Act.2 受付嬢ちゃんと!

第11話 受付嬢ちゃんと勉強会

 普段はそれほど使う機会のない講義室。

 そこに、新人冒険者サクマさん、他数名の冒険者がいました。

 壇上にはシオリとプリメラ先輩がいますが、先輩は控える形でこれから喋るのはシオリです。


 さて、なんで受付嬢のシオリがこんなことをしているかというと、冒険者の新人講習の講師に抜擢されたからです。

 冒険者が所属するギルドの成り立ちと目的は、分かっているようで分かっていないヒトが多かったりします。サクマさんは絶対分かっていません。よってギルドは定期的に勉強会を開いて新人冒険者さんたちにしっかり基礎を教え込んでいます。


 シオリは講師に回るのは初めての経験ですが、既に先輩方の補佐として何度か見たことがありますし、それほど難しい内容でもない筈です。

 プリメラ先輩が無言で頷いて準備が整った事を伝えてきます。

 先輩の後推しを得て、シオリは初の仕事に挑みました。


 まず、ギルド設立を語るにはヒトと魔物との長い長い戦いの歴史を説明しなければいけません。


 魔物――ヒトの天敵。

 この世界で死亡するヒトの死因の大半が魔物によるものです。

 多種多様で恐ろしい力を秘めた魔物たちはこのロータ・ロバリーの自然の支配者であり、過去に何度も大量発生を繰り返してヒトを滅亡の危機に追いやってきました。


 ヒトはこれに対抗する為に力を磨き、新たな武器や技術、戦術を生み出してきましたが、魔物もまた進化を繰り返しており、ヒトと魔物の戦いは基本的に人類の大敗で終わってきました。


 その潮目が変わったのが300年前、第一次退魔戦役です。

 これより以前にもヒトを滅ぼす程の戦いが何度も繰り返されたと言われていますが、魔物による文明の破壊によって詳細な資料は残っていません。逆を言えば、第一次退魔戦役こそヒトの歴史上初めて『退魔』に成功した戦いだと言えます。


 サクマさんが手を上げます。


「しつもーん。そんなに大量の魔物どっから湧いて出て、なんで纏まった数で攻めてくるんだ? 戦役ってことは常に侵攻されてる訳じゃないんだよな?」


 実にいい素人質問です。

 戦後に生まれた世代は侵攻についてあまり知らないとも言われているので、折角だから説明しましょう。


 結論から言うと、まだ詳しいことは判明していません。

 魔物はそこらへんに幾らでもいますが、大侵攻となるとまさに桁違いの量の魔物が攻め込んできます。近年の調べにより、これらの魔物の大部分が世界に七つ確認されている超大型迷宮リメインズから這い出ていることが判明しています。


 皆さんもご存じ、時々発生する中・小規模の魔物の侵攻――『万魔侵攻イミューム』もリメインズから這い出た魔物によるものです。

 何故魔物が大量発生して攻め込んでくるのかを解明するために、ギルドは迷宮の攻略を重要な戦略の一つとして捉えています。


(皆さんご存じでも俺はご存じねぇ~~……はー、あとでニーベルに聞こっと)


 このとき、人類に二つの幸運がありました。

 一つは、何度も滅ぼされかけながらも技術を磨いてきたのが功を奏し、魔物の大侵攻を前に多くの種族や国家が一致団結することが出来たこと。

 もう一つが、今や三大国ビッグスリーに名を連ねるエディンスコーダ鉄鉱国とその主要種族ガゾムの参戦です。これによって人類は歴史上初めて、各国の多くが文明を破壊されないまま戦いを乗り切りました。


 またサクマさんが手を上げます。

 普段不真面目なのに妙なところで勉強熱心だなと意外に思います。


「エディンスコーダはなんでこれまでの戦いに参戦してなかったんだ? 地上どこもかしこも攻められたんなら今までも攻められてた筈だろ?」


 不意打ち的な質問ですが、シオリは淀みなく答えます。

 今まで参戦しなかった理由は、ガゾムがそれまで太陽を必要とせず地中で生活をしていたからです。彼らの国は地中に埋まった巨大神殿とそれを覆う非常に強固な岩盤の上であり、地上の存在を知らない彼らは地中でほのぼの生活していました。

 地上の国々も地中にあるエディンスコーダの存在を知らず、彼らが偶然地上に出てきたことで漸く国の存在を知ったのです。


「……そんな引きこもりが使い物になったのか?」


 なりました。

 何故ならエディンスコーダが鉄鉱国と呼ばれる理由が圧倒的な鉱物資源の採掘量にあり、更にガゾムという種族は機械マキーネや金属加工の技術に精通していたからです。彼らの築いた対魔物の城塞や内部の大砲の殆どが今も現役で使われているどころか技術的にアップデートされ続けています。

