第9話 受付嬢ちゃんの努力
クロトくんの事実上の死を知ってからも、シオリは変わらず仕事を続けます。
担当冒険者が死んだのはクロトくんが初めてではありません。
だから、シオリも一番最初の別れほど動揺はしませんでした。
やがて日が沈み、仕事を終えた冒険者たちが次々に報告に訪れて忙殺される中で、死んだクロトくんに無意識に内心で割いていた意識も薄れていきます。そうなってしまった自分を少し悲しく思うこともありますが、それでも冒険者たちを一人でも生かすための戦いは続きます。
と――。
「……戻った」
なんと、今朝に依頼に出たばかりのブラッドリーさんが日帰りで帰還しました。余りの仕事の早さに周囲がどよめき、シオリは驚きの余り「おかえりなさい」をどもってしまいました。
「……出現したのは、アシュラヨモツだった。行方不明になった冒険者六名は死亡。遺品は回収した」
周囲から更なるどよめきが涌き起こります。
アシュラヨモツと言えば複数の腕を持ち硬質化した鎧のような皮膚を纏った超危険種の亜人型魔物です。複数の腕には複数の武器を所持し、恐るべきリーチと魔物とは思えない技量で数多の冒険者を血祭りにあげてきたその能力は、単体で行動する魔物としては当初想定していたリスクを上回る危険度10を誇ります。
それをたった一人で討伐した挙句に遺品回収して日帰り。
重戦士さんの途方もない実力に呆れる他ありません。
この人、あと30年早く生まれていれば戦役の英傑になっていたのではないでしょうか。周囲の冒険者も開いた口が塞がらない様子です。
「いやいやいやいや……アシュラヨモツって通りすがりに村を地図から消すレベルの魔物だぞ? 危険度10とか国軍も動員されるレベルだぞ? それを一人で?」
「じゃあ実質難易度10のクエストを単独で攻略したってことじゃないか……!」
「いやはや、天井知らずの男ね……」
余りの衝撃に暫く感覚が追いつきませんでしたが、提出物を受け取って書類を整理する間に気持ちの整理がつき、胸が温かくなりました。ああ、ブラッドリーさんの顔は明日も見られそうだ、と。
還らぬ人がいて、帰ってくる人がいる。
誰かがいなくなる度に、今いる人の命をより強く感じられる。
皮肉なことですが、そうすることでシオリの心は均衡を取っているのかもしれません。
それはそれとして、ですが。
誰かを特別扱いする気はないものの、目立った傷もなく帰還したブラッドリーさんを見ていると彼だけは何があっても死なない気がして少しだけ安心を覚えてしまうシオリでした。
◇ ◆
シオリたちの担当する時間が終了し、外はすっかり暗くなっています。
ギルドはこれにて業務終了という訳でもなく、夜番の受付嬢と交代して夜の9時くらいまでは空いてます。また、非常時にも一応機能するように数名の職員が住み込みを行っていたりもします。
小休憩もあるとはいえ、流石に朝から働きづめだと終業時間には疲れが蓄積しています。毎日という訳ではなく、シオリたちのように四人で構成された受付嬢チームは複数合って数日ごとにローテーションを回しています。
これは受付嬢の先人たちがより無理のない労働環境を求めた結果としてできた業務形態なので、恐らくその頑張りがなければシオリたちは毎日8時間くらいカウンターに座りっぱなしで労働する羽目になっていたかもしれません。
それで体力が保つならばよいですが、過去に起きた過労という名のいくつかの悲しい事件が現在のルールを形作っているのです。
「おっつー!」
「お、お疲れさまですぅ」
「今日も一日頑張った~!」
レジーナちゃん、モニカちゃん、アシュリーが次々に仕事を上がっていきます。シオリもブラッドリーさんの仕事報告を最後に上がりです。皆で労をねぎらいながら、夕食へと向かいます。食事は寮食堂で取れるので寮暮らしの仲間達との食事です。
決して絶品ではなく、かといってマズイとも言い難いバランスの取れた食事たち。それでも作ってもらえるだけ有難いことです。モニカちゃんは胃に入ればなんでも同じと考えているきらいがあるので全く気にしていないようですが。
「あっ、わたしロドリコくんにお誘いを受けてるから先に行きますね~!」
「流石はアシュリー、今晩も奢って貰うのかよ……」
レジーナちゃんはちょっと羨ましそうです。アシュリーは相変わらず真似できない生き方をしていますが、シオリは別に真似したくありません。
就寝前、自室に戻ったシオリはデスクのメモ帳を開き、ペンを取ります。
今日も素人冒険者、ベテラン冒険者、迷惑冒険者など多種多様な冒険者を案内しました。アドバイスが役立ったこともあれば、微妙だったこともありました。そんなこんなでうまくいったこと、いかなかったことを事細かにメモしたものを読み返すことがシオリの就寝前の日課です。
これをレジーナちゃんに知られたときは「マジメかッ!!」と言われましたが、大真面目です。経験の蓄積、トーク力の研鑽、予習復習等々……完全な仕事人間になる気はありませんが、自分が出来る努力は何かと問われればこれしかありません。
シオリにはレジーナちゃんのフリーダムスタイルは真似できません。
モニカちゃんほどの学歴や資格もありません。
アシュリーほど周囲を味方に付ける魅力も持っていません。
ならば残されているのはとにかく確実に、着実に、堅実に仕事をするだけです。
シオリは努力することに関しては周囲に劣らないと自負しています。
ふと、このまま生きていて自分に恋人など出来るのだろうか、と思います。ギルド受付嬢ともなれば婚約話も少なくはないのですが、今の自分の仕事に偏ったライフスタイルを受け入れてくれる男がどれほどいるかと思うと、あまり明るい考えが浮かびません。
かといって自由恋愛となれば相手はギルド内の誰かか、もしくは冒険者ばかりが出会いの対象です。
でも、冒険者はあっさりとこの世を去ってしまう。
シオリは、他の受付嬢ほどそれを割り切ることが出来ず、少しだけクロトくんのために泣いてしまいました。ほんの少しだけ……。
暫くするとだんだん眠くなってきたシオリは、メモ帳を閉じて睡魔に誘われるようにベッドで眠りにつきました。
明日の朝も早起きをして、いつものお仕事を始めるために。
明日には、涙の理由を記憶の奥にしまえるように。
◆ ◇
翌日、シオリはちょっとイライラしていました。
さっきから視界の端に新人冒険者のサクマさんが映っているのですが、それがクエスト用紙を持ったままバンガーさんと一緒に雑談していつまでもカウンターにやってこないのです。
休憩時間目前でもう誰も並んでいないのに、いつまでも。
さっきから段々と語気を強めて「次の方」と呼んでいるのに、二人ときたら振り向きもしません。
もしこれで時間ギリギリに滑り込みで二人ともやってきたらたまりませんし、おしゃべりで仕事の受注が遅れれば二人だって無駄な時間を持て余すことになります。意を決したシオリは息を吸い込み、大声で呼びかけました。
――次の方!? いい加減に返事しないと午前のカウンター業務終わりますよ!!
「うえっ!? ああ、しまったもう行列終わってるわ! タンマタンマ、今行くからッ!!」
「タンマってなんだ、サクマ?」
「えーと、こ、古代語?」
「へーお前そんなナリで古代語詳しいのかよ! 意外性の獣だな」
「俺ってケモノなの!?」
この期に及んで雑談しつつもカウンターに駆け寄ってくる二人に、シオリはため息をつきました。
問題児二人、どう指導したものか……と。
昨日も今日も、そしてきっと明日も、シオリはギルド受付嬢として戦い続けるのです。
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