒る時を間違うな」

「何だと……どういう意味なのじゃっ!」


 話をはぐらかそうとしているかのようにも取れる言葉にグラキオちゃんが詰め寄ろうとしますが、頭を押さえられて前へ進めず手が空ぶってシュールな様相です。羞恥と怒りで顔を真っ赤にする凶暴なグラキオちゃん。かわいい。


「守るべき存在は己か? 倒すべき存在は俺か?」 

「……お前も倒す!」

「それは、最優先か?」

「くっ……いいだろう! 今回はこの辺にしておいてやる! しかし次はないぞ……度重なる無礼の報いはいずれ必ず受けてもらうのじゃからなぁぁぁ~~~ッ!!」


 べしっ! とブラッドリーさんの手を払いのけたグラキオちゃんは、ぐぬぬと悔しそうな顔をしながら凄いスピードでギルドを去っていきます。後に残ったのは、拍子抜けな決着に興を削がれたり苦笑いしながら散っていく野次馬冒険者たちでした。


 と、ブラッドリーさんが転んだままだったシオリに手を差し伸べてきたので、握って立ち上がります。剣を握っているからゴツゴツしていますが、驚くほど暖かな手に、シオリはなんとなく今は亡き父親を連想しました。


「……大丈夫か」


 話しかけられて我に返り、頷くと同時にお礼を言います。


「……何がだ?」


 暴力沙汰にせず、彼女を上手く丸め込んだことです。


「……そんなに口は、上手くない。もしかして……怒っていると、思ったか?」


 普通はちょっとぐらい怒るでしょう。


「……そういう、ものか」


 そういうものです。というかブラッドリーさんは怒らないのですか?


「………ごく、たまに」


 シオリは、この人は実は不満があってもあんまり口に出せないタイプの人なのではないかと心配になりました。


 言いたいことは口に出さなくては、溜め込んでばかりいると辛いだけです。シオリはブラッドリーさんにそう力説し、自分でよければ受付嬢としていつでも力になると手を握って詰め寄りました。

 普段役立てない分、こういう所でカバーしなければ仕事の帳尻が合いません。ブラッドリーさんの今後も考えれば、意思疎通がしっかりできるようになるのは重要なことです。


「……わ、わかった」


 多少どもりながら、ブラッドリーさんは頷いてくれました。

 こちらとしても言質が取れれば満足なので、自然と頬が緩みます。


 なお、その光景からしばらくの間「シオリはブラッドリーに気がある」という噂が実しやかに囁かれて大変居心地の悪い思いをする羽目になるのでした。

 同僚に受付嬢としての仕事を逸脱したつもりはないと弁明すると、アシュリーちゃんに「これだからお前が嫌いなんだ」と言わんばかりの冷めた視線を一瞬浴びせられました。何が彼女の琴線に触れているのか理解できません。

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