第10話 ギルド最強のふたりの閑話
フェルシュトナーダはある人物の高潔さに憧れて地上に降りた変わり者のゼオムだ。
ゼオムという種族は、いずれ訪れる『そのとき』を待っている。
『そのとき』はこの世にゼオムという種が生まれたときから連綿と語り継がれている伝承で、天空都市バベロスにゼオムがずっと留まり続ける理由だ。
しかし、ゼオムのある男がそうして無為に空を漂っている間に地上が魔物の大侵攻を受け、幾度も存亡の危機に陥っている現状に疑問を呈した。
『そのとき』は定められている。
しかし、『そのとき』が来るまでの時間をどう過ごすかは、今を生きる者たちの手に委ねられているのではないか?
男は信念を胸に、地上に舞い降りた。
男の名はゴルドバッハ。
地上では『
彼自身は残念ながら大戦の折に亡くなったが、彼の没後にその話を聞いたフェルシュトナーダは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
自分は一体、何百年も何も成さずに何をしているのだ。
見ず知らずの大勢の人々が今も苦しみ続けている地上のことを考えすらせず怠惰に過ごしている自分に、フェルシュトナーダは耐えられなくなった。
英傑とならずとも、この力を少しでも誰かに分け与えられる者になりたい。
だから彼女は、『そのとき』が来るまで地上で誰かに手を貸し続ける。
そんなフェルシュトナーダを慕ってくれる人は多くいるが、対等に接してくれる人は少ない。彼女の神秘術の力は地上の他の種族と比較して桁違いに大きいようで、容姿も含めてどこか遠い人のように感じてしまうらしい。
そんなフェルシュトナーダに物怖じを一切見せない、数少ない対等の友人。
それが冒険者ブラッドリーだった。
彼は無表情で口数が少ないが、善良な男だと思う。
ただ、どこかが他者と決定的に違うとも思う。
だからこそ、フェルシュトナーダは彼に問う。
「貴方、なぜこのギルドにいるの?」
「……急になんだ」
二人での仕事で移動する途中の馬車の中で、二人は向かい合う。
「あちこちを薬師として飛び回っていると、色々と珍しい話を聞く機会があるの。もちろん触れられたくないなら私もそれで構わないけど、定期的に組んでる身としては無関心ではいられないのよ――『血みどろブラッド』」
ギルドでは『不死身のブラッド』と呼ばれるブラッドリーには、知られざる顔があることをフェルシュトナーダは知っている。
「世界に七つあるこの世の奈落、
「……そうだ」
「しかも稼ぎ頭だったそうじゃない。既に数度人生を繰り返しても使い切れないお金があるんじゃない?」
「……否定はしない」
マーセナリーは冒険者と同じくギルド登録の戦士で、法的には冒険者という括りの中にマーセナリーが含まれる。
ただし、マーセナリーは仕事が上手く行った際の報酬が莫大であることに比例して、死亡のリスクも膨れ上がる。故に一般では開拓冒険者と同じく別格、一流扱いされている。
――その実態が、前科者や受刑囚、指名手配犯でも所属可能だが命の保証が一切無い、人の命を使い捨てる仕事だとしても。
ブラッドリーという男はこのリメインズで10年以上もマーセナリーを続けていたという。空恐ろしい死者数を叩き出す世界で、彼はそれが己の血か魔物の血かも判別出来ない血まみれの姿で何度でも帰還不能とされた状況から五体満足で戻ってきた。
それが、半年ほど前から突然いまのギルドに移籍してきた。
フェルシュトナーダは彼を悪人だと思ったことも、良からぬ企てをしている犯罪者だとも思ったこともない。だからこそ、理由が知りたかった。
「命が惜しくて一線を退いた訳じゃないわよね。それなら冒険者自体を辞める筈だもの。じゃあ貴方の目的ってなに? たびたび私に頼んでくるお願いと関係すること?」
「……そうだ」