 彼ら自身は気質的にあまり前線に出る方は少ないですが、貢献度で言えば圧倒的と言えるでしょう。


 エディンスコーダは世界の鉄工場です。エディンスコーダで元となる資源が採掘され、エディンスコーダで加工され、エディンスコーダの国民が開発・考案したものがエディンスコーダから派遣された作業員によって設置、改修されているのです。


「完璧な独占体制。この引きこもり強すぎない?」


 ご納得いただけたようなので話を戻します。


 第一次退魔戦役を乗り越えた人類は、これから魔物との戦いを乗り越えてゆくには各国の協力が必要不可欠であるとの結論を導き出しました。人類の守護と存続の為の原初にして最重要な条約――超国家条約の制定です。


 ギルドという組織は、ここで誕生しました。


 ギルドは国家に対して一定の独立性を有し、次の退魔戦役に備える組織です。

 未開拓地の開拓、迷宮の攻略、民の生活を補佐する様々な業務の遂行……そして魔物討伐。全ては人類の進歩と守護のためのものなのです。


(……俺の知ってるギルドって王制に反発する金持ち商人とかが作った自治組織で、結果的に民からすれば搾取してくる支配階級が増えただけみたいなオチだった気がするんだけど。もはやギルドとは名ばかりの全然違う組織では?)


 ――なので、冒険者には全員に退魔戦役を含む魔物の侵攻に必ず協力する義務があります。無論、全員前線に出て死んでくれなどという厚かましいお願いをギルドはしません。


 ですが、ヒトは戦わなければ魔物の群れに飲み込まれ、老若男女貴賤を問わず全てが無に帰すのです。


 幸い、ギルドとギルドに所属する多くの冒険者さんたちの活動や、機械マキーネのような古代技術の再現、神秘術の発展などによって30年前の第二次退魔戦役はヒトの個体数が半減するような大被害なく乗り切ることが出来ました。

 それでも数え切れない程のヒトが戦いの中で、或いは戦いと関係ない場所で魔物に襲われて命を散らしていきました。


 魔物の中には高い知能と規格外の戦闘能力を持つ、魔を率いる存在――『魔将ハロルド』がいます。彼らは単独で複数の国家を壊滅させうる圧倒的な力の持ち主です。これらを退け、或いは撃破した英傑たちを世間では『六尊傑グローリーシックス』と呼びます。

 その『六尊傑グローリーシックス』ですら、幾人かは還らぬ人となりました。


 しかし、英傑と呼ばれる力が無かったとしても、それでも貴方たち武器を取って戦う戦士たちには誰かを守る力があります。

 シオリは非力な女ですが、それでもギルドの一員として最後まで逃げずに仕事をすることで救われる命があると信じています。


 覚悟が揺らいだときは、皆さんが失いたくないヒトのことを思い浮かべてください。或いは、力がなかったが故に失ったヒトも、もしかしたら心に勇気と覚悟を分けてくれるかもしれません。


 魔物に襲われて死んだシオリの両親は、いつもシオリに勇気をくれます。

 遠い地で同じくギルド職員として働く姉は、シオリに覚悟をくれます。

 だから、もしこのギルドが主戦場になってもシオリは逃げません。


 かといって、シオリは死ぬつもりはありません。

 同じ覚悟を決めた皆が協力すれば、生き残る道はきっとあるからです。

 なにより、自分が死ねば自分の大切な人達は悲しみます。

 大切なヒトを泣かせないために、貴方たちも生きて戦い抜くことを……ギルドは望みます。


 しん、と、沈黙。

 しまった、アドリブを入れすぎたと焦るシオリ。

 なんだか家族のことまで持ち出してクサい言葉を言ってしまったなと気まずくしていると、冒険者の誰かが拍手をはじめ、気付けばその場の全員が拍手をくれていました。皆の温かい視線がなんだか恥ずかしいです。

 プリメラ先輩に至っては何故か涙ぐんでハンカチで目元を拭っています。


 無性に帰りたくなったシオリはヤケクソ気味に質問があるか問い、ないのを確認するとすぐに講義を終わらせました。


 第三次退魔戦役――それがいつ起きるのかは、神のみぞ知ります。

 2回目が上手く行ったとしても、3回目が上手く行く保証などどこにもありません。

 本当に魔物が攻めてきたときも、両親と姉は勇気と覚悟を分けてくれるでしょうか。もし分けてくれないときは、自分を奮い立たせて戦うしかないでしょう。


 この世界――ロータ・ロバリーでは、ヒトが生き延びられるかどうかは全て魔物との戦いにかかっているのですから。




 ◇ ◆




 ――講義が終わって冒険者達が「シオリちゃんの台詞、心にグっと来たな」「やっぱシオリちゃんっていいよな。純粋で健気っていうか」などと好き勝手な事を言って去って行く中、サクマは最後まで席に留まっていた。


 誰も気付かなかったが、彼の手は微かに震えていた。


「いやいやいや、逃げ場がないって……嘘だろ? こんな知らない世界で命賭けろってのか……?」


 この中で一人だけ。

 サクマだけが、世界の常識に置いてけぼりをくらっていた。

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