「第二次退魔戦役の資料を事細かに調べ尽くすことと貴方が冒険者を続ける理由、私には結びつかないわ」
途方もない魔物の軍勢によってヒトが存亡の危機に晒された大厄災の記録を、彼は前々から欲しがっていた。フェルシュトナーダが地上に降りる前の出来事であるため、彼女自身も資料には興味があったので協力していた。
フェルシュトナーダは別に彼の協力を嫌がっている訳ではない。
ただ単純に、背中を預けた仲として話して欲しかった。
フェルシュトナーダは暫く沈黙して彼の言葉を待った。
彼は暫く考えた後、「お前なら……いいか」と呟いた。
「第二次退魔戦役の資料を漁っているのは……戦役の中に、俺の手がかりがあるから……だ」
「自分の手がかりを自分で探す? ――貴方、まさか」
「……俺は、俺のことを何も知らない」
知らないから、知ろうと藻掻いている。
単純明快な答えだった。
ブラッドリーの瞳は、普段見られないほど真剣なものだった。
「マーセナリー時代の仲間にも付き合って貰っているが……俺の知りたい資料は何故か閲覧制限がかかり、どう頑張っても手が届かない……しかし、冒険者としてギルドから覚えがよくなれば……特例的に、閲覧を許可されるかもしれない」
「民間で出回る資料にまで手をつけている理由は?」
「検閲を、逃れたものが……あるかもしれない。第二次退魔戦役の大混乱の中、全ての情報を封鎖しきったとは……限らない」
「なるほど? これは周りに言いふらして良い話じゃなさそうね」
「……助かる」
ブラッドリーはほんの小さくふっと笑った。
フェルシュトナーダに気を許した証のひとつだと思うと悪い気はしなかった。
「詳しい事情は計り知れないけど、法に触れない範囲でならこれからも手伝うわ。困ってる人を助けるのが私の仕事だし」
「それなら一つ、頼まれて欲しい。マーセナリー時代の仲間がこれから何人かギルドにやってくる予定なのだが……」
「その人達の手伝いをすればいいのかしら?」
「いや、一人……手のかかるやつが、いる。俺の見ていないところで暴れていたら、代わりに止めてくれ」
ブラッドリーのややげんなり気味の顔に、フェルシュトナーダは思わずぷっと吹き出した。普段は鉄面皮な彼がこんな顔をするくらいだから、これは相当愉快な人物がやってきそうだ。
「なんか安心した。貴方にはちゃんと貴方の仲間がいるんだね」
「頼もしいことに、な」
初めて彼の身の上話を聞いた、と、フェルシュトナーダは感慨を覚える。
彼に特別な感情を抱いているかと言われれば首を傾げるが、共に戦う仲間が気を許して秘密を明かしてくれたことは素直に嬉しかった。
そのついでに、フェルシュトナーダはもう一つ気になることを訪ねた。
「ところで、シオリちゃんのストーカーが出た時に送迎まで手伝ってたの、あれもギルドの内申点稼ぎだったの? ぜんぜん割に合わない依頼だったからすごい意外だったんだけど」
その質問に、ブラッドリーは少し眉を顰めて首を振った。
「シオリを見ると、何故だか手伝ってやりたくなる……だけだ」
「んー、ならよし!」
これで内申点稼ぎだと堂々宣言しようものなら神秘術の一発でも叩き込んでやろうかと思っていたが、彼の思わぬピュアな一面を見たフェルシュトナーダは安堵すると同時に嬉しくなった。思わぬ共通項を見つけたからだ。
「私もシオリちゃんのこと好きよ。一生懸命で真面目で時々びっくりするほど勇敢で……なんか見てて元気が出るもの」
「……そうだな」
「だからブラッドリー、貴方どんな理由があってもシオリちゃんのこと裏切るような真似しちゃ駄目よ?」
「……肝に銘じておこう」
――シオリは不思議な受付嬢だ。
何も特別なことはないのに、ギルドの最強冒険者二人は自分の担当受付嬢を彼女以外いないと感じているのだから。
